表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

1-3

リツがジジイの異変に気づいたのは、朝の狩りから戻ったときだった。


いつもなら、気づけば火を起こし、仏頂面でちゃぶ台の前に座っているはずのジジイが、今朝に限って起きてこない。


「……ジジイ?」


返事はない。


寒気を押して布団を剥ぐと、白髪の老人はまるで昼寝の途中のような顔で、静かに横たわっていた。


「……本当に死んでんじゃねえか」


リツは軽く頬を叩いたが、ぴくりとも動かない。

リツは崩れたままのジジイの身体を静かに見下ろした。その表情には、悲しみはない。


風が、遺体の上に吹きかけて、毛布の端が揺れる。

死んでいる。ただ、それだけのことのようにも思えた。

心の底に小石が沈んだような、冷たい感触だけがリツの中で生まれた。


『森で死ねば、山の獣どもが血を嗅ぎつけてくる。ワシが死んだら、すぐ燃やせ』


ジジイがそう言っていたのを思い出す。

けれど、小屋の周りは木々が近すぎる。ここで火を焚けば、風が吹いただけで森ごと燃える。


「……チッ」


薪を取りに、リツは斧を手に外へ出た。


そのときだった。


「やあ、こんばんは」


声が、真上から落ちてきた。


反射的に背を強ばらせ、リツは顔を上げる。

屋根の上に、見知らぬ男が立っていた。


金の髪を一つに束ね、黒の外套を纏った妙に整った顔立ち。

雪が積もっているはずの屋根に、足跡が一つもついていない。


「てめぇ……誰だ」


斧を構えたリツに、男は悠々と微笑んだ。


「それはこちらのセリフですよ。なぜ、“師匠”を燃やさない?」


「……師匠?」


「今朝亡くなった方です。師匠と呼ばせていただいています」


男の声は穏やかだったが、底がまったく見えなかった。

リツの皮膚がじわじわと冷たくなる。内臓の奥が、警鐘を鳴らしていた。


屋根の上から男は軽く跳ね、三メートル以上の高さを一息に飛び降りた。

片足で雪を踏み、音も立てずに着地する。


「名乗りが遅れました。カガチと申します。師匠に言われまして――あなたを、迎えに来ました」


ぞわり、とリツの全身を何かが撫でた。

敵意とも違う、けれど明確に“こちら側”ではない何か。異質の気配。


言いようのない重さが空気に満ち始めた、その時だった。


――バチィンッ。


空を裂くような音が、森に響いた。


雷鳴でもなく、獣の咆哮でもない。何かが鳴いた。

雪が揺れ、木々が震える。足元から空気が浮き上がるような圧。


「おい、なんだこれ……」


反射的に耳を押さえたリツの隣で、カガチが空を見上げてニヤリと笑った。


「ほら。すぐに燃やさないから、降りてきた。匂いの“核”が、ここだとバレちゃったんですよ」


「匂いの核……?」


「リツ、家に入って師匠の遺体を死ぬ気で守ってください。今から、師匠の取り合いが始まります」


「取り合いって……は?」


言葉の意味を飲み込めぬまま、リツは空を見上げた。


次の瞬間だった。


――ズズン。


雪を踏みしめる、重く、異常な音。


背の高い木々の隙間から、何かが這い出てきた。

異様に長い首。ぬるぬると光る皮膚。顔には三つの目があった。


そのうちの一つは、真っ直ぐにリツを見ていた。

一つはカガチを。

そして残る一つは、小屋の扉――その奥にある“ジジイの遺体”を見つめていた。


リツは背筋に氷を流し込まれたような感覚で、走り出した。


ジジイの遺体を抱きかかえ、小屋の奥へ。

奥にある地下室――ジジイが昔、「穴を掘っとけ」と命じて作った、寒くて湿った空間が頭に浮かぶ。


「なんなんだよ、マジで……」


リツは地下へ駆け下り、重たい扉を背中で閉めた。


背後で、何かが木を押し倒す音が、近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ