第20話:フィオナ・グランリリーからの手紙
朝日が差し込む『ラ・シュガー・パルフェ』の店内。
カミラはテーブルにカップを並べながら、ふぅとため息をついた。
「昨日は……まさに戦場でしたわね……」
「私は燃え尽きたよぉ~! クレープ巻きすぎて、手がクルクルなままだもんっ!」
フローラは机に顔を突っ伏して、両手をぐるぐると回している。
「……でも、お客様の“もちもちでしたわ♡”が聞けて、わたくしは満足ですの」
エルミナは優雅に紅茶をすすりながら、ちゃっかり王族風の口調になっていた。
そこに、カラン、と扉の音。
「おう、朝の会議って聞いたけど……なんか、貴族の朝食会になってない?」
隼人が片手を上げて入ってくる。
「いらっしゃいませ〜♪ ……って、隼人さん!? 今日はバーガー組じゃなかったんですか?」
「配達の帰りにちょっと寄っただけ。そしたらこの空気よ。優雅すぎてビビるわ」
と、そこへバタン!と勢いよく扉が開き、ナナが飛び込んできた。
「みんなーっ! 大変ーっ!! 王女様から、お手紙届いたーっ!!」
「えっ!? まさか……フィオナ様!?」
ナナが広げた封筒の宛名には、しっかりとこう書かれていた。
――受取人:隼人・グランリリー様へ
「……いやいやいや、俺、グランリリーじゃねぇから!!」
「なにそれ!? どゆこと!? け、けっこん!? 結婚したの!?」
「してないしてない!! 昨日は逃げ回ってただけだっての! てか、どのタイミングで婚姻届出すんだよ!?」
店内が騒然とする中――封筒がふわりと光り始めた。
「うわっ、まさかこれ魔法……? ちょ、転送魔法!? 待て待て待て――」
ピカンッ!
光に包まれ、隼人の姿は跡形もなく消えた。
呆気にとられたナナとメイドたちは、しばしポカンとその場に立ち尽くすしかなかった。
* * *
――気がつけば、そこは王宮の一室。
絢爛豪華な調度品に、甘い香り。そして、ひときわ強烈な存在感が部屋の中心にいた。
「おっそーい! 何分待たせるのよ、わたくしを!」
両手を腰に当てて仁王立ちするのは、暴走系わがまま王女――フィオナ・グランリリー。
「いや、いきなり転送してきておいて時間厳守って、どういう理屈だよ……」
「細かいことは気にしませんの! それよりもっ、あなた――FPSって何の略ですのっ!?」
「え? ええと……フィオナ・プリンセス・すき……とかですの?」
「ふわっ……♡」
なぜかほおを赤らめるフィオナ。
「ちがいますの? わたくし、そうかと……!」
「いや、ゲームだって……First Person Shooter。銃で撃ち合うやつだよ」
「なにそれっ! すっごく楽しそうですわ!!」
次の瞬間、フィオナは両手を掲げて叫んだ。
「いっくわよ~ん♪ 《王家の錬成術・プリンセスカスタム☆》!」
ドカンッ!と光がはじけ、宙に現れたのは――
「……ピンクのハンドガン!? キラキラしてるし、グリップがハート型なんだけど!?」
「当然ですわ! わたくしの武器ですもの♡ あなたにはこれを貸してさしあげますわ」
そう言って渡されたのは、同じくピンクのハンドガン。リボンとラメつき。
「……ちょっと、俺が持っていいデザインじゃねぇってこれ……」
「さあ、勝負ですわ! わたくしに勝てるか試してごらんなさいな!」
ファンシーな外見とは裏腹に、繰り広げられるのは超本気の撃ち合い(※弾は魔法のキラキラ光弾)。
そして数分後。
「はぁ、はぁ……ちょっと楽しすぎたかも……」
「おなか……すきましたわ……」
バトル終了の合図は、フィオナの空腹宣言だった。
隼人は半ば強制的に、王宮の厨房に立たされることになる。
「ちゃんと見ててくださいましっ! わたくし、お肉の焼けるところ、初めて見ますの!」
「味にはうるさいくせに初体験なんかよ……。よし、焼くぞ」
ジュウゥ……と焼ける音。鉄板の上で肉がじゅわっと音を立て、香ばしい匂いが広がる。
「完成っと。王女専用、スペシャルバーガーだ」
「まぁっ! とってもいい匂い……♡」
ぱくり、と一口。
「おいしっ……!? な、なにこれ! ソースの魔法、発動してますわっ!!」
「いや、普通に作っただけだって……」
すると、フィオナはモジモジしながら、口元に手をあてた。
「……ちょっとだけ……ついてますの、ソース……♡」
「えっ? ああ――」
隼人はさっと手を伸ばし、フィオナの口元をそっと拭った。
その瞬間――
「な、な、ななななっ!? なによその距離っ!? 恋愛イベント!? 乙女ゲームのスチル突入ですのーーっ!!」
「……いや、ソースついてただけで……」
「ず、ずるいですわっ……! し、心臓が……バクンってしましたの……っ!!」
赤面王女、パニックモード。
そして隼人の脳裏には、一つの疑念が浮かぶ。
(……マジで俺、帰れるのか?)
――つづく。




