第28話:第3階層突入!魔物の群れへ魔導戦車出撃!
焚き火の音が遠ざかる。ルミナは静かに立ち上がった。
まだ夜は深く、仲間たちの寝息が残る。
だが、魔力の気配が強く――不穏な冷気が、第二層の奥から漂ってきていた。
「行こう……ここで終わらせる」
仲間たちも次々と目を覚ます。もう、誰も止めはしなかった。
そして降り立った第三層――そこはまるで、魔のクリスタルを守るように築かれた砦だった。
巨大な魔力結晶が禍々しく赤黒く輝き、その周囲には数十体の魔物たち。第一層・第二層で出会ったスライムや蝙蝠、ミミックまでが揃っている。
「総出かよ……! こっちが揃った瞬間に勢揃いって、タイミング良すぎだろ」
辰人が斧を肩に担ぎ、身構える。
しかし――まず倒さねばならないのは、入り口の監視者だった。
「隠密でいく」
隼人が囁くように言うと、地形を読み、魔物の死角を取る。FPSプレイヤーの経験が活きたその動きは、まるで異世界のステルスアサシン。
地面に身を伏せ、岩陰を進み、背後から一体ずつ――無音で、正確に仕留めていく。
ごくり、とフェリィが唾を飲む。
ひとつ、ふたつと敵を無力化し、ついに最奥が開かれた。
『これはまさに……昼ドラで私が演じたヤンデレヒロインのステルスナイフ攻撃並み! 静かで、恐ろしいまでに的確な連撃ですぅ!!』
ミレイの実況が劇的に響き渡る中――そのとき――
奥から重々しい足音。現れたのは、全長三メートルはあろうかという筋骨隆々のミノタウロス型魔物だった。二本の巨大な角、鎖帷子のような黒革の鎧、そして両手に構える漆黒の大斧。
『ミノ、ミノタウロス……!? うそ、ムリ、あれ絶対ムリですぅ! さぁいよいよボス戦ですぅぅぅ!』
実況席でモニター越しに映し出されたミノタウロスの姿に、いろはが声を裏返し、椅子から後ずさる。
「っしゃあ! 任せとけぇッ!」
辰人が地を蹴り、一気に距離を詰める。巨体ミノタウロスが斧を振りかぶるが、それよりも一瞬早く、辰人の腕が稲妻のように伸びた!
斧が振り下ろされる――が、辰人はそれをまさかの片腕で受け止める!
鋼鉄のような筋肉が震え、斧の重みに地面がひび割れる。
「……重てぇな、でもなァ!」
瞬間、辰人の筋力が爆発する。強引に斧をへし折ると、そのまま柄を引き抜き、逆手に握る!
逆転の一撃――ミノタウロスの首元へ、奪った魔斧が炸裂する! 炎を纏った軌跡が空気を裂き、魔物は爆ぜるように崩れ落ちた。
「いいモンもらったぜ……名前は……そうだな、魔斧《焔角の戦斧》ってとこか!」
辰人が笑い、炎を纏った魔斧を担ぎ上げる。
クラウスの実況がマイク越しに響く。
『ミノタウロス、撃破。なんという力技……いえ、華麗な武勇。まさに筋肉での大逆転でございます』
いろはが口をぱくぱくさせながら、「あれを笑ってる時点でもう人じゃない」とつぶやいた。
その瞬間、ルミナが一歩前へと出る。
「全員に支援魔法をかけるわ。動いて!」
彼女の杖が煌めく。仲間たちの足元に魔法陣が広がり、薄紅色の光がふわりと彼らを包み込む。
「これは……軽い!? 体が……動く!」
杏奈が驚いたように言う。
「速度と反応力を上げる魔法よ。それに、守護結界も同時展開中。無茶はしていいけど、倒れたら怒るわよ?」
ルミナは冗談めかしつつ、真剣な目で仲間を見守っていた。
その勢いのまま――辰人は敵の群れに突撃した。
「おらああああああっ!! 戦斧様の初仕事だァァァ!」
魔斧が唸りを上げ、スライムをまとめて吹き飛ばす。炎が弾け、蝙蝠たちは焼き尽くされ、ミミックすら一刀で真っ二つ。
続いてフェリィが叫ぶ。
「フライングケーキカッター! 空飛ぶ甘刃が、敵をスライス!」
想像と共に具現化されたホバーブレードが、回転しながら滑空し、甘い香りとともに敵を切り刻んでいく。
「やるじゃん、フェリィ」
杏奈がくすっと笑い、ナイフで敵の核を狙う。その精密な手さばきは、まるで料理人のように華麗だった。
そのときだった。
「フェリィ、あれ頼む」
隼人が短く言った。
「うん……わかってるっ!」
フェリィは目を閉じ、空想を膨らませた。
「高火力兵器を搭載し……自動砲を備えていて……モバイルデバイスで操作できて……魔導砲撃で敵を薙ぎ払う……ミニ、魔導戦車ッ!」
ドンッ! と空間が揺れたかと思うと、煌めくマジカルギアが回転し、空中に魔法陣が展開。そこから装甲と砲塔が合体しながら出現する――
――全長2メートルほどの、フェリィお手製・異世界ミリタリーテイスト全開の《ミニ魔導戦車》。厚みのあるバター色の滑らかな装甲板、スパイク付きのキャタピラ、角張った砲塔には回転式の自動砲が2門。車体前方には魔眼式の照準器、後部には青白く光る魔導燃料タンクがむき出しで装着されている。
見た目はどこか可愛らしくもあり、どことなくお菓子のようなツヤを持っているのは、フェリィの美学によるものだ。
砲塔がウィンと音を立てて自動旋回し、魔力エネルギーを圧縮した弾を連射。敵の群れに向けて鮮やかな光弾が一斉に放たれ、地面を抉るように炸裂する!
ゴゴゴゴッ! と甘い匂いをまとったエネルギー弾が、敵の群れを容赦なく薙ぎ倒していく。
「わ、わあああああ! な、何これっ!?」
杏奈が思わず叫ぶ。
「ゲームの中の……戦車?」
「異世界適応型ってことで」
隼人が冷静にモバイル魔導端末を取り出し、タッチパネルを素早く操作する。その手つきに、杏奈の頬がほんのりと紅くなる。
(……ちょっと、かっこいいじゃん……)
そんな自分に気づいて慌てて首を振る杏奈。
キャタピラが地面を轟かせて進み、敵の小型モンスターを蹴散らしながら前線へと突っ込んでいく。砲塔がくるりと回転し、背後から忍び寄る魔物を正確にロックオン。
――ズドォォン!!
凄まじい音とともに、爆風があがった。焦げたキャラメルのような匂いが辺りに漂う。
「甘い……のに強いって、なんなのこの戦車」
杏奈が半ば呆れながら呟き、フェリィは得意げににっこりと笑った。
「見た目はキュート、中身はマッスル! それが、わたしの“スウィートアーマメントⅢ号”だよっ☆」
クラウスの実況が重なる。
『ただ今の攻撃、フェリィ嬢の想像力と技術の融合による、魔導自律戦車《スウィートアーマメントⅢ号》! 隼人様との連携により、戦況が一気に変化しております! まさに異世界に咲く鋼鉄の花!』
「甘い香りがついてるの、フェリィっぽい……」
いろはが苦笑し、千尋が素直に拍手する。
『姫さま、皆さま……どうか、無事でいてくださいまし』
『できれば、戦いのあとには……姫様がカツ丼バーガーをほおばられる尊きお姿を拝見したく……』
その声は、執事クラウスが両手を胸に重ね、画面越しに真摯に祈りを捧げるものだった。
その隣で、ミレイが目を輝かせながら実況を続ける。
『これは昼ドラの私のヤンデレステルスナイフばりの衝撃ですっ! さぁいよいよボス戦ですぅぅぅ! ここからはバトルもラブもマシマシでいきましょうっ☆』
突入と同時に、敵の半数以上は戦車と斧で殲滅された。
――そう、斧。
筋肉担当・辰人が、魔導戦車とタイミングを合わせて突進していたのだ。
「こっちはこっちで、一人用戦車みたいなもんだからなっ!」
炎を纏った巨大斧を振り回し、戦車が逃した敵を次々と打ち払っていく。
「はあっ!!!」
ミノタウロス級の魔獣を叩き伏せる辰人。その姿はまるで古の英雄のようだった。
フェリィはそんな彼を見て、ぽつりと呟いた。
「……うん、やっぱり戦車には歩兵が必要だよね」
いろはがぽかんと口を開けていたが、戦場の熱に飲まれ、言葉を失っていた。
ルミナは、戦車の砲煙の向こう――
揺らめく空気の中に、異様な気配を感じ取る。
その直後。
空気が、変わった。
どこか冷たく、ぞくりと肌を撫でるような感覚。
煙の中から、黒い影が、ゆっくりと立ち上がる。
その影の輪郭は曖昧で、周囲の光を吸い込むようにして存在していた。
クラウスの声が、緊張をはらんで響く。
『……皆さま、何卒ご注意を。新たな強敵の登場です』
そして、ミレイがぐっと拳を握りしめて叫ぶ。
『いよいよクライマックスですよぉぉぉ!! バトルフィールドの幕が上がりますっ! 魔女っ子バーガーの未来は、ここに託されたっ!!』
それは、静寂を破る合図だった。




