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第31話:出発前夜の甘味ダンジョンへの準備!クレープと聖剣と予備パンツ

 

 夕暮れ。王都の空が茜色に染まり始め、魔女っ子バーガー1号店には穏やかな風が吹いていた。


 ルミナたちは、帰還の祝福パーティの後片づけを終え、ようやくひと息ついていた。


「は~、満腹満足。クレープも、バーガーも最高すぎた~っ」


 ルミナは椅子にどさっと腰かけ、テーブルに頬をのせる。


 杏奈が隣で笑いながら言う。


「ルミナ、寝るなよ。顔、クリームついてる」


「へ? どこどこ?」


 ぺろっと頬をなめようとして、クラウスにすかさず止められる。


「あ、あのルミナ様……! せめて、おしぼりをお使いくださいませ。お行儀が……!」


「ん~、クリームうまいのにおしぼりしたらさ、舐めれないじゃん」


 クラウスが深いため息をつく。


(まったく、このだらしなさ……貴族令嬢としての威厳はどこへやら、ですな)


 隼人と辰人も、テラスの隅で腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。


「やっと……一段落、って感じだな」


「おう。だけど、すぐ次が控えてるらしいぞ? クレープ組の出番」


 そう、次なるダンジョン探索は“甘味の幻宮”。スイーツに満ちた幻想空間だというが、前回の“焔の牙山”での激闘を見た者たちにとって、油断できないことは明らかだった。


 もっとも、ギルドからの事前報告では「それほど危険なモンスターはいない」とのお墨付きが出ていた。


「いやいや、それって逆にフラグじゃないの?」


 杏奈がぼそっと呟く。


 隣の隼人が苦笑いを浮かべてうなずいた。


「確かに、“安全です”って言われると、一番危ない気がするな」


 と、そのとき。


「クラウスー! AIメロンパンの予備、あといくつ残ってたっけ?」


 ルミナが勢いよく立ち上がって振り返る。


「予備ですか? ええと……あと三体は動作可能かと。明日からのクレープ組にお渡しされますか?」


「うん! あれがあれば、クレープの保温と持ち運びが同時にできるし、戦闘になっても“もっちもちロール突撃”でちょっとだけ役に立つし!」


「なんだその攻撃……」


 杏奈が呆れ顔でつぶやくが、ルミナは真剣そのもの。


「念には念をだよ。今回はララたちも行くんだし……」


 そう、小さな妹のような少女ララ、そして兄のティオ、メイドのエルミナとフローラ。彼らが明日、探索隊として“甘味の幻宮”に突入するのだ。

 そしてもちろん、王女セレナ・フローラリアもまた、自らの意思でこの探索に参加する決意を固めていた。


 そのころ、王宮の一室では――。


 執務机の前で腕を組む騎士、ライアス・アーデンは深く息を吐いていた。


「まさか姫様自ら、ダンジョン探索に赴かれるとは……」


 ノックの音と共に、セレナ・フローラリア王女が姿を現す。


「そんな顔をしないで、ライアス。あなたが眉間にしわを寄せると、空まで曇ってしまいそう」


「姫様……ご自身の安全が第一です。どうか、お考え直しを」


「ふふ、大丈夫よ。私がそばにいた方が、皆が安心できるって信じてるの」


 セレナの笑顔に、ライアスは言葉を飲み込む。


「……決して、無理はなさらぬように」


「ありがとう。でも、私も、あの子たちの一員でいたいの。ね?」


 そう言ってセレナは、机のそばに立てかけられた一本の剣に視線を送った。


「大丈夫、あの剣を持っていくわ」


 それは光り輝く、王家に伝わる聖剣。


 装飾こそ美しいが、かつて幾度も王国を護ってきた、由緒ある武器だった。


「……せめてその剣が、姫様をお守りしますように」


 ライアスは深く頭を垂れた。


 静かな決意を込めたその言葉に、ライアスはただひとつ、深くうなずいた。


 そしてその夜。


 クレープカフェ『ラ・シュガー・パルフェ』の厨房では、エルミナが真剣な表情でカスタードを練っていた。


「持ち運びやすく、かつ甘味の癒し効果が最大になる組み合わせは……バニラ×ハチミツベリーね」


「そのクレープって、ダンジョンに持ってくやつ?」


 ティオがひょっこり顔を出す。


「ええ。きっと、どんな敵よりも――空腹が怖いから」


「そこは同意するけどさ!」


 フローラはというと、すみっこで震えながら装備のチェックをしていた。リュックには、予備の靴下に加えて、なぜか星型のパンツが二枚、ぬいぐるみの形をした保冷剤、そして「たぶん役に立つかもしれない謎の薬草セット」がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。


「こ、こっちの予備靴下、スイーツ柄のしかないですぅ……! あと、パンツも星柄しか……!」


「別に敵は靴下見ないよ」


 ティオはそこでふと顔を赤らめた。


「ていうか……パンツの話はやめろよ、なんか俺まで恥ずかしくなるだろ……」


「でも、転んで濡れちゃったりしたら……替えがないと困るじゃないですかぁ! それに、なにが起こるかわからなくって、不安で!」


「その発想がすでに異世界クレープ屋脳だよな……てか、それ全部持ってくの? なに、ぬいぐるみまで……」


 と、厨房のドアが開き、ナナがAIメロンパン装置を持って入ってきた。


「はーい、メロンパン配達来ました~♪」


 コロンとした球体からふわりと甘い匂いが立ちのぼる。


「これ、ルミナ様から預かりました。明日の探索用ってことで」


「助かります。これで補給と温もりは確保されたわ」


 エルミナが満足げにうなずく。


 ララもそっと手をかざし、AIメロンパンの未来を見つめる。


「……この子、きっと道案内してくれる。曲がり角のところで、もっちり回転してるのが見えた」


 ティオが不思議そうに首をかしげる。「メロンパン、ナビ機能ついてたのか……?」


 ララがにこっと笑って言った。「ううん、それは……わたしの未来視、かな」


 その夜の終わり、空にはまたたく星灯せいとうが静かに輝いていた。


 フローラは眠れぬまま、窓の外を見つめる。


 その手には、ララがくれた小さな星型のチャーム。


「大丈夫、って言ってた……ララちゃん……」


 震える心を落ち着けるように、フローラはそっと胸元にチャームを当てた。


 一方でティオは剣を研ぎながら、自分に言い聞かせる。


「今度は、俺が守る番だ。あいつらみたいにカッコよく……ってのは無理でも、やれることは全部やる」


 エルミナは、明日のクレープ補給セットを丁寧に詰めながら、小さく息をついた。


「よし、これで……きっと大丈夫」


 そしてララは、ふと夜空を見上げて笑った。


「甘味の幻宮は……きっと、優しい夢の中」


 だけど、それはただの夢じゃない。


「選ばれし者たちの、物語の続きを告げる場所」――


 彼女の予知の中で、星たちがゆっくりと瞬き始めていた。


 そして、朝。


 太陽が顔を覗かせるころ、クレープカフェの中では慌ただしい準備が進んでいた。


 ミーナが頭に三角巾を結び、気合いを入れる。


「出発前の最終チェック! エルミナ、ララ、フローラ、ティオ! クレープは甘味三種、補給用、癒し用、気分転換用、それぞれ個別パッケージよ!」


 ララがコクンとうなずき、ティオは肩に小さなメロンパンAIを抱える。


 フローラは星柄のマントを羽織り、緊張で口をぎゅっと結ぶ。


「い、いざ、甘味ダンジョンへ……!」


 そしてその背後では、ルミナがそっと呟いた。


「いってらっしゃい……きっと大丈夫。君たちなら、きっと乗り越えられる」


 その瞬間、空の星灯がぱっとひときわ強く輝いた。


 新たな冒険が、甘くて、優しくて、ちょっぴり不安なその先で――始まろうとしていた。



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