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第9話:ドリームシロップ工房、杏奈ドリンクを仕入れます!

 風に乗って甘酸っぱい香りが漂ってくる。異世界に召喚された星見杏奈は、ドリンク仕入れ担当として魔女っ子バーガー1号店のドリンクを確保すべく、『ドリームシロップ工房』を訪れていた。


 工房は街の外れに位置し、色とりどりの果物が輝く木々に囲まれている。杏奈が工房の門を開けると、小さな鈴の音が軽やかに響いた。


「こんにちは~。魔女っ子バーガー1号店の星見杏奈です。ドリンクの仕入れの件で伺いましたぁ」


 声をかけると、ふわりと浮かんだ不思議な小瓶が彼女を取り囲むように舞い始めた。


「まぁまぁ、元気なお嬢さんね」


 奥から優しい声がして、小柄で穏やかな笑顔の女性が現れる。彼女の名はセリィナ。『ドリームシロップ工房』の主であり、異世界の錬金術師だ。


「いらっしゃい、杏奈さん。お待ちしてましたよ。さっそくですが、希望するドリンクのリストはありますか?」


「はぁい、ありますよぉ。えっとですねぇ、まずルミナちゃんが『見るからに身体に悪そうでカロリー高め!でも飲んだら美味しいシュワシュワなやつ』って言ってて……」


「ほう……」セリィナがすでに眉をぴくりと動かす。


「で、いろはちゃんは『ホイップ多めで乙女ちっくなやつ』で~、フェリィちゃんにいたっては『暗闇の夜空に浮かぶ白いたま……そう!あんこ餅ドリンク!』って。すっごいこだわりです!」


 セリィナの口元が引きつり気味に笑った。


「え、えっと……それは、ええ、なかなか……ユニークなオーダーですね……」


 杏奈は悪びれずににこっと笑う。


「ですよねぇ~。でも、そこをなんとか!」


「……わかりました。ちょっと考えてみます」


 セリィナは棚から何本かの瓶を取り出しながら、額に手を当ててうなった。


「ルミナさんのは、黒糖と焦がしキャラメル、それに発光果実のエキスを混ぜた『夜の祝祭ソーダ』。見た目はやばそうだけど味は保証します」


「すごっ!見た目がすでにデザート!」


「いろはさんには、苺とバラの花びらから抽出した香り高い蜜、それに空気より軽い雲ホイップをのせた『恋する雲のフルート』を提案します。ピンクでふわふわです」


「ぴったり~!絶対喜ぶやつですぅ!」


「そしてフェリィさん……うん、あんこ餅ドリンク……これは、黒蜜と餅玉、それに夜空ゼリーを浮かべた『月夜の団子舞踏会』にしてみますか。飲むとちょっと浮遊感あります」


 杏奈はぱちぱちと拍手した。


「セリィナさん、天才ですぅ!さすがプロ~!」


「……褒めても材料費はまけませんよ?」


 そんなやりとりに、工房の空気はすっかり柔らかくなっていた。


(本当にこの人たち、どこまでも自由ね)とセリィナは思いつつも、そんな自由さがどこか心地よかった。


 工房の中に入ると、色鮮やかな果実がずらりと並ぶ棚や、大きなガラス瓶に入った輝くシロップが視界に飛び込んできた。


「わぁ、綺麗……」


 杏奈が思わず呟くと、セリィナは優しく微笑んだ。


「この工房では、普通の果物だけじゃないんですよ。特別な果実やシュワシュワな飲み物を錬金術で作っています。お店で喜ばれるようなものがあるといいんですけどね」


「シュワシュワですかぁ?」


「ええ。こちらです」


 セリィナは奥の部屋へ杏奈を連れて行った。そこには半透明の大きな木があり、その幹からは微細な泡がぽこぽこと湧き出ていた。


「これが『シュワシュワの樹』。この樹液はほんのりとした甘さと爽やかな炭酸を秘めているんです。飲んでみますか?」


 セリィナが差し出した小さなカップに樹液を注ぐ。杏奈はちょっぴり不安げにカップを手に取った。


(ほんとに美味しいのかなぁ)


 一口含むと、甘く清涼な味が舌の上ではじけ、思わず笑顔になった。


「わぁ、これすっごく美味しいです!お店でも人気出そうですぅ!」


「あら、よかったわ。お気に召していただけて」


 杏奈は内心、(ちょっと疑っててごめんなさい)と少し反省した。


 さらに工房を巡ると、小さな妖精たちが忙しそうに果実に魔法をかけている様子に出くわした。


「こちらは『星降りベリー』です。夜空の星の力を借りて熟成させるとても特別な果実ですよ」


 杏奈がベリーを手に取ると、小さく輝く粒子が指先にまとわりついた。


「キラキラしてて素敵……!」


 妖精のひとりが近づき、杏奈の指先を小さな手でそっと触れる。


「これね、食べると元気が出るのよ」


 その言葉に杏奈はふと、(あぁ、こういう小さな喜びを届けるのも悪くないかもね)と思い、心がふんわりと暖かくなった。


 そんな杏奈を遠くから見つめる視線があった。


「そこのお嬢さん!あまりに可愛らしくて私の心に錬金術を施したのか!ぜひ結婚してくれ!」


 突然現れた派手な格好をした青年がひざまずき、杏奈に求婚をする。


「へっ!? 結婚!?」


 杏奈はびっくりして目をまん丸にした。


 セリィナがクスクス笑いながら杏奈の肩をぽんと叩く。


「気にしないで。この人、誰にでも求婚するので有名なのよ」


「あ、そ、そうなんですねぇ……はは」


 杏奈は少し照れつつ、慌てて笑いながら後ずさりした。


 仕入れ交渉は順調に進み、杏奈は『夜の祝祭ソーダ』『恋する雲のフルート』『月夜の団子舞踏会』、それに『シュワシュワの樹液』と『星降りベリーシロップ』を中心に、いくつかのドリンクを仕入れることを決めた。


 帰り道、ふと見上げた異世界の空は澄み渡り、杏奈の心の中も爽やかな風が吹き抜けていった。


(なんか、悪くないかもね。こんな気持ち)


 杏奈は小さく笑って、魔女っ子バーガー1号店へと元気に歩き出したのだった。

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