第19話:ラ・シュガー・パルフェ開店!クレープの香りと、隣国のわがまま王女さま
朝焼けが街の石畳を照らし、清々しい空気が『ラ・シュガー・パルフェ』の看板を金色に染める。
――カコン、カコン。
優雅な馬車の音が通りを響かせると、白馬シルベールのたてがみが朝日を受けてさらりと揺れた。
「おはようございまーすっ! 今日のクレープ分、材料多めに持ってきたよ〜!」
馬車の上から手を振るのは、配達担当のナナ。
今日は開店日。いつもより少し張り切った声で到着を告げる。
「うふふ、助かりますわナナさん。今日はたくさん焼く予定ですものね!」
カミラがにこやかに迎え、フローラが馬車の荷台からトランクを抱えてよろよろと下りる。
「わわっ!? うぅ……お、おもた……でもがんばるっ!」
「ふふ、大丈夫よフローラさん。あとで焼き立てつまみ食いできるから♪」
ちょうどそのころ、店の裏手から制服姿のティオとララが姿を現す。
「うっし、今日こそ厨房に立つぞ! 包丁捌きで魅せてやるぜ!」
「……今日は、焦がさないで」
「ぐっ、地味に刺さるその一言……!」
ふたりはフェリィの妄想魔法で生成された制服に身を包み、準備室へと走っていった。
一方、厨房ではクラウスと千尋が開店直前の最終確認中だった。
「カトラリー、清掃済み。レジ精霊も正常起動」
「配送はナナが済ませた。あとは――」
「はい、混乱が起きないように、ドライブスルーは“クレープ専用”と“バーガー専用”でレーン分けしました」
「さすがです、千尋嬢」
「さすがはクラウスさん♪」
ふたりの間に完璧なオーラが漂う中、なぜかティオが厨房の扉から覗いて呟く。
「この二人が本気出したら、王国一のレストラン作れそうだよな……」
そして、開店時間の直前、王都騎士団の一団が颯爽と来店した。
「お噂はかねがね。今日は警護ではなく、純粋にクレープとバーガーを楽しみに参りました」と挨拶しながら整列している。
その中で、ひとり目を見張ったのはライアスだった。
制服姿で微笑むセレナを見つけて、思わず足を止める。
「……姫様の制服姿……あまりにも眩しすぎて、剣を持つ手が震える……!」
隣の騎士が肘で突いてくる。「おい、鼻の下伸びてんぞ、ライアス」
一方で、別の騎士団員たちはカウンターで接客中の杏奈を発見。
「見てみろ、あの子……あのテンパり具合、尊すぎる」
「えっ、名前メモっとく?」
「やめなさいって! でも名前札……“杏奈”……よし覚えた」
クレープ屋は突如、軽く騎士団ファンミのような様相を呈していた。
鐘の音が街に響き渡り、看板のリボンがパーンと切られた。
「本日より、ラ・シュガー・パルフェ、営業開始です!」
ルミナの元気な声が響くと、王都のあちこちから続々と客が来店しはじめる。
フローラとカミラの笑顔接客、エルミナの気品あるおもてなし、杏奈のテンパりツッコミ――活気は最高潮。
だがそのとき――
「道をあけなさーい!! わたくしを誰だと思ってるのっ!?」
門のほうからひときわけたたましい声が響く。
駆けつけたクラウスが目にしたのは、金髪巻き毛にフリルのドレスを着た小柄な少女。
後ろには慌てた家臣らしき者たちが列をなし、明らかに……隣国の王族。
「わたくしは、オルディア王国第一王女、フィオナ・グランリリーですの!」
「は、はぁ……いらっしゃいませ……?」
「このクレープ店、気に入りましたわ。まるごとわたくしのものにしてさしあげます!」
「えっ!? 開店初日で!? 即決すぎる……!!」
「それと、あちらのバーガー店のあのイケメン。ええと、あの真顔で肉を焼いてる人。彼も一緒に引き取って!」
「えぇ!? 隼人さん!? 今焼いてる最中なのに!? 引き取り案件来てるの!?」
隼人は鉄板越しにちらりと視線を送り、つぶやいた。
「……王族にロックオンされるとはな。味方どころか、今回は強制PvP(プリンセスvsプレイヤー)かよ」
その横では辰人がドリンク補充しながら、気まずそうに顔をそらしていた。
「おいおい、俺のことはスルーかよ……筋肉の俺は買い取ってくれないのか?」
「えぇ? そこのムキムキの方もセットですの? じゃあ……考えてさしあげなくもないですわ」
「考えるだけかーい!!」
王女はまず「バニラカスタード・スペシャルクレープ」にかぶりついた。ふわりと広がるバニラとカスタードの香りに、ぱあっと顔が輝く。
「そこのあなた!おすすめのドリンク、今すぐ持ってきてちょうだい!」
慌てて対応したのはルミナだった。
「こちら、“夜の祝祭ソーダ”がシュワシュワで人気ですよ♪」
「じゃあそのシュワシュワというのを! わたくし、人生初シュワシュワに挑戦いたしますわっ!」
渡された瓶からストローでそっと一口。
「これなんですの? おくちがシュワシュワしてますわっ!」
初めてのシュワシュワ体験に驚く様子に、周囲の店員たちがそっと笑顔になった。
「まあっ……! このもちもちの生地……包まれてますの、わたくしの幸せが!」
次に「マジカルミートバーガー・デラックス」を受け取ると、少しお上品に見せながらも、大口でがぶり。
「……ん~~~! なんという肉の主張! ソースの魔法! これはもう、わたくし専用にしてほしいレベルですわっ!」
お供の家臣が「ひ、一口で半分……!?」と呆然とする中、フィオナは口元にソースをつけたまま、ぐるりと周囲を見回した。
「このお店、全メニューを王宮の食堂に導入してもよろしくてよ!」
やがて、フィオナ王女はクレープとバーガーを両方たいらげたあと、満面の笑顔でこう言った。
「まあっ……! なんて幸福な味……これなら一国ぐらいなら、差し上げてもよろしくてよ!」
「やめて!? 王女のテンションで外交のバランスが崩れる!!」
フィオナ王女はナプキンで口元をぬぐいながら、ふわりと笑った。
「……ま、今日はお腹いっぱいで満足してさしあげますわっ! このお店、とっても気に入りましたわ! まるごと王宮に移築してもいいくらい! ……でも今日は、わたくしのおなかが満たされましたから、特別に見逃してさしあげますっ!モグモグ」
その日、クレープとバーガーのふたつのレーンは、それぞれ大行列を記録。 客たちの笑顔、厨房の熱気、魔法の制服、焼ける甘い匂い―― 『ラ・シュガー・パルフェ』は、その名の通り甘い旋風を街に巻き起こした。
日が暮れ始めたころ。
店のバルコニーに並んで腰かけていたのは、ルミナとセレナ。
「……ふふっ、今日は忙しかったですね」
「うん。甘い匂いと、笑い声と、ちょっとだけトラブルと……」
ルミナは空を見上げる。
「でも、がんばってる姿って、誰かがきっと見てくれてる。
笑顔になってくれる人がいて、言葉や食べ物で幸せになってくれたら――それだけで、私は嬉しいなって思うんだ」
「……ええ。あなたがそう言ってくれると、私も夢を追いかけてよかったって思えるわ」
ふたりの間に、甘くて温かい風が流れた。
スイートな大冒険は、今日も大成功。
そして明日もきっと、たくさんの笑顔が訪れる――




