0. 神が死んだ日
ある年の冬、四つ目の山羊が生まれた。
その地の人々はそれを「神の転生」と呼び、恐れと共に祀り上げた。
山羊は乳を与えられ、香を焚かれ、神座の如き小屋で育てられたという。
だが、季節を重ねるごとに山羊は異様な速度で肥え太り、
その体は人の手に余るほど大きく、黒く、静かに呼吸をする“塊”となった。
そしてある晩、ひとつの命が喰われた。
それは、生まれて間もない赤子だったという。
喰らい残された小さな肢体は、山羊の口に咥えられたまま、火へとくべられた。
この日を境に、人々は祈りをやめた。
神は、悪魔へと名を変えた。
怒りに震えた村人たちは、山羊を檻へと閉じ込め、薪を積み、火を放った。
だが、炎に包まれた山羊は動じることなく、ただ静かに此方を見つめ返しただけだった。
それを見た木こりの男が、己の誇る大斧を持ち出した。
「この刃なら、いかなる巨木も断てる」と豪語したその刃は、
振り下ろされた瞬間、山羊の肉に届くことなく止まり、
代わりに木こりの男の胸が喰い破られた。
その亡骸もまた、火にくべられた。
人々は恐れ、山羊を森へと放った。
それからというもの、冬が訪れるたび、山羊は村を訪れ、数人を喰らった。
それはまるで、決まった儀式のように繰り返された。
やがて、山羊はひとりの貴族を喰った。
このことで、ようやく国が動いた。
鉄の檻が築かれ、名高いシャーマンたちが集められた。
処刑の儀が行われ、長き祈祷の果てに、山羊はその場で静かに息を引き取った。
村に平和が戻った――と、人々はそう信じた。
だが、儀式に加わったシャーマンたちは、皆、次々と苦しみ出し、
七日七晩のうちに、一人残らず、命を落とした。
そして、空が裂けた。
地が呻き、風が逆に吹き、
生まれるはずのなかったものたちが、生まれ始めた。
それが、この世界の始まりだ。