第18話:ラ・シュガー・パルフェへようこそ!開店前夜はドタバタです♪
朝焼けが街角を黄金色に染めるころ、クレープカフェ『ラ・シュガー・パルフェ』の前に、白馬が曳く馬車が到着した。
「ご到着です、エルミナ様、フローラ様!」
完璧な角度でクラウスがお辞儀し、扉が優雅に開く。まず降り立ったのは、金髪を編み込んだ美しいメイド。
「はぁ〜っ、ようやく着きましたわ。もう、荷物が多すぎですのよっ!」
カツカツとヒールを鳴らし、涼しい顔で立ち上がる。
「エルミナ・ブランシュフィーユ、参上いたしましたわ!」
その直後。
「わ、わ、わっ!? ひゃああっっ!!」
馬車の階段から、トランク三つを抱えて転がり出てきたドジっ子が一人。
「うう〜……またやっちゃいましたぁ〜……」
よろよろと立ち上がった彼女は、帽子を直してにこっ。
「フローラ・ネモネラですっ! お手伝いがんばりまーすっ!」
こうして白メイド二名が現地入り。クレープ店、いよいよ本格始動である。
その様子を見ていたセレナが、そっとルミナに声をかけた。
「よく来てくれたわ、ふたりとも」
「もちろんですわ、セレナ様。あなたのメイドとして、彼女たちは全力を尽くすはずです」
ルミナが微笑むと、セレナは小さく息をついた。
「ふふっ、なんだか……夢みたい。私、本当にクレープ屋を始めるんだって、今ようやく実感してる」
「実感はね、開店準備のドタバタとともにやってくるの。さぁ姫、夢の味を現実に焼き上げましょう!」
◆ ◆ ◆
その頃、厨房では――
「よっしゃ、厨房は任せろ! 包丁なら、“スラム裏路地ナイフバトル選手権”で準優勝だし!」
勇ましく袖をまくったのは、元スリ少年ティオ。
だが。
「却下です!」
ルミナの声が走るように響く。
「理由は笑顔がゼロ点だから! あと、そのイチゴを切るだけなのに殺意全開なのやめて! 厨房以前に“いらっしゃいませ”の練習からやり直し!」
「えぇ〜!? 俺、そーいうの超苦手なんだけど!?」
「ダメよティオ。クレープは心で包むの。まずは心のストレッチから♪」
「い、いらっしゃ……っ、あっ、かんだ! うわああ!」
その隣で、妹ララがメニュー表をじっと見つめ――ぽつりと呟く。
「……未来が、甘い匂い……。バナナと、希望と……あと、ミントの悲鳴……」
「え? なんで最後だけ具体的なの!? 何か見えてるの!?」杏奈が本気で動揺していた。
◆ ◆ ◆
一方、店舗奥の一室――そこはルミナ特製のシャワー付き休憩室だった。
「ここが……魔法の錬成空間……?」
部屋の隅に設置された、白く輝く魔法シャワー室。その存在感に、杏奈がじわじわと吸い寄せられていく。
そして、シャワー室のドアをじっと見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「シャワー室……私、ちょっと試してみよっかな」
場の視線が一斉に杏奈に注がれる中、彼女は肩をすくめて笑った。
「せっかくだし、ね。気になるじゃん?」
ルミナが目を輝かせるようにうなずいた。
「じゃあ杏奈、試してみて!」
杏奈がそろそろとシャワー室に入る。
「おぉ……ちゃんと個室になってるし、天井にはランプ……これ、魔法で温度調節できるタイプ?」
「うん、ボタンでモード変更できるよ♪」
ルミナがにこにこと言いながら「ついでにこれも試してみよっか♪」とシャワー室の入り口にある、ピンク色のボタンをポチッ。
すると、天井のランプがミント色に点灯した。
「ミントモード、発動――!」
「えっ、ちょ、ちょっと!?私!?私が試す流れ!?わわっ、冷たっ!?冷たすぎるうううううっ!!」
勢いよく水しぶきを浴びた杏奈が、悲鳴をあげながらシャワー室から飛び出しかける。
「ま、まって!ストップストップぅぅ!このミント、刺激強すぎない!?なんか心までスースーするーっ!!」
「うん、清涼感には自信あるよ!」ルミナがにっこり。
「そーいう問題じゃないーっ!!」
杏奈がタオルを頭に巻きながら、シャワー室からずぶ濡れで戻ってくると、フェリィがぽんっと手を叩いた。
「じゃあ次は、もうひとつの目玉機能をご紹介〜♪」
彼女が壁の装置を指さして得意げに胸を張る。
「制服はねー、ここで出せるよ! このボタンをぽちっとすると、壁の中からにゅるっと出てくるの!」
その言葉通り、フェリィがボタンを押すと、壁面が光ってスライドし、筒状の魔法空間から制服がにゅるりと現れた。
「って、壁から制服がにゅるって出てきた!? こわっ!なにそのホラー出現!」
驚いたララが「ひゃっ」と声を上げて、つるんと転がる。
「ララ!? 大丈夫!? ……にゅるっと出てきたら、そりゃ誰だってびっくりするよね!?」
出てきたのは、ミニエプロン&フリルつきスカート、星チャームがきらめく可愛い制服。
にやりとウィンクするフェリィ。
「ふっふっふ、制服デザインは私の空想100%!これが【妄想式・空想型織物精製魔法】よ!」
「長い!名前だけで呪文詠唱しそう!」
しかし、制服を着たララの姿を見た一同は――
「「「......天使だ......」」」
思わず拝みかける杏奈、フェリィ、そしてフローラ。
そこへルミナがひょこっと顔を出し――
「これ、私の分も……もらっていい?」
「「「なんで!?」」」
即座に突っ込まれる。
「え、いや、ちょっと着てみたいっていうか……ちょっとだけ……ね?」
なぜか顔を赤らめながらモジモジするルミナに、場の空気が一瞬フリーズした。
◆ ◆ ◆
場面は変わって、店舗中央では開店準備の進行中。
「王様と王妃様からの伝言です。“姫の夢、全力で応援しております”とのことでした」
カミラがルミナにそっと告げると、セレナが小さく微笑んで頷いた。
「よく来てくれたわ、ふたりとも。……あの子たちは、私の大切な宝物なの」
「セレナ様のためなら、全力でお手伝いしますわ!」
カミラが胸を張って宣言する。
「わたしもがんばりますっ! クレープ屋さん、楽しそうですしっ!」
フローラも勢いよく続いた。
ルミナが腕をぐいっと上げ、気合満タン。
「さて、仕入れはいつもの“魔女っ子ルート”で問題なし!」
「グリーンフィールドの野菜、ブルガノス牧場のミルク、ドリームシロップの甘味――これぞ異世界バーガー印の品質ですわ!」
杏奈が思わず声を上げる。
「いやちょっと待って!? これ、ぜーんぶ魔女っ子バーガーのコネで仕入れてるってこと!? ……え、すごすぎない!? ルミナって実はめっちゃやり手!?(ってか仕入れチート!?)」
◆ ◆ ◆
その頃、クレープの甘い香りが店の前へと漂い始めていた。
「うおっ!? な、なんだこの香り……クレープが……俺を呼んでいる……!」
軽装の“試食騎士”が、胸元から騎士団の紋章をチラ見せしながら登場。
「……って、ライアスさんじゃない!」
セレナが思わず素に戻る。
ライアスは咳払いして澄ました声を作った。
「き、騎士団の昼食調査の一環である! 我々は新店舗の味を確かめる“試食騎士団”の選抜で――」
「まーた“甘い任務”ねぇ、ライアスさん♪」
ルミナのニヤニヤ笑顔に、ライアスの顔はクレープのよりものイチゴより赤く染まるのだった。
そんなやりとりを横目に、騎士団の他の面々がそろって杏奈に視線を向けていた。
「え、あの子、かわいくない?」「笑顔がまぶしい……」「ああいう子に接客されたら何個でも買ってまう……」
なぜか全員がほわほわと頬を染めていた。試食騎士団、完全に杏奈推しである。
「ちょっ、なんで急に視線が集中してるの!? 私、何かついてる!? 何!? 砂糖!? クレープ!? それとも魔性!?」
動揺する杏奈に、ルミナがにっこり。
「うちの杏奈はハンバーガー店の店員なのでー。クレープ店での接客は、見学だけでーす♪」
それを聞いた騎士団の誰かが、ガクッと肩を落とした。
◆ ◆ ◆
夜が訪れ、開店準備もひと段落。
看板が掲げられたばかりの『ラ・シュガー・パルフェ』を見上げながら、ララが目を輝かせて言った。
「わあ……ここが私たちが働くお店……!」
ララの声に、みんなが顔を見合わせてにっこりと笑った。
「いよいよ明日、開店できそうだね!」
杏奈がワクワクした声で言う。
「ここからだね、私たちのスイートな大冒険の始まり!」
ルミナが勢いよく腕を振り上げた。
「クレープで世界を甘くしよう大作戦、いざスタートですっ♪」
――と、そのとき。
「って、あれ? ルミナ、それ……」
杏奈が目を細めて、ルミナの姿を指差す。
「……なんで制服、着てるの?」
「へっ?」
全員の視線が一斉にルミナに集中する。
ルミナは一拍置いてから、袖をぎゅっと握りしめ、恥ずかしそうに笑った。
「……あれ? バレちゃった? てへっ♪」
みんなが吹き出し、笑い声が夜空に響いた。