第35話:記憶の檻と予知の少女
階段を駆け上がった先――
重く錆びた扉を、パンナがハンマーでぶち破る!
――ドオォン!
崩れ落ちた扉の先、神殿の最深部には異様な光景が広がっていた。
床一面に展開された赤い魔方陣。その中心――祭壇の上に、ララが静かに眠っている。空間には低く唸るような音が満ち、宙に浮かぶ石碑に祈祷文が刻まれていた。
祭壇の周囲では、仮面をかぶったローブ姿の術者たちが黒杖を手に詠唱を続けていた。足元には封印陣が刻まれている。
「ララッ!」
パンナが駆け出そうとする――その瞬間、空間がねじれ、地の底から響くような重低音が鳴り響いた。
――ゴゴゴゴゴ……
壁の奥から、巨大な影が蠢く。
「来たわね……守護魔像」
ルミナが魔導書を構える。「時間がない。……あの魔法、使う時が来たわね」
ページがめくられるたび、白と金の魔法陣が空中に浮かび上がる。光が渦を巻き、空間が振動を始めた。
「いでよ……魔女っ子石像!!」
閃光の爆裂と共に、姿を現したのは――
ふわふわのツインテール、魔法帽、そしてやたらと豊かな胸元を持った巨大な石像だった。
「……ん? ちょっと胸、大きすぎじゃない?」
ミレイがじーっと見上げる。
「う、うるさいわね! 夢と希望を胸に詰めたのよ!」
ルミナが顔を赤らめながら叫ぶ。
「どんな夢と希望だよ……」とミレイがぼそり。
だがその間にも、守護魔像はずしんずしんと迫ってくる。
「こっちの石像は飾りじゃないわよ! 魔女っ子、突撃っ!」
魔女っ子石像が跳躍し、正面から魔像に飛びかかる。石と石がぶつかり合い、神殿に轟音と土煙が渦巻いた。
「ミレイ、パンナ! あの術者たちを止めるわよ!」
ルミナが叫ぶ。
「了解っ!」
パンナはハンマーを振りかざし、詠唱中の術者を一撃で吹き飛ばす。封印陣ごと床を砕いた。
「ぐあっ……ッ!」
「邪魔を……!」別の術者が呪詛を唱えかける。
が――ミレイがくるりと回転し、叫んだ。
「見せてあげる! これが爆裂マジカル☆魔女っ子ミレイ!」
マイクが宙を舞い、光の旋律が彼女を包む。背景に星とリボンが踊り、衣装がきらめく魔女服へと変化していく。
「変☆身っ! ミレイ・マジカル・スパークル!!」
きらりと光るピンクのハート飾り。ステッキが手に現れた。
「ミレイちゃんアニメの、爆裂マジカルモード入りましたー!?」
パンナが叫ぶ。
「実況ビーーームッ! バースト・オブ・ラブッ!!」
魔力光線が術者に直撃し、呪詛を吹き飛ばす!
「もはや実況じゃないでしょ!?」パンナのツッコミを背に、戦況は一気に傾いた。
ルミナは詠唱短縮魔法で結界を逆転させ、封印の柱を爆風で吹き飛ばす。
「残り三人……! 一気に片付けるわよ!」
石像VS石像の戦いの横を、ルミナの魔弾が走る。パンナとミレイが連携し、最後の術者を撃破した――
詠唱が止み、空間の魔力が霧散していく。
「……これで儀式は止まったわ」
ルミナが肩で息をしながら言った。
「行くよ、パンナ!」
「うんっ!」
二人はララのもとへ駆け出す。
* * *
一方その頃、ララの意識は光に包まれた空間の中にあった。
そこは白く、何もない空間。だが次々に映像が浮かぶ。
――誰かが倒れる。
――王都が燃える。
――空が裂け、黒い影が落ちてくる。
「これが……私の予知……」
ララは震える。「未来なんて、知りたくなかった……」
そのとき、ふわりと新たな映像が浮かぶ。
――ルミナがバーガーを落として怒っている。
――パンナがホットケーキを焼いている。
――ミレイがアニメで子どもたちを笑顔にしている。
「……え……?」
それは、あたたかくて、楽しげな未来。
「これ……本当に、未来?」
胸が、じんと熱くなった。
――「戻ってこい、ララ」
――「君は、ここにいるべきだ」
誰かの声が響く。
「……うん……帰る……!」
ララの額の印が砕け、意識が現実へと還っていった。
* * *
祭壇の上で、ララが目を開けた。
「……ぅ……」
「ララっ!」
パンナが駆け寄り、彼女を抱きとめる。
「……ただいま、です……」
「もう……めちゃくちゃ心配したよ……!」
「へへ……」
そこへ、ルミナとミレイが登場。粉々になった守護魔像の残骸を背景に、堂々と歩いてくる。
「ララ、大丈夫? 無事だった?」
ミレイが顔をくしゃりと歪めて駆け寄ろうとするのを、ルミナがそっと制した。彼女の手も、わずかに震えている。
「落ち着いて、でも……ほんとによかった……」
二人の顔には、緊張が解けた安堵と、心からの心配が滲んでいた。
安堵の空気が広がる。
「……ところでなんで石像、決めポーズで凍ってるのよ」
「撮影用でしょ。飾ろう、店に」
その瞬間、魔女っ子石像がしゅううっと小さくなり、膝丈サイズに。
「えっ、ちっさ!?」
「戦闘後、魔力が切れるとマスコットモードになるのよ」
「つまり、持ち運べるってことよね……」
パンナとミレイがニヤリ。
「レジ横に置いて、“戦う魔女っ子ゴーレム”として展示! 名前つけよう!」
「グッズ展開まで決まってるんかい!!」
ツッコミを背に、神殿を後にする一行。
* * *
その頃、祭壇の隅で黒い封筒が転がっていた。
ルミナが拾い、封を切る。
「……この紋章、デルカノス帝国……」
空気が変わった。
「へえ……他国民を儀式に介入して、予知能力を盗もうなんて。いい度胸じゃない」
「よくも……うちの子に、手を出してきたわけね……」
ルミナの瞳が鋭く光る。
ララが小さく告げた。「……予知能力を奪うために、私の力を……」
パンナがハンマーを握りしめる。「……絶対、許さない」
ルミナが指をぴしっと立てる。
「決まりね。次回――突撃デルカノス帝国! 魔女っ子、怒りのクレームバーガー大作戦!!」
「またタイトルが物騒だよっ!」
「……とりあえず、ご飯食べてからね」
こうして、ララは無事救出された。
だが彼女を狙う影は、まだ完全には消えていない――。




