第15話:セレナ姫、クレープ修行をする!
朝霧が晴れたころ、遠くから聞こえるのは――シュワシュワ……プシュッ!
それは、泡立つ炭酸のような音とともに、黄金色の車体が跳ねながらこちらへ近づいてくる。
「お嬢様、接近中の車両は……パンケーキカーです。見た目は実に美味しそうですが、どうか歯を立てぬように」
クラウスが冷静に忠告する横で、ルミナが車体にぴたりと張りついた。
「んぐんぐ……これ、たぶん食べられるのね!」
パクッ!
――歯が立たなかった。
「……か、かたい! ふわふわだと思ったのにーっ!」
「お嬢様、それは空腹の幻では。残念ながら、パンケーキ風車両は摂取対象にはなりません」
そんなやりとりの中、パンケーキカーの屋根がバシャッと開き、ハイテンションの声が響く。
「パンナ・ミルフィーユ、クレープ修行の助っ人として見参っ!」
ポニーテールが揺れ、エプロンが風を切る。パンケーキ工房の英雄ことパンナが、車の上でキメポーズを決める。
「セレナちゃん、準備できてるー!? クレープ修行、テンポ命だよっ!」
「え、ええと、はい……」
* * *
向かったのは、隣町の老舗クレープ店『ソレイユ・シュガー』。
セレナはゴスロリ姿のまま、巨大な鉄板と、とんぼを前に直立不動。
「う、上手くできるかしら……」
「気にすんなー! さあ、まずお玉一杯、真ん中に流し込んで~」
パンナが背後からリズムよく指導。
とんぼをクルクル回すたび、生地は薄く、丸く、美しく焼き上がっていく。
「ほわ……いい香り」
「そんでもって、返しは――気合っ!」
「え、気合ってなに!?」
セレナがえいやっと返すと、ふわっと舞ったクレープが見事に着地。
「ナイスー! 姫、センスあるよ!」
セレナがほっと息を吐いたそのとき――
「あ! いいの思いついた!」
――その言葉をルミナ様が口にした時点で、クラウスの脳内には警鐘が鳴っていた。
(“いいの”とお嬢様が言うときは、大抵……いや、確実に、とんでもない何かが来る)
「たこ焼きを入れるの!」
「……クレープに、たこ焼きを、ですか?」
「そう! ほら、あのカリッとした生地の中に、トロトロのたこ焼きを包むの! ソースとマヨで味をまとめて、鰹節がふわ~って!」
「……お嬢様、それは“おかず”を“スイーツ”で包むという、常識を蹴り飛ばす試みかと」
(たこ焼き……久しく耳にしていなかった料理名を、まさかクレープに包むことになろうとは……)
クラウスが頭を抱える中、パンナが手を打った。
「おもしろーい!やってみようよ、ルミナちゃん! 鰹節もあるし!」
「よーし!おこのみやきクレープもつくっちゃおう!」(まさかパンナ様まで……)
「マヨも忘れずに!」
あれよあれよという間に試作が始まり――
10分後。
「……完成! 特製たこ焼きクレープ、召し上がれっ!」
ふわふわ生地に、アツアツのたこ焼き。ソースとマヨ、踊る鰹節。
「いただきます……もぐもぐ……」
「……っ、おいしい……!」
セレナが目を見開き、感動の表情。
「やったー! セレナちゃん、このメニュー使っていいよ、著作権とかノリでOK!」
ルミナが親指を立てる横で、ライアスが震える手でクレープを持ちながら呟いた。
「……この魔女っ子、発想が爆弾の如し……やはり、ぶっ飛んでいる……」
* * *
その夕方、全員でバーガー店へ帰還。
「クレープカフェの場所、どうする?」とセレナ。
即座にルミナが指を立てた。
「うちの隣に決まり! スイーツは隣が基本でしょ!?」
「なんの基本!?」
「おやつタイムにダッシュで食べに行ける! それに甘い香りでお客さんが寄ってくるよ!」
パンナ「なるほど~」
ライアス(……それって、ただ自分が食べたいだけでは……)
クラウス「……経営効率の観点から見れば、合理性があります」
「決まりね。セレナ姫のクレープカフェ、隣に開店します!」
「じゃあ……お祝いの爆発魔法、やっちゃおっか♪」
「待ってルミナ様、それは祝砲というより“危険物の散布”では……!」
クラウスの静止もむなしく、ルミナは両手を掲げ、魔力をぐぐっと練り始めた。
「いけぇーっ! ハッピースパーク・クリーミィボム!」
――ドガァァン!!
光と煙と、かすかにバターの香り。
店の看板が微妙に傾いたが、なぜか店の前には拍手と笑いが巻き起こった。
ライアス(……あの魔法、祝福なのか災厄なのか、判断がつかない……)
こうして――
シュールとシュガーの香りが入り混じる、新たなカフェ計画が始動したのだった!