第30話:魔女っ子バーガー部隊、ダンジョンから帰還する
轟音と閃光の向こうから、一陣の風が吹き抜ける。
次元を裂いた一撃の余韻が空を揺らし、魔力の渦が静まりゆく中――ゲートの中央から、五人の影がゆっくりと現れた。
「……かえってきたーっ!!!」
真っ先に飛び出したのは、フェリィだった。ぐったりしたルミナの手を引きながら、満面の笑顔で飛び跳ねる。
続いて、杏奈と隼人、そして辰人が姿を現す。
「ようやく……終わったな」
「ん、まあ。死んだかと思ったし」
杏奈がボロボロのマントを脱ぎ捨て、深呼吸する。彼女の頬には汗と、うっすらと涙の跡が残っていた。
王都の広場。マジカルミートバーガー1号店の前には、いつのまにか人だかりができていた。
市民たちがざわめきながら出迎える。
「おお……!」「ほんとに、帰ってきた!」
「あの光、空まで裂けたぞ!?」「伝説になるわね、これ」
店のテラス席にはクラウスとナナ、千尋、ミーナたちが待ち構えていた。
「おかえりなさいませ、皆さま」
クラウスが静かに一礼しながら、しかし目元はほんの少し潤んでいた。
「ふふ。みんな、ほんとうに……無事でよかった」
ナナがハンカチで目を拭いながら笑う。
「べ、別に心配してたわけじゃ……ないですからねっ」
いろはが真っ赤な顔でそっぽを向く中、千尋が腕を組んでうなずいた。
「ミッション・コンプリート。ご苦労だったわね、みんな」
その時、勢いよく馬車の屋根から飛び降りた人影があった。
「ふっふーん♪」
金糸のリボンとティアラを揺らしながら登場したのは、隣国オルディア王国の第一王女――フィオナ・グランリリー。
「お帰りのお姫様抱っこをしてもらいにきましたわよ、ハヤト!」
「誰が抱っこするか!」
「ええもう、照れなくてもよろしいのに。さて――」
フィオナはウインクしつつ、手元のグローブをはたく。
「それより私の届けた《魔術式カートリッジ銃》、お役に立ちましたでしょう? ほら、ちゃんと感想聞かせてほしいのですけれど!」
突然の話題に、隼人がまばたきする。
「ああ……あれか。あれがなかったら、突破口はなかったかもな。反応速度も発射精度も、文句なしだった。助かったよ」
「きゃっ☆ ふふ、ですよね〜! ちゃんと夜なべしてカスタムしたんですのよ! 魔術式チャージャーも、グリップの冷却も!」
「夜なべって、王女が……」
呆れたように口を挟む杏奈に、フィオナは勝ち誇ったように返す。
「国家の未来のためですもの♪ 当然ですわ。……ね、ハヤト?」
ぐいっと隼人の腕に絡みつく。
「や、やめろってば!」
もみくちゃになる隼人の向こうで、ナナがぷるぷると小さく震え始めるのだった――。
そして、王都の門のほうから元気な声が響く。
「おーいっ!!」
駆け寄ってきたのは、ティオとララの兄妹だ。
「ティオ! ララ!」
ルミナがふらつきながらも笑顔を浮かべると、ララがそっと手を取ってきた。
「おかえりなさい……」
その言葉に、誰もが微笑んだ。
そして最後に、スカートの裾を持ち上げて丁寧に頭を下げる少女が歩み寄ってくる。
清楚なドレス姿に、小さなカゴを提げていたのは、セレナ・フローラリア王女だった。
「皆さんのご活躍は、私の心にも、国中の心にも、深く刻まれました。ささやかですが、私からも感謝をお伝えしたくて」
そう言って差し出されたカゴの中には――
「わっ、これ……クレープ!」
「はい。“ラ・シュガー・パルフェ”で仕込んできました。お疲れの身体に、甘いものをどうぞ」
ルミナはセレナから手渡されたクレープを、じぃっと見つめた。
ふんわり漂う甘い香り、トロけそうなカスタードとベリーが包まれた薄焼き生地――魔法のように輝くおやつ。
「おいしそっ!いただきます!」
ぱくっ。
――がぶっ。
――――もぐっ、もぐもぐっ!!
「ん~~~っ、しあわせっ!!!」
ルミナが頬をふくらませたまま、まるで獣のようにクレープに食らいついた。
「お、おいルミナ!? もうちょっと落ち着いて食えって!」
辰人が思わず制止しかけるも、その横で杏奈が呆れながら笑っている。
「さすがうちの看板娘……いや、看板魔女?」
ナナもあ然としながら、「ま、まあ……元気そうでなによりです」と小さく笑う。
そのとき――クラウスが、静かに歩み出た。
「……あの、ルミナ様」
「ん~?(もぐもぐ)」
「たいへん申し上げにくいのですが……せめて、もう少し上品にお召し上がりいただけますと――っ!」
クラウスの表情は、笑顔なのか青ざめているのか、絶妙なラインで揺れていた。
それでもルミナは口いっぱいにクリームをつけながら、さらにもう一口がぶり。
「もぐ……クラウスぅ、これ、セレナ姫の手作りなんだよ? おいしいから、止まらないんだよぉ~っ!」
あまりの勢いに、周囲からくすくすと笑いがこぼれる。
「ええ、召し上がっていただけて嬉しいですわ」
セレナは微笑みながら、ルミナの口元のクリームをそっとハンカチでぬぐってやる。
「えっ、姫自ら……!?」「尊い……っ!」
観客の女子たちがどよめき、ララは星を目に浮かべてぽわわ~んとしていた。
その一方――
「ふん。あの程度で照れるなんて、まだまだですわね」
フィオナがわざとらしく視線を逸らすと、ティオがぽつり。
「でも……俺もあれ食べたい!」
「うん。クレープ、また一緒につくろうね」
ララがティオの手を握り、ふたりはぴょんと手を上げて喜んだ。
その頃、フェリィはというと、広場の真ん中でひとり踊っていた。
「ルミナたち帰還パレード、始めまーす☆」
しゃらん、と花の冠を取り出してルミナの頭に乗せる。
ルミナはクレープを片手に冠をかぶり、いよいよ豪快に笑った。
「今日の私は、クレープの女王だねっ!」
「もう、ほんとに勘弁してくださいませ……!」
クラウスが嘆く一方で、市民たちの歓声がふたたび広場を包み込んでいた。
「魔女っ子バーガー1号店、ばんざーい!」「ダンジョン征服ばんざーい!」
あちらこちらで拍手が起こり、花が舞い、風が通る。
――そのとき、ふと空にきらめく光が走った。
ふわり、ふわりと宙に現れたのは、都市の守護精霊「星灯」の幻影。
柔らかく揺れる光の帯が、ルミナたちの頭上を巡っていく。
「星灯……私たち、見てくれてるんだね」
ルミナが小さくつぶやく。
セレナが頷くようにそっと手を重ねた。
「頑張る人のことは、きっと誰かが見てくれているのですわ。空の上でも、地上でも」
その言葉に、クラウスも目を伏せて深く一礼した。
「ええ、まったくもって……その通りでございます」
するとルミナが、また一口クレープを頬張りながらにやりと笑う。
「よーし、じゃあ次は――ご褒美にバーガーいこう!」
「……食べすぎです!」
全力で突っ込むクラウスの声と、市民たちの笑い声が混ざり合い、王都の広場はいつまでもにぎやかだった。




