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1-2

雪が降り頻る森の中で、

一人の少年と、一人の老人が歩いている。


吐く息は白く、地面は深く沈む。森の静けさを、二人分の足音だけが割っていた。


「でな、その少年がリツお前じゃ…」


うんざりしたような声が返る。


「またそれかよ、クソジジイ。百回は聞いたって」


曇った息を吐きながら、少年――リツは振り返りもせず文句を投げた。背後では、年老いた男が杖をつきながらのろのろと歩いている。

肩には毛皮を巻き、腰には小刀。背中には籠、肩には銃。

どこか頼りない足取りのくせに、口だけは達者だ。


「喰われて生き残ったのはお前は──」


「だからもういいって!!」


リツは鼻を鳴らした。


そのリクの悪態に、老人、“ジジイ”はただ無言で受け入れた。少しばかりか大きくなった、背中をじっと見つめて。


雪を踏みしめる音が、森の静けさにやけに響く。この森では二人で狩りをして暮らしている。

そんな険しい山道でも、リツは慣れた様子で歩き続け、やがて開けた狩場にたどり着いた。

リツは、銃を構えた。古びた鉄製の旧式で、見た目に似合わず重い。


木立の向こう、幼い鹿が一頭。警戒心が薄い。息をひとつ殺し、リツは目を細めた。


「今日は当たり日かもな……」


ひとり言のように笑い、狙いを定める。


──パン。


銃声が森にこだまする。真っ白な絨毯の上で、小さな命が崩れ落ちた。


「殺しすぎるな、リツ」


背後からジジイの声がする。


「……わかってるって」


リツはナイフを取り出し、丁寧に鹿の喉を裂いた。赤黒い血が、雪に滲む。血を抜くのは、もう慣れたものだ。


「でも、こうでもしねえと、冬は越せねえんだよ」


リツの声に、ジジイは答えず空を見上げた。



小屋に戻る頃には、陽はすっかり落ちていた。


リツは手早く焚き火を起こし、鉄の鍋に鹿肉を放り込んだ。少し味噌を入れて、強めに煮込む。湯気とともに、濃い匂いが部屋に満ちていく。


「ほら、出来たぞ。今日はマジで当たりだ」


ちゃぶ台の向かいに座ったジジイに、リツは皿を差し出す。

だが、ジジイは一向に箸を取ろうとしなかった。


「……いらん」


「またそれかよ。もう数ヶ月まともに食ってないだろ!いい加減にしろよ」


リツは眉をひそめ、湯気の立つ肉を箸でつまむと、強引にジジイの口元へ押しつけた。


「食えよ、痩せてんだから。今日なんて子鹿なんだからうめえと思うぞ」


「わしはもう──」


「いいから!」


ジジイの口元に肉をねじ込もうとした瞬間だった。


バシッ!


鋭い音とともに、リツの手が弾かれた。ジジイの手が、まるで蛇のような速さで動いていた。


「いって……!」


油断していたリツは、思わず後ろによろける。

皿が傾き、煮汁がちゃぶ台にこぼれた。


ジジイは目を細めたまま、静かに言った。


「……明日、わしは死ぬ」


部屋に残るのは、煮えた肉の匂いと、火の爆ぜる音だけだった。


「またそれかよ、クソジジイ」


リツは呆れたように笑い、肩をすくめる。


「何回目だよ。そう言って、何年も生きてんじゃねえか。もう呪いにも寿命にも見放されたんじゃねえのか?」


「今度は違う。リツ……本当に、もう限界なんじゃ」


いつになく真剣な声だった。

それでもリツは、笑った。


「わかったよ、死ぬんだろ?じゃあ、せめて死ぬ前にこのうめぇ肉食えって。冥土の土産に食っていけよ」


リツは箸を取って、肉を一切れちぎると、またもジジイに押しつけた。


「ほら、口開けろって」


ジジイは答えなかった。

ただ、火の向こうでうっすら笑ったように見えた。


リツはしばらく待ったが、もうそれ以上何も言わなかった。どうせ気が済めば、まあいつも通りになるだろうとたかを括っていた。


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