第33話:炎熱の決戦!パンナ、あの日の因縁にトールハンマーで応えます!
――幻宮の最奥、大扉が開かれたその先は、まるで夢の中に突如出現した地獄だった。
そこに広がっていたのは、甘味の世界ではない。むしろその対極。
焼け焦げた岩盤と、赤く脈打つマグマのような床。甘い香りを蹴散らすように、灼熱の熱風が一行を襲う。
そして、その中心に――いた。
炎を纏った魔物、インフェルノ・グレイヴ。
その姿は、燃え盛る炎そのものだった。
頭部には王冠のような炎環、両手には刃のように鋭利な炎の爪。胸の中心には黒曜石のコアが脈動している。
ララが目を見開く。
「……この魔物……街を……焼いた……!」
その言葉に、セレナの顔色が変わる。
「まさか……あれが、かつての……!」
インフェルノ・グレイヴが咆哮を上げた。
熱風が渦巻き、灼熱の波が突風のように押し寄せる。
「きゃっ!?」
フローラとララが吹き飛ばされ、壁際に叩きつけられる。
「ぐぅ……ララ、しっかりして……!」
セレナが前に出る。ドレスの裾を払って剣を構え、静かに敵を見据えた。
「この聖都の民を傷つけた罪……ここで贖ってもらいますわ」
凛とした声と共に、剣を構えたセレナが突進する。
舞い上がる砂糖粉、火花、風圧。
しかし、インフェルノ・グレイヴの炎の爪がそれを迎え撃った。
激突!
轟音が響き、剣がはじき飛ばされる。
「……っ! くぅっ……!」
「セレナ様!」
エルミナが援護に走るが、熱波がその行く手を阻む。
「ぴぴぴ!エマージェンシー!戦闘支援モード起動!」
メロンパンAIが空中で姿勢を変え、両目を輝かせながら光線を放つ。
「ピコ!ピコ!耐熱フィールド展開!セレナ様をお守りいたします!」
だが、インフェルノ・グレイヴは怯まない。
黒曜石のコアが脈動し、天井へと巨大な火柱が噴き上がる!
「このままじゃ、全員……!」
そのときだった。
――雷鳴。
轟くは、空にすら届く雷の咆哮。
幻宮に満ちていた甘い空気が、一瞬にして切り裂かれた。
そして現れたのは――
「みんな、無事!? やっぱりここだったんだね!」
パンナ・ミルフィーユ。
その手には、雷を宿す巨大なハンマー――《トールハンマー》。
ポニーテールが稲妻をまとい、彼女の背には雷のように輝く羽が広がっていた。その瞳には確かな決意が宿っていた。
「あなた……覚えてるよ。私の、大事な夢を……全部、焼いた魔物……!」
パンナの声が震えながらも響く。
炎の魔物、インフェルノ・グレイヴが唸り声を上げた。
再び過去の記憶が胸を焼く。
焼かれた街。
壊された夢。
奪われた光。
でも、今は違う。
彼女の手には、希望を砕かせない力がある。
ルミナが与えてくれた、祈りの証が。
「いくよ……これが、あの時の答え――!」
パンナが駆けた!
雷のような踏み込み。炎の中を一直線に貫く。
《トールハンマー》が唸る。
「全部取り返す!! これが……ルミナと、わたしの“夢”の力あああああ!!」
振り下ろされた雷鎚が、炎の魔物の爪を砕く!
炸裂する稲妻、迸る衝撃!
インフェルノ・グレイヴがのけぞった!
パンナは叫ぶ。 「私は、生きて!食べて、笑って、働いてる!誰にも壊させない!!」
ルミナの声が実況席から届く。
「パンちゃーん!いまだよー!その調子でトールハンマーアタック!!」
「……応援が雑だしデカい!!」
杏奈がツッコミ。
クラウスが冷静に実況する。
「現在、パンナ様による稲妻の猛攻。敵のコア露出まで秒読み段階に入りました」
「ぴぴ!敵、コア損傷率63%!あとちょっとです!」
フローラとララが起き上がり、回復魔法で援護。
「パンナさん……がんばって……!」
「みんなの想い、つなげるよ!」
パンナは、渾身の一撃を溜める。
その周囲に魔法陣が重なり、雷の力が集中する。
「行けぇぇえええええええ!!」
全身全霊、すべての想いを込めて――
トールハンマーが、インフェルノ・グレイヴの黒曜石のコアを直撃!
閃光。
轟音。
そして――沈黙。
大地が揺れ、炎が消え、
ただ静かな風だけが、幻宮を吹き抜けた。
「……終わった、の?」
パンナはゆっくりとハンマーを下ろした。
肩で息をしながら、微笑む。
「……ルミナ、みんな……ありがと……」
その言葉を聞いた瞬間、ルミナは目を潤ませながら実況席で拳を握る。
「パンちゃーん!!今夜はご褒美バーガーだよー!!」
「……ご褒美バーガーって、ほんとにあるんだ……」
杏奈が呆れ顔でつぶやき、セレナはくすっと微笑んだ。
「……素敵ですわ。あなたの“夢”、確かに見せていただきました」
クレープ店チームが集まり、ひとときの勝利の風に包まれる。
雷が消え、甘い風が戻ってくる。
やがて幻宮の空が明るみ、霧が晴れてゆく。
そして数時間後――一行は街へと帰還していた。
聖都アルフェリアの空の下、屋台が立ち並び、町人たちの笑い声が戻る。
パンナはトールハンマーを抱えて、広場に腰を下ろす。
「やっと……終わったんだね」
「パンナさん、すごく……かっこよかったです」
フローラが微笑む。
「次は焼き担当に戻らなきゃねー!お店もクレープ屋もにぎわってきてるし」
ティオの声に、皆が笑った。
そのとき。
ララが、ふと立ち止まった。
顔から血の気が引いている。
「……ララ?どうしたの……?」
フローラが不安げに尋ねる。
ララは、おそるおそる空を見上げた。
「……見えたの……次の災厄……」
その声はかすれていた。
「私……誰かに……連れていかれる……」
風が、ひゅうっと吹き抜けた。
穏やかだった街の空気が、急にひんやりと揺らぐ。
仲間たちが思わず、息を呑む。
パンナが、トールハンマーをぎゅっと握りしめた。
「……絶対に、守るよ」
ララの視線の先には、まだ誰にも見えていない、新たな影が潜んでいた――




