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アストラルアクション! 5

 ルイトンは、握っていた拳から力を抜き、ゆっくりと席に座り込むと、背もたれに体を預けて弛緩した。知らぬ間にかいていた汗が一滴、顎の先から落ちた。

 ロブも同じように、空を見上げて大きく息を吐いている。


「ティグラのやつ、すごかったな」

「すごかった」

「すげえな」

「すごいね」


 二人とも、すごいしか言っていない。それほどに、ほとんど放心しているのだ。

 徐々にその顔に笑みが浮かぶ。


「入学の時は笑われてたやつがなぁ……」

「ほんと、まさかだよね……あの転生者、天才をさ」


 ロブが感慨深そうに頷いて、


「ギリギリまで追い詰めたんだからね」


   ◇◇◇


 特別選抜試験は終了した。


『特別選抜試験、合格者はライル・ウォーカー君!』


 教官の声を、ライルは肩で息をして聞いていた。その顔に喜びはない。


(勝利……?)


 彼の顔面は蒼白で、笑顔もなく、その様子はとうてい勝者のものとは思われなかった。


   ◇◇◇


 観客席にライルが戻ってきた。生徒たちがわっと沸き立つ。


 まっさきに駆けよったのはノンノだ。

 直前で抱きつくのをこらえたかのように止まり、手を伸ばして万感の思いでライルを見上げた。


「ライル君……!」


 しかし彼女の瞳がとまどいに揺れる。ライルの表情は、まったく喜んでいないように見えた。顔色が冴えない。ノンノがいるにもかかわらず、心ここにあらずといったようすであった。


 彼の目があちこちに飛ぶ。だれかを探しているみたいだ。


 護国騎士のキオーヌが、人ごみを割って拍手しながら登場した。


「どうやらきまりっスね! アタシに言わせりゃまだまだぬるま湯だけど、これから火にかけてもらうといいっス。転生者ライル・ウォーカー」


 護国騎士じきじきの賛辞にも、ライルの反応は鈍かった。

 周囲の人たちを見渡して、誰にともなくたずねた。


「彼は……ティグラ・フェダーテは戻ってきてませんか?」


「ティグラ?」「だれだっけ?」「ほら、最後の」


 転生者に必死に食らいついていった彼の名は、もはや笑いとともに口にされるものではなくなっていた。


 みんながきょろきょろして探すが、誰の視界にもティグラの姿は入らなかった。

 ライルはノンノにも目を向けた。ノンノもティグラのゆくえは知らないと首を振った。


 無視されたようなかっこうのキオーヌがそっと主張する。


「えーと……アタシの話に反応は? 大学院行きだよ?」

「ごめんなさい、探してきます!」


 ライルは駆けだした。


   ◇◇◇


 同じころ、カノもティグラを探していた。


 アストラルアクションの装置を起動させていた魔法技師に聞く。彼なら全員の動向をある程度把握しているはずだ。


「ああ、二位の彼ね。彼ならそっちのほうに歩いてったで。観客席はそっちでないって言ったんだが返事せんでね。そっちは外に出る裏口だ」

「……あ……ありがとう……ございますっ」


 ぺこぺこ頭を下げて、カノは指し示されたほうへ進んだ。

 あまり人の通らなそうな薄暗い通路の先、階段をのぼったところに扉があった。これが裏口だろう。


 扉を開けたら夏の空気が暑苦しくカノを包んだ。ひんやりした地下にいたからなおさら暑く感じる。


 建物の外に出てティグラを探す。


 見つけた。近くの木の下に彼は立っていた。


 しかしカノは、ティグラに近づかず、逆に建物の陰に身を隠して様子をうかがう。


 ほかの人がいたからだ。ライルである。ライルのほうが一足先にティグラを見つけたのだ。


 ライルは、ティグラの背を見て声をかけあぐねているようだった。

 ティグラが振り返って口を開く。


「なにか用があるのか?」


 負けた悔しさで口もきけないのかと思いきや、意外と静かな口調だった。


「まいったよ。自分の未熟さを思い知らされた。ぼくが残ったのは運がよかっただけだ。実質敗北さ」

「そうかい」

「君のその強い気持ちを見習う必要があると思った」


 ライルの口調が真剣さを増して、


「ぼくはまだだめだ。勝ったのは君だ」

「何が言いたい?」

「――優勝を辞退しようと思う。そのうえで君を推薦しよう」

「……あ?」


 カノはティグラの短い相槌に不穏な気配を感じた。噴火前の火山みたいな……。

 しかしライルは気づいていないようで、用意してきた言葉をつづける。


「大学院には君が行ってしかるべきだと思う。あそこまで追いつめられたぼくにその資格はまだない」


 彼にとっては心からの言葉なのだろう。それはまちがいない。カノはふたりの戦いがどのようなものだったか知らないが、ライルが自信を持てないような内容であったことはわかった。


 ふたりで考えた作戦が効果を発揮したのだろうか。

 しかし、ティグラはライルに負けた。それも事実なのだ。


「それで、帝都行きをゆずってくださるってわけか」


 そこまでは静かだった。

 一転、ティグラは爆発したみたいに、激しくライルの胸ぐらを掴みあげた。とまどうライルに向けて、炎のような言葉を浴びせた。


「プライドって知ってるか? プライドって知っているのか!」


 激怒している。


 カノにもわかる。ライルにその気がなくても、ティグラから見れば、上から恵んでもらったようなものだ。それをありがたく押し頂くようなティグラではない。逆に侮辱だと感じるだろう。

 いまさらながらライルもそれに気づいたように、はっとして、


「申し訳ない。たしかにぼくは君に失礼なことを言った」


 恥じるような表情とともに謝った。


「自分のことばかり考えていた。すまなかった」


 彼は彼であの試合で受けたショックが大きかったのだろう。〈快眠〉だけで勝ち抜く自信があったにちがいない。

 だがそれがは驕りだった。ティグラによってそれがあらわにされ、自分の愚かさを痛感していたのだ。


 だから辞退しようとした。

 そのせいでかえってティグラを怒らせてしまった。


 ティグラは溶岩みたいな瞳で、あらためて宣戦布告する。


「いいか、おまえは俺に何も譲るな。そんなおまえから、おれはもぎ取る! 勝利を! 必ず!」


 わかったらとっとと大学院に行け、と言ってティグラはライルを突き飛ばすように胸ぐらから手を離した。


「わかった。大学院で待ってる」


 ライルの言葉を背に受けて、ティグラはその場を離れた。

 カノは見つからないように必死に身を縮めた。


   ◇◇◇


 夜の森――。

 特別選抜試験の熱も冷め、暑気も消えて涼風が吹きわたっている。


 今ごろ寮ではライル・ウォーカーが、帝都へ行くための荷造りをしていることだろう。


 おそるおそるやってきたのは、カノレー・リヴァーロだ。今夜のカノはカブトをかぶっていない。


 ティグラが一心不乱に長柄刀の素振りをしている。

 カノはそっと近づく。


 彼はどう思っているだろうか。ずっと先輩だと思わせてコーチ面していた自分のことを。

怒っているかもしれないと思うと、彼女の脚はにぶくなる。

 それでも、話さなくては。


「あ、あの……」


 頼りない声でティグラに呼びかけた。


 ティグラは聞こえているのかいないのか、黙って素振りを続ける。


 その背中が怒っているように見えて、カノはもう一度声をかける勇気がなくなってしまいそうだ。


 いままでの彼女だったら、きびすを返してとぼとぼと部屋に戻ったにちがいない。

 でも。


 今回ばかりは、たとえ嫌われようとも、


(ちゃんと謝らなくちゃ)


「あの!」


 ティグラは振り向いた。目が合って、カノの心臓がばくばくしはじめる。ティグラの顔は素の表情で、内心がうかがえない。


「あ、あ、あの、い、今まで……ずっとごめんなさいっ……!」


 頭を下げる。ティグラの見えない角度で、カノは泣きそうな顔だ。

 ティグラの返事がない。やっぱり怒っているのか。

 カノは頭を下げたままじりじりとその場から離れようとした。


「あいつはいなくなるけど」


 と、ティグラが声を発した。顔を上げると彼がこっちを見ている。


「まだおれを強くしてくれる気はありますか? コーチ」


 そう言うとティグラはカノに向けてにやりと笑った。


 カノの目に輝きがもどる


「あ、あ、ある……!」

「よかった。まだ基礎の基礎しか習ってないからな」


「でもその、わたしは先輩じゃないからだましてごめんなさい」

「おれが勝手に合点しただけだからな」


 ティグラは手を振ってカノの謝罪を打ち消した。


「それに、コーチがいなければあそこまでできなかった。これからもよろしく頼む」


 手を差し出す。


 カノは思いだした。

 入学の日、はじめて会ったティグラは、倒れたカノに手を差し伸べてくれたんだった。


 あのときは手を握る勇気がなかったけど。今夜は。

 カノは、差し出されたティグラの手をしっかり握り返した。


「……でもコーチっていう呼び方は、その、もう……」


 そう言うと、ティグラはちょっと考えて、


「じゃあ、カノレー」

「は、はいっ」


 突然名前を呼ばれて、カノの声がひっくり返った。

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