廃墟の話
夏のホラー2024参加作品です。
よろしくお願いします。
※ホラー要素は薄いです。、
真夜中にも関わらず熱気と湿気を多分に含んだ空気がへばりつく日。郊外にある廃墟は静かにそこに佇んでいた。
侵入者を拒むための鎖が切られ、両開きの鉄柵の片方にダラりと垂れ下がっている。
床に倒れ伏した扉、粉々に割れた窓、コンクリートがむき出しになった壁には頭の悪そうな色とりどりの落書き。
ここに、幽霊が出ると噂になったのはいつの頃からだったか…。
いや、俺は知っている。
アイツが…幼馴染が死んで、暫くしてからだった。
同じ学校に通っていた幼馴染は、2年生でクラスが別れていつの間にかいじめの対象になっていた。
俺は逃げた。庇ったら俺も同じ目に遭うのが怖くて。見て見ぬふりをした。
アイツが死んだと聞いた時、もしかしたらいじめがエスカレートして殺されたんじゃないかと思ったけれど、どうやら自殺だったらしい。
放課後によく呼び出されていたこの廃墟で、アイツは自らの命を絶ってしまった。
アイツの両親に俺は「最後まであの子と仲良くしてくれてありがとう」と涙を流しながら礼を言われた。
そんな資格無いのに。見捨てて逃げた卑怯者なのに。
何も知らない、アイツそっくりの善良な人達。
俺は叫び出しそうになるのを拳から血が出るくらい握り締めて堪えた。
それから暫くして、廃墟に幽霊が出ると噂になった。
俺はここに死にに来た。
アイツを見殺しにした俺に、生きてる価値なんか無いと思ったから。
単に家で首を吊れば良かったけれど、あの幽霊の噂がどうしても気になってしまった。
そんな資格は無いのは分かっているけれど、幽霊でもいいから会いたかった。
少し広い、ホールのような場所に辿り着く。
壁際に廃材や瓦礫が積まれているのに、不思議と中心には何も無い。
噂だと、ここに出るらしい。
「なあ、いるか?」
部屋の中心で声を掛けた。
「ごめんな。お前が一番辛い時に逃げ出して。
謝る資格なんかないのは分かってるんだ。
許されない事も分かってる」
空虚な無音が返ってくるだけ。足音一つ聞こえない。
「もし、本当にいるなら、さ。
俺の事、殺していいよ」
この期に及んで上から目線のような口調になってしまった事に自嘲の笑みが溢れる。
俺はいつだって、偉そうで。
幼馴染はそんな俺を笑って許してくれていたのに。
「俺、俺さあ、信じられないと思うけど…。
お前の事、ずっと好きだったんだぁ……」
涙が頬を伝って、赤黒い液体になって地面に落ちていく。
「ごめんな…。ごめんなぁ………」
ーーーーで
不意に、背後で声がした。
思わず振り返る。
血塗れの服を着て俯く幼馴染が立っていた。
ひしゃげた腕、変な方向に曲がった足、多分白かったシャツを汚して染め上げている赤黒い血。
葬式の日、棺の中は見られなかったことを思い出す。
いざ本当に目の前にすれば恐怖で逃げ出すんじゃないかと思っていたけれど、不思議と負の感情は湧かなかった。
もう一度会えた。その事実に満たされていた。
けれど、上げられた顔を見て、そんな気持ちも消え去った。
ーーーーどうしてぇ?
もう会えないと思っていた、大好きな人の、泣き顔で。
ーーーーどうして、今更そんなこと言うのお?
頭から流した血で顔の半分以上が背後の闇と同化している。
ーーーーもう死んじゃったのに
辛うじて見える半分はくしゃりと歪んでいた。
ーーーー死んじゃったんだよぉ?
幼い頃から、変わらない泣き顔。
ーーーーなんで、死んじゃってから、言うのぉ?
赤黒い涙がボタボタと頬を伝って地面に落ちていく。
ーーーー生きてる時に、言って欲しかったのにぃ
どれくらい経っただろう。
いつの間にか幼馴染は消えていた。
不意に足から力が抜け、床にへたり込む。
体の奥底から燃え上がる様な衝動が突き上げてくる。頭を抱え、きつく身体を折り畳んで蹲り…。
遠くでサイレンの音が鳴り響いている。
徐々に大きくなるそれをかき消す程に、獣のような咆哮が喉を焼いた。
お読み頂きありがとうございました。