第12話:この想い、バンズでサンドして。~魔女っ子バーガー1号店、開店です!~
朝――いや、陽が昇る前から。
魔女っ子バーガー1号店の厨房は、すでに戦場と化していた。
「いろはっ! バンズ届いてる!?」「千尋さん、在庫チェック!」「杏奈、笑顔! 笑顔ー!」
「……朝からテンション高すぎ」
「ふっ、俺の筋肉も火が入ってきたぜ!」
いろはが焼きたてのバンズを整え、杏奈がレジ前で笑顔(時々、内心毒舌)。
辰人が巨大な鉄板を支え、千尋は仕入れ台帳を小脇に抱えて、全体の指揮をとっていた。
「ジュース注入装置、調整完了っす」
隼人が制御パネルを確認しながら、真面目にうなずく。
そんな中、ルミナが空中に飛び上がり、手をぱんっと叩いた。
「よーっし! いくよー! シュワっと笑顔、召喚開始っ!」
厨房が一瞬、静まり返る。
「……いよいよ、だね」
いろはがぽつりとつぶやき、千尋がにっこりと笑った。
「やれることは全部やった。あとは信じて、進むだけ」
カラン……と、開店ベルが鳴る。
「魔女っ子バーガー1号店、オープンです!!」
開店と同時に、街中から人が押し寄せた。
ギルドの冒険者たち、配達係のナナとシルベール、野菜農園のドラゴン、酪農牧場の筋肉戦士ミネルバ、ドリンク工房のセリィナ……
交渉先の仲間たちが続々と列を作っていく。
「うちの野菜、ちゃんと使ってくれてるんだろうねぇ?」
「この味……やはり我が牛乳は至高……」
「バンズ、香ばしい。パンナのやつ、やるわね」
そんななか、ミネルバがふらりと店先に現れた。
その頬はほんのり赤い。
「……よ、よう……辰人……」
「お、来たなミネルバ!」
辰人が鉄板を片手に駆け寄ると、ミネルバはそっぽを向く。
「ちょっと……気になっただけだ。別に、あんたに会いに来たわけじゃない」
「へえ? じゃあ『バロルホーンバーガー』、特別サイズで出してやるか?」
「なっ、それは……いただく」
照れくさそうにバーガーを受け取ったミネルバの背中を、辰人が嬉しそうに見送った。
「……あれ、ちょっと、あの二人……」
杏奈が目を細めて見たその先に、黒レースのゴスロリと、真顔の執事。
「……あれ絶対、姫様と……」
「……騎士だよな……でも、『たぶん違う』って顔してるから、見なかったことにしようぜ」
それを遠巻きに見ていたフェリィが、うっとりとした顔でつぶやく。
「きっと、禁じられた身分差の恋なのです。正体を隠しながら、甘いひとときを分かち合う恋人たち……きゃーっ、想像がはかどります!」
「いやいや、あれ任務だからね!? ね!?」
いろはが慌ててツッコミを入れるが、フェリィは夢見る目のままだった。
こっそり入店したセレナとライアスは、メニューの前で小声の相談を始めていた。
「ねえ、『カツ丼バーガー』って何かしら。すごく気になるんだけど」
「姫様、いえ、『セレ』様。あれは……民の力と魂が具現化された、いわば勝利の結晶でございます」
「なにそれ、すっごく気になるわね!!」
「おすすめはカツ丼バーガーでーす!」
いろはの元気な声が響く。
「ドラゴンポテト! 大きいサイズでください!!」
「え!? 姫様、そんなに!?」
「だって、すごく美味しそうだったんだもの!」
ライアスはそっと、カツ丼バーガーにかぶりついた。
――ガブッ。
サクサクの衣と、ふんわり甘じょっぱいタレ、そして分厚いバンズの香ばしさが、一気に口の中で踊り出す。
(……これは……うまい……! というか……)
「うまいわ!」
隣でセレナが大声を上げた。
「思ったより……すごく、ちゃんとおいしい!! ライアス、これもう一個食べたい!!」
「か、かしこまりました!」
(……デートじゃない。任務だ、これは任務だ……!)
夕方。
行列は絶えず、商品はどれも完売寸前。
ふらふらになりながらも、みんなが笑っていた。
陽が落ち、空に魔法の灯りがともりはじめた頃――
ドン、と夜空が震える。
花火が上がった。
真っ赤に、金色に、夜空を鮮やかに彩っていく。
「これ、誰が……」
「ギルドの皆さんから。ルミナちゃんの『開店祝い』って」
火花の下で、ミーナがそっと言った。
「このお店、ただのハンバーガー屋じゃないんだ」
ルミナがまっすぐな目で続ける。
「みんなの力で作り上げたものが、最高のひとくちになってるんだよ」
「……なんか、じんわりくるな」
「うまいだけじゃないのが、いいのかもな」
辰人が空を見上げて、ぽつりとつぶやいた。
「……なんかよ。オレ、ちょっと泣きそうだ」
「ふふ、筋肉涙線、弱いのね」
杏奈がからかい、辰人はそっぽを向いた。
最後の花火が、夜空に大きなハートを描いた。
――こうして、魔女っ子バーガー1号店は。
たくさんの笑顔と、協力と、そして努力と勇気で。
最高のスタートを切ったのだった。