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第11話:姫と騎士の魔女っ子バーガー偵察計画

 

 ――王都アルフェリア・王城の庭園にて


 騎士とは、剣を取って民を守る者である。


 あるいは、王女の命令で――

 ハンバーガー屋のチラシを届ける者でも、ある。


「……俺は、一体何をしているんだ……」


 ライアス・アーデンは、庭園の片隅で深いため息をついた。


 手にしているのは、極彩色の一枚のチラシ。


 《魔女っ子バーガー1号店! 明日グランドオープン!》

 《バンズは毎朝焼きたて!》


 ルミナの笑顔がどーんと中央に配置されていて、背景では星がきらきらしている。


(ミーナさんに「はいこれ、姫に渡してきなさい!」って……押しつけられた紙だけど)


(これはもう、騎士の任務ですらないのでは……)


「――ライアス?」


 名を呼ばれた瞬間、背筋がぴんと伸びる。


 花の香りとともに現れたのは、白のドレスを纏う王女、セレナ・フローラリア。


「そんなに真剣な顔をして、どうしたの?」


「い、いえっ、これは……その、こちら……!」


 言い訳も考える前に、風が吹く。


 ふわりと宙に舞ったチラシを、セレナは指先で受け止めた。


 一読し、口元に笑みを浮かべる。


「魔女っ子バーガー……明日オープンなのね。中央ギルドの近く?」


「そ、そうでございますっ! 開店の宣伝と申しますか……その……」


(なんでこんなに動揺してるんだ俺は!)


 セレナはふっと目を伏せ、やがて静かに顔を上げる。


「ねえ、ライアス」


「はいっ!」


「……明日、一緒に行きませんか?」


(い、今なんと!?)


 ライアスの思考が一瞬止まる。


(いや、護衛としてという意味だ。そうだ、任務、あくまで任務……!)


「か、かしこまりました!」


 ぴしっと背筋を伸ばして敬礼する。


 セレナはその様子にくすっと笑った。


「ふふっ。じゃあ、変装の準備もしておかなくちゃ。庶民に紛れるためにね」


 ――その夜。王宮の私室にて。


 大きな鏡の前。

 セレナは、黒と白のドレスを広げていた。


 ふわふわのフリル、レースのカチューシャ、リボンのついたブーツ、そして日傘。


「うふふ……やっぱり“ゴスロリ”って可愛いわよね。前から着てみたかったの」


 背後に控えていた侍女が恐る恐る口を開く。


「お姫様……それで庶民に溶け込むのは、さすがに……」


「えっ? だって、異国の流行ファッション特集に載ってたわよ?」


「それは多分、舞台用の衣装特集でございます……」


「でも、可愛いからいいの!」


 セレナは嬉しそうにくるりと一回転して、鏡に向かってウインクしてみせた。


 ――翌朝。王宮の裏門にて。


「……本当にこれでよかったのか……?」


 ライアスは、執事の制服に身を包み、鏡を見つめていた。


 黒のベスト、白シャツ、ぴしっとしたスラックス。

 見た目は完璧な給仕スタイル。


 だが、ちょっとでも気を抜けば「姫様、いざ参りましょう」や「この命、捧げる所存です」など、言葉の端々から“騎士”がにじみ出るのが問題だった。


「お待たせ、ライアス!」


 明るい声が響き、現れたのは――


 黒レースのゴスロリドレスを纏ったセレナ。


「ふふっ、“市民セレ”に会えて光栄でしょ?」


「……はい?」


「今日は我ら、庶民の魂に触れる冒険に出るのですわ!」


「……セレ様、民の魂にその服装で触れるのは、いささか……」


「えっ、変かしら? もっとこう、“セレっちいくぞー!”ってノリでいく感じだと思ってたのに……」


「……私には、そのようなノリは……」


「堅いわねぇ。せっかくの変装なんだから、もっとノリノリになってもいいのに」


 そんな会話をしながら、二人は王都の街へと歩き出す。


 通行人たちはちらりと振り返り、ひそひそとささやいた。


「……あれ、何かの劇団?」「宣伝かな?」「いや、令嬢のコスプレだなあれは」


(……これはデートではない。任務だ。俺はただの、騎士だ……)


 心のなかで念じるように唱えながら歩くライアス。


 その隣で、セレナは日傘をくるくると回し、上機嫌で口笛を吹いていた。


 彼女の横顔は、ほんの少しだけ、いつもより自由で楽しそうだった。


 そしてライアスは、その笑顔に、気づかないふりをしていた。

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