表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/53

第21話:お姫様と配達係のゆれるキモチ

 昼下がりの『ラ・シュガー・パルフェ』には、やわらかな陽の光が差し込み、レモンの香りが甘く漂っていた。


 朝の喧騒が一段落し、今は客足も落ち着いている。


「ふぅ……あの戦場のような開店日が、もう遠い昔のようですわね……」


 カミラが銀のトレーを拭きながら、ぽつりとつぶやく。


「私なんか、昨夜の夢でもクレープ巻いてたよぉ〜。しかも具材が妖精になって飛び出してくの……」


 フローラはソファにもたれ、肩を落としていた。


「でも、本日もお客様から“もっちもちでした♡”って笑顔が聞けたなら、わたくし……満足ですの」


 エルミナが優雅に紅茶をすすると、ふたりのメイドが思わず「それどこで拾ったのその口調」と目を合わせた。


 だが、ほんのりと緩んだ空気も、やがてふっと沈黙に変わっていく。


「……それにしても、隼人さん、まだ戻ってこないのですわね」


 ぽつりと、カミラが言った。


「そういえば、朝の会議のあとに王宮に転送されたきり、もうお昼過ぎ……」


 フローラが心配そうに時計を見やる。


「さすがに遅すぎませんこと? 王女様のご機嫌取りって、そんなに時間がかかるものでしょうか……?」


 エルミナも眉をひそめた。


 そのとき、カウンターの奥からクラウスが姿を現した。手には王宮との通信用クリスタルが握られている。


「通信も届きません。魔法の干渉か、もしくは……王女様が“特別な時間”を強引に延長されているのかもしれませんね」


「特別な……?」


 全員の目がクラウスに集まる。


「王女殿下は、感情の赴くままに行動なさるお方。今回も、隼人殿を“興味深い玩具”として確保されている可能性が……」


「……うわあああ、絶対帰れなくなってるやつだそれぇぇぇっ!?」


 フローラが頭を抱え、カミラは真顔で腕を組む。


 ナナが、ぎゅっと両手を握った。


「じゃあ……わたし、迎えに行ってきますっ!」


「えっ?」


 全員が驚きに振り向いた。


「隼人さん、たぶん困ってると思うから……。それに、わたしが連れ戻さなきゃ!」


 目をきらきらさせて叫ぶナナに、クラウスが静かにうなずいた。


「では、白馬シルベールを回しておきましょう。王宮への通行許可証もこちらでご用意を」


「ありがとうございます!」


 ナナは勢いよくお辞儀すると、厨房裏へ走っていった。


 その背中を見送ったカミラが、ふっと笑う。


「……なんだか、ナナさん様子がちょっと変ですわね」


「うんうん。ちょっと顔赤かったような……ねぇ、もしかして」


「まさか……恋の予感ですの?」


「え、ナナさんと隼人さんってそういう感じだったっけ?」


「いやいや、でもなんか最近、視線がこう……」


「うふふ。王女様とナナさんで隼人さんを取り合う展開、ありですわよ?」


「私たち、メイドなのにドラマチックすぎるよーっ!?」


 そんな会話を背に、ナナは急ぎ足で馬車の元へと向かった。


 * * *


 そのころ王宮では――


「ふふっ♪ やっぱり、あなたが隣にいると楽しいですわね」


 フィオナ王女は豪奢なサロンのソファに腰かけながら、すっかりご満悦な様子で隼人を見つめていた。


「そろそろ、戻っていいか? さすがに長居は迷惑だろ」


「えー……でも、わたくしまだ……その……」


 しゅんと項垂れるフィオナ。その姿はまるで、わがままを我慢している子猫のようだった。


 そんな彼女を見て、隼人は肩をすくめて立ち上がる。


「じゃあ、最後に……何かしてほしいことあるか?」


「ほ、ほんとうにっ!? ……じゃ、じゃあっ……っ」


 王女はもじもじと視線を彷徨わせ、やがて決意したようにきゅっと口を結んだ。


「お、お姫様抱っこ……してくれませんの……?」


「……はっ?」


「い、今だけですのっ! このお部屋だけっ! あとで忘れてもいいからっ!」


 言い切ったあと、真っ赤な顔を両手で覆うフィオナ。もう声が震えている。


 執事たちはドアの陰で見守っていたが、その光景に目を見張った。


「……あんなに楽しそうな王女様、久しぶりに見たな」

「最近ずっと、どこか張りつめていらっしゃったのに……」


 隼人は黙ってフィオナの前に立つと、そっとその小柄な身体を抱き上げた。


「……ありがとう、隼人。あなたのにおいが……しますわ。まるで……守られているみたいで……」


「おい、匂い嗅ぐなよ」


 フィオナの頬がみるみるうちに赤く染まり、ドキドキした様子で彼の胸に身を寄せた。


「よし、王宮の廊下を全力疾走でもするか?」


「それ楽しそうですわ!……うふふっ」


 王女の楽しそうな声が、宮殿に、まるで鐘の音のように響き渡った。


 * * *


 その直後、ナナが王宮に到着した。


 馬車を降りて、玄関ホールで待っていたところ――


「――隼人っ!」


 ちょうど出てきた彼の姿を見て、ぱあっとナナの顔が明るくなる。


 だが、次の瞬間。


「ふえっ……? 王女様……? 抱っこ……?」


 ナナの目の前には、まだ隼人の腕の中にいるフィオナの姿。


 ぱたぱたと足をバタつかせながら、顔を真っ赤にして隼人の胸元にしがみついていた。


「フィオナ、そろそろお姫様抱っこいいかな……」


「あっ……! そ、そうですわねっ! し、失礼いたしましたっ!」


 フィオナは慌てて降りて、スカートを整える。


 ナナはなぜか胸がきゅっと締めつけられるような、奇妙な気持ちになった。


(なんだろ……この感じ……胸がぎゅっとする……)


 その気持ちに自分で驚きつつ、視線を隠すように首を振った。


 そして馬車へ向かう途中、隼人がよろけかけたナナを咄嗟に支える。


「っと……大丈夫か?」


「え……あ、はいっ……!」


「わざわざ迎えに来させて、悪かったな。助かったよ」


 その声が、やけに近くて。優しくて。


 ナナの胸が、またドキンと高鳴った。


 * * *


 夕方、再び『ラ・シュガー・パルフェ』へ戻ると――


「おかえりなさいませ~!」


 カミラ、フローラ、エルミナが出迎える。


 だが、すぐに彼女たちの目がナナに向く。


「……あれ? ナナさん、なんか様子が……」

「ほっぺ、赤いですよ?」

「熱でもありますの? 隼人さんに抱きとめられたりしたんじゃ……」


「そ、そそそそそそんなことっ……!!」


 焦ったナナの反応に、三人は顔を見合わせて、くすりと笑う。


 と、そのとき。


「ただいまー……って、なんか変な空気だな」


 隼人が店に戻ってきた。


 後ろから、ちょこんと顔を覗かせたフィオナが小さく手を振る。


「ここでお見送りいたしますわ」


「お見送りっていうか、店まで来てるよな」


「ま、また遊びに来ますわねっ!」


「……ああ、今日はもう十分すぎるくらい遊んだから、またな」


 フィオナは名残惜しそうにしながらハンバーガーを持ち帰り、王宮へ戻っていった。


 と、そこへルミナがふらりと現れた。


「むむむっ、なんかこのクレープ屋、甘々ラブコメ空間になってない!? 隼人くん、何かやったね?」


「……俺のせいじゃねえからな!」


 隼人が即座にツッコミを入れ、店内に笑いが広がった。


 こうして、今日もまた『ラ・シュガー・パルフェ』には、少しだけ特別な時間が流れていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ