第17話:夜のスリ事件、少年少女との出会い
「本当に素敵なお店になりました……」
セレナは新しく完成したクレープカフェ『ラ・シュガー・パルフェ』を眺めながら、心地よい夜風に頬を撫でられていた。
「ええ、まさに姫の夢が詰まったような店ですね」
護衛の騎士ライアス・アーデンは、穏やかな微笑みを浮かべつつも周囲に注意を向けている。
その時だった。
「あっ……!」
セレナが短く声を上げた。次の瞬間、彼女の手にしていた小さな財布がすっと抜き取られ、小柄な影が路地裏へと走り去った。
「姫!」
ライアスは一瞬で駆け出し、夜の闇に消えようとしている影を追いかける。
「止まりなさい。その行い、看過できません」
その影は驚異的なスピードで走り抜ける。まるで風のような足取り――。
(ふふん、僕の『瞬足スキル』で捕まるわけが……)
そう思った瞬間、空からルミナが降ってきた。
「お待ちっ!正義の味方・バーガー魔女っ子ルミナちゃん参上!」
ルミナは指をぱちんと鳴らした。
その瞬間、彼女の指先からふわっとピンク色の煙が立ち昇り、小道を包み込むように広がった。
「うわっ!?煙!?足元が……!」
少年の足元はつるりと滑り、見事にもんどりうって転んだ。
「ううぅ……なぜ……!」
捕まったのは、ぼろぼろの服を着たやんちゃな少年・ティオ。髪は逆立ち、表情は必死だが、どこか憎めない。
その後ろから、少女がゆっくり駆け寄ってくる。瞳はどこか静かに遠くを見つめていた。
「……やっぱり、こうなると思ってたの」
「ララ!?お前、未来見えてたのか!?」
「うん……なんか、この人たちに捕まった方が、私たちにはいい気がして……だから止めなかった」
「なんだそれ、先に言ってくれよぉ!」
ルミナがそのやりとりを見て、目を輝かせる。
「なにそれ最高!兄は特技・瞬足!妹は予知能力!?採用です!!即採用!!」
「採用!?どこの!?魔法バーガー店!?」
セレナが優しく微笑んで手を差し出す。
「よければ……一緒にご飯、食べませんか? 盗まなくても、ちゃんとお腹いっぱいになれる世界を、一緒に探しましょう」
ティオとララは驚いたように目を見合わせる。
(信じていいのかな……)
そのとき、ララのお腹がぐぅぅ、と鳴った。
「……お、おい、ララ……」
「お腹には嘘つけないんだもん……」
クレープカフェのテラス席。ミーナが慌ててお皿を並べる。
「生クリームにベリーにバナナに……あっ、ルミナ様、いちご山盛りすぎです!」
「いいの!最初の一口は、人生変える味じゃないとね!」
ララは目を丸くしてクレープを頬張り、ぱぁっと笑顔が咲く。
「……夢みたい……こんな甘くてふわふわしたの、はじめて……」
「そっか、だったら、ここからは現実を夢に変えるお仕事しようか!」
ルミナが笑い、ティオとララに向き直る。
「ここで働いてみない?」
「え……いいの?働く!っていうか、働かせてください!」「わたしも!」
「よし!じゃあまずは、クレープ生地投げから始めようか!」
「え……投げるの!?」
ララはその光景を見つめながら、そっと目を閉じる。
胸の奥が、ぽっと温かくなった。
(私、ちょっとだけ先の未来が見えた気がしたんだ。 この人たちと一緒にいることで、私たちの未来は、きっと大きく変わっていく……そんな気がして)
ティオが笑ってる。自分も笑ってる。
それが、ほんの少し不思議で、でもすごく嬉しい。
ふと、ララはセレナとライアスの顔を見た。
優しさに満ちた微笑みと、静かに見守る強さ。
(この人たちのそばで、なら——)
ララは胸の奥で、ひとつの決意を固める。
(私たち、変われる。きっと、もっと良い未来に行ける)
その夜、彼女は心から初めて、自分たちの居場所が見つかった気がした。
その頃、セレナはカフェの入り口に立ち、灯りに照らされた店を眺めていた。
その瞳には、確かに夢を叶えた人の輝きが宿っていた。
「……素敵です、セレナ様」
思わずライアスが呟いた声に、自分でも驚いて口を閉ざす。
いけない、騎士としてあるまじきこと。
しかし、その背中が誰よりも誇らしく、美しく思えたのは事実だった。
「ライアス?」
セレナが微笑みながら振り返ると、彼はほんの一瞬だけ視線を逸らし、すぐに敬礼した。
「いえ、問題ありません。店の灯りも防犯灯も、完璧な配置です」
「……ふふっ」
そのやりとりを見ていたルミナが、両手にバーガー袋をぶら下げながら駆け寄ってくる。
「お土産にバーガー持ってきたよーっ!夜食にどうぞ!あと非常食にも!」
「非常食にしてはカロリーが高すぎませんか?」とクラウスが後方で冷静に突っ込む。
その笑い声の中、ララはふと空を見上げた。
夜空に浮かぶ光が、まるで精霊たちが舞い踊る光の舞踏のように揺らめいていた。
「……あれ、星灯?」
空に描かれていたのは、都市の守護精霊が夜空を巡るという古い伝承にちなんだ、光の幻影。
祝祭でも何でもない、ただの夜に現れるには不思議すぎる現象だった。
でもそのきらめきは、まるで「ここから始まるんだよ」と言ってくれているようで——
ふたりに向けられた、新しい未来の灯火のように思えた。
ティオが見上げる。
「……なんかさ、これから先、良いこと起こりそうな気がするな」
「うん……少しずつだけど、明るくなってきた……そんな気がする」
その夜、ふたりの胸に、確かに希望の光が灯った。
夜空の下、クレープの香りと笑い声、そしてほんの少しの奇跡が、街に優しく広がっていった。