第14話:姫、夢を語る。そして、クレープ屋計画始動!
聖都アルフェリアの王城、陽光が注ぐバルコニー。
揺れるカーテンの奥で、セレナ・フローラリア王女は一冊のノートをそっと開いていた。
そのページには、手描きのクレープの絵と、カラフルな具材のリストが並んでいる。
――甘くて、とろける、魔法のようなスイーツたち。
「……ねえ、ライアス」
隣に立つ青年が、静かに振り返る。執事として仕えてはいるが、その正体は王国の騎士、ライアス・アーデン。
「はい、姫様」
セレナはその目を輝かせながら、小さな夢を口にした。
「わたしね……お店をやってみたいの」
「お店、でございますか?」
「うん。あの『魔女っ子バーガー』に行ったとき、思ったの。美味しいものって、誰かを幸せにできるって。だから今度はわたしが、“誰かの一日を甘くするクレープ屋さん”をやってみたいの」
ライアスは驚きつつも、すぐに背筋を伸ばして深くうなずいた。
「そのような素敵な夢に、お仕えできるならば、これ以上の光栄はございません」
(……ただし、またルミナ殿の近くに赴くということは、また何かが起きる予感しかしませんが……)
* * *
その日の午後。
「……あ、見て。また来たよ。あの二人」
杏奈がドリンクのカップを拭きながら、目を細めてカウンターの向こうを見つめる。
「“黒ゴスロリ姫”と“真顔執事”のコンビ、今日も健在だね」
隣のいろはが、苦笑しつつレジに立つ。
二人は前回よりも堂々と店に入ってきて、まっすぐルミナのもとへと向かっていった。
「ルミナさん、相談があって……!」
「今日は何バーガーにする? おすすめは黒毛和牛バーガー! ……って、まさかお姫様、今度はお店でも乗っ取る気?」
「あの、お姫様はナイショで……」
「わたし、クレープ屋さんをやってみたくて。どうすればいいかな?」
「クレープ屋さんか~。ちょっと待ってて!」
ルミナがカウンター奥をごそごそと探し始める――その様子を、すれ違ったフェリィが見逃すはずもなかった。
『これはもう……クレープという名の運命に導かれる、甘やかなる恋……!』
「フェリィ、お願いだから妄想は裏でやって」
ミーナがそっと小声で突っ込む。
「おまたせ! これ!」
ルミナは謎の小さなメロンパン型の置物を取り出した。
「こ、これはなに?」
「これね、メロンパン型音声AI。これで連絡取れるよー」
「じゃ、さっそくパンナに相談してみよっか。あの子、パン工房だけじゃなくて、クレープ屋もやってたし!」
ピピッ、と機械音が鳴る。
「パンナー、姫様がクレープ屋さん始めたいみたい。相談に乗ってくれる?」
『ハイ、カシコマリマシタ。「ヒメサマ」との関係性を再確認中です。照合一致:架空の乙女ゲームルート。起動します――“姫君と禁断のスイーツ愛ルート”』
「ちがうちがうちがう! 恋愛ゲームじゃないから! パンナ呼んでー!!」
「えっと……パンナさんを、よ、呼び出したいのですが……」
『ハイ、カシコマリマシタ。「呼び出したいのですが」に該当する行動:召喚魔法』
ぼわっ!
机の上に、なぜか湯気をあげるメロンパンが召喚された。
「物理召喚すなーっ!!」
「“パンナちゃんって今どこにいますか?”って言ってみて!」
「あ、あの、パンナちゃんどこにいますか?」
『ハイ、カシコマリマシタ。“どこにいますか”に基づき、姉妹都市「パンナ湖」の観光案内を開始します――』
「存在しない地名を勝手に錬成するなーーーーーっ!!」
「“これって壊れてませんか?”って聞いてみて」
「こ、こわれてますか?」
『ご安心ください。私は壊れていません。……たぶん』
「たぶんて何!! ちょっとは不安になる返答やめて!!」
「クラウス! お願い!」
クラウスが一歩前に出て、姿勢正しく宣言した。
「パンナ嬢、こちらクラウス・バルデンブルク。貴女の助言を求めております。応答願います」
ピピッ。
『はい! パンナで~す♪ ルミナ? また変なAIで呼んだの?』
「成功したああああ!!」
ライアスはその場で軽く膝をついた。
(……やはり人間の言葉には、騎士道の格式が必要だ……)
こうして、次なる舞台――クレープ屋への道が、静かに、けれど確かに動き始めた。
甘くてふんわり、でも芯はしっかりと。
姫と執事、そしてルミナたちの新たな挑戦が、今ここに始まろうとしていた。