第29話:ルミナ覚醒!――ダンジョン決戦!
煙の中から、立ち上がる黒い影。
それが、このダンジョンの“主”だった。
全身を黒き魔鎧に覆い、顔は兜の影に沈む。名も知らぬその存在は、ただ“在る”だけで空間に重圧を生み、地面を軋ませる。
その気配――圧倒的な魔力と、肌を刺すような殺気。
視線が鎧の奥へと吸い寄せられたとき、記憶の底から――忘れたくても忘れられない光景が蘇る。
(……この気配……まさか……)
焼け焦げた瓦礫の中で、仲間が倒れ、涙をこらえて魔法を放ち続けたあの夜。
その前に立ちはだかっていた、絶望の象徴――黒き鎧の男。
「……あなた……あのときの……!」
ルミナの声は震え、思わず杖を強く握りしめる。
鎧の男は、その声にわずかに反応し、低く、冷ややかに言い放つ。
「……あの夜の小娘か。まだ生きていたとはな。忌々しい……」
甲冑の隙間からあふれる魔力が、再び空間をきしませた。
――その瞬間、冷静な声が響く。
『視聴中の皆さま、注目ください。黒き鎧の男は、ルミナ嬢が過去に対峙した個体と一致する可能性があります。魔力波形の類似性、行動パターンから見ても、因縁の再戦とみて間違いありません』
千尋の理知的な声が、魔力の高まりを的確に伝えていく。
『なお、この魔物はかつて王都が襲撃された夜。複数の犠牲者が出た事件の主犯格と推定されます。今回、彼女自身の手で“因縁の決着”がつけられるかが焦点となるでしょう』
「……決着、ですか」
《マジカル・ウィッチ放送局》のクラウスが実況席で控えめに呟く。その隣ではいろはが青ざめていた。
この魔物によるダンジョン内、全区域にわたり魔力の流れが変化し、それは……まるで、この存在がすべてを支配しているかのようだった。
その中心に立っていたのが――辰人だった。
彼は斧を肩に担ぎ、巨大な敵と対峙していた。
「てめぇが……この洞窟のラスボスってわけかよ」
全身から炎のような闘気を立ちのぼらせ、筋肉に魔力を巡らせていく。
巨体が一歩、また一歩と前へ。
踏み込みの瞬間、地面が砕けた。
「喰らえぇええええっ!!」
正面から振るわれた斧の一撃は、音速を超えたかのような風圧を生み出し、洞窟全体を震わせる。
しかし――
ガキィィィィン!!
激突したのは、黒き鎧の男の剣だった。
重々しい鉄の音が響いた刹那、辰人の斧が真っ二つに砕けた。
「なっ……!」
鉄よりも堅牢なはずの斧が、まるで飴細工のように破壊される。
「くそっ……!」
柄を投げ捨て、辰人は咄嗟に距離を取る。
黒い剣の男は無言のまま、一歩踏み出しただけで地面に亀裂が走る。
その存在は――まさに破壊の権化。
『ご覧ください! 筋肉の化身、辰人の全力の斬撃を受け止めた上に、武器を破壊!? この敵……尋常ではありませんっ!!』
『戦略変更を! 辰人くん、無理しないで! 下がって!』
千尋の声が中継に割り込む。
しかし――
「こっちは、退く気はねぇ!」
辰人が拳を握った瞬間、砕けた斧の柄から光が弾けた。
その時だった。
「援護入るっ!」
隼人が叫び、魔導モバイル端末を操作する。
画面上で展開された魔法回路が連動し、《スウィートアーマメントⅢ号》――あのキュートで強力なミニ魔導戦車が応答する。
キャタピラを轟かせながら戦車が突進し、自動砲が回転。
バババババッッッ!!!
甘いキャラメルの香りを残しつつ、エネルギー弾を連射。
――だが。
黒き鎧の男が剣を振ると、その一閃で放たれた弾丸がすべて弾かれる。
次の瞬間――
ザンッ!!
光と闇が交錯したかのような軌跡が走り、戦車の砲塔が真っ二つに断たれた。
「えっ!? 嘘、まって、うそでしょ……!?」
フェリィが悲鳴を上げる。
『スウィートアーマメントⅢ号がっ……!? あれだけの装甲を……一撃で!?』
クラウスも言葉を失う。
戦車は大破。
戦況は、決して楽観できるものではなくなっていた。
「フェリィ、後ろ下がれッ!」
隼人が前に出て、モバイル端末をしまうと、手にした魔導銃を構えた。
「杏奈、ルミナ、こっちに連携してくれ!」
だが――ルミナはすでに動いていた。
「――《フレア・テンペスト》!」
彼女が振り上げた杖から、灼熱の竜巻が黒き鎧の男へと放たれる。
巻き上がる魔炎が洞窟を照らす。
しかし。
ズ……ン……。
火炎の中から、無傷のまま現れる黒き鎧の男。
「通じて……ない!?」
ルミナが唇を噛む。
『えっ!? 魔法、無効!? いえ、魔法耐性の可能性もありますっ! どちらにせよ……この敵、規格外すぎる~~!! まるで別次元の存在だよっ!』
ミレイの実況が熱を帯びる。
仲間たちは一斉に距離を取り、体勢を立て直し始めた。
「これ、食べて」
杏奈の手には、丁寧に包まれた包みが握られていた。包みを開くと、中には見慣れた――けれど異常なほど濃厚な香りを放つ――黄金色のカツが挟まった、分厚いバーガーがあった。
「“特製かつ丼バーガー”。ダンジョン素材をめいっぱい詰め込んで作った、最高の応援料理よ!」
火竜トマトのソース、とろける炎玉チーズ石、フレアミントのスパイス。
その匂いが、記憶のどこかを呼び覚ました。
(……杏奈……)
彼女の差し出す手から、あの日の厨房の記憶が蘇る。
初めてかつ丼を試作していたとき、焦げ付かせて、ふたりで大笑いした――
その笑顔が、脳裏に浮かんだ。
「ありがと。……いただきますっ!」
ルミナはその“特製かつ丼バーガー”を両手で掴み、豪快にかぶりついた。
――バリッ。
溢れ出る肉汁のかつ丼バーガーが、ルミナの口いっぱいに広がった。
「……んっ! これ……すご……!」
ひと口で、ルミナの魔力の波動が跳ね上がる。
次の瞬間――
ドンッ!!
魔力が広がり、洞窟そのものが震え始め、空間が光と風で揺れる。
ルミナの瞳が輝きを放ち、マントがぶわっと風に煽られるように立ち上がった。
「いっくよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
その叫びに合わせるように、フェリィが跳ねるように前へ出る。
「まってましたっ☆ このために考えておいたんだから!」
空想魔法が解き放たれ、周囲に魔法陣が幾重にも浮かび上がる。
キラキラと輝くそれらが重なり、純白の布地と銀糸の刺繍が交錯するように空中で舞い、気品と力強さを併せ持った白銀のローブが形作られていく。
「見た目はキュート、でも戦闘力もバツグン! 空想力全開モード、起動☆」
ルミナの身体に、装備が装着されていく。
白銀に光を宿すローブは、流麗な装飾と繊細な銀糸の縫い目が星のようにきらめき、背には天翼の紋章が魔力で刻まれる。そして両手に現れたのは、幻想を具現化した両手剣。
その剣は、光の粒子を凝縮したかのように透明感があり、中心には脈打つ魔力のコアが宿る。刃のエッジには古代文字が輝き、振るうたびに風と光を生む――まるで“希望そのもの”を具現化した剣だった。
「よし……いける……今なら……!」
全身に魔力をまとったルミナが、再び立ち上がる。
クラウスの実況が響く。 『ご覧ください! これぞ魔女の本気――否、剣聖の覚醒です!』
ルミナの足元に魔法陣が集束し、風と光がうねる。
黒き鎧の男が静かに剣を構える。
ルミナもまた、両手に剣を持ち構えた。
その一閃。
剣と剣が激突し、魔力の火花が洞窟の天井を照らした。
「……逃げてもいいのに、まだ来るのか」
黒き鎧の男の低い声。
「もうあの歴史は繰り返させない! 誰もが、笑って食べられる世界にするためよ!」
斬撃、火花、回避。再び接近し、ぶつかる。
そのたびに空間が軋む。
ルミナは剣をくるりと回転させ、空中を跳躍しながら、螺旋のような一撃を放つ。
「はぁぁあああああっっ!!」
回転する白銀のローブが流星のようにきらめき、黒き鎧を何度も切り裂く。
『すごいっ、すごいよルミナちゃん!!』
ミレイの声が高鳴る。
『日曜の私の魔女っ子アニメより派手じゃん!? くやしいっっ!!』
なぜかスタジオで悔しがっているミレイ。
杏奈は拳を握りしめ、祈るように見つめた。
(負けないで……)
隼人は小さく呟く。
「……やっぱ、すげぇな。ルミナって」
その瞬間、洞窟の奥で――
ルミナが魔力を一点に集中させる。
「――見せてあげる。これが、私の全て!」
《セレスティアル・グレイス》が眩い光を放ち、両手に剣を構えたまま、ルミナは跳ぶ。
白銀のローブが天翔ける。
「《ディメンション・エクリシス》――!!」
放たれた一撃は、空間ごと軋ませ、時空そのものに亀裂を走らせる。
剣が描いた軌跡は、視認できぬ速さで空を断ち割り――
巨大な亀裂が、黒き鎧の男と背後のクリスタルを包み込む。
その一閃は、次元を超えた斬撃。
世界が、切り裂かれた。
――ギンッ!!
高音の破裂音。
刹那、黒き鎧の男が絶叫する。
「バカな……この力は……!!」
爆発的な光の中で、男の姿が崩れていく。
同時に、魔力クリスタルが粉々に砕け散った。
ギギギギギ――ッ!!
大地が悲鳴を上げるように震え、天井が崩れ始めた。
地面が割れ、壁が崩れ、あちこちから光が漏れる。
その中で、クラウスの実況が響き渡る。
「かつて王宮の壁を破壊してバーガー屋を開き、今度はクレープ屋の開店まで成し遂げた令嬢が――ついには、ダンジョンにて己の過去と決着をつけられました。……もはや何を成しても驚きませんが、それでも称賛は惜しみません。これぞ、“魔女っ子バーガー1号店”の真骨頂でございます。」
「クラウス褒めてるのかわからないわ!いまだよっ、みんな!!」
ルミナの手に最後の魔法陣が浮かび上がり、空間にゲートが開いた。
白銀の光が満ち、仲間たちが走り出す。
「行こう、戻ろう! 私たちの場所に!」
手を取り合い、杏奈、隼人、フェリィ、辰人、そしてルミナがゲートを駆け抜ける。
いろはの声が締めくくる。
『ダンジョン、クリア! 魔女っ子バーガー1号店、勝利です!!』
この戦いの果てに待つのは、きっと次の一歩。そして、笑顔と料理の未来だった。




