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8.閉じ込めたい

 

 その後は何事もなく屋敷に帰ったが、片時も離れたくないとテオドロスが言うので、ロザリアは珍しく文句も言わずに彼の望みを叶えた。


 食事も、普段はきちんと食堂のテーブルについて摂るのだが、今日は居間で二人きりで食べることにした。

 ロザリアはソファに座り、疲れているだろうからと料理人が食べやすいようにと工夫してくれた夕食を、テオドロスの手ずから食べさせられているところである。


「……赤ん坊か介助の必要な老人のようね」


 しかしスープをひと匙分食べ、汚れてもいない口元にナプキンが当てられると、さすがに眉を寄せた。


「そうであったなら、どれほどいいでしょう。ロザリアが赤ん坊なら、私は何もかも貴女の為にして差し上げるのに」


 冗談のつもりだったのに、テオドロスにやけに暗い表情で言われてギョッとする。

 スープ皿とスプーンをテーブルに置くと、彼はロザリアを膝に乗せて抱きしめた。


「私の人。私の宝物。誰にも見せたくないし、取られないように閉じ込めてしまいたいです」


「……嫌なんだけど?」


「はい。だから、ずっと我慢しています」


「重症ね」


「もう随分前からそうです」


 互いに風呂に入った後なので、質素な部屋着越しにテオドロスの温かい皮膚を感じる。ロザリアは、結っていない彼の黒髪を梳いて溜息をついた。


 ほんの少しだけ、ビク、とテオドロスが怯えたように震える。


「呆れたわけじゃないわ。こんなに重い感情を持っていたのに、よく私が王妃の時は隠せていたわね、と感心してたの」


「それは」


「あの頃はここまでじゃなかった、とか?」


「まさか。あの頃からずっとそう思っていました。でも、自分の思う様に己の才覚を発揮している貴女もまた、素晴らしく……」


「そう……私の為に我慢してくれていたのね。本当にお前は優しくて、イイコね」


「私のことが好きですか?」


「ええ。すぐ調子に乗るところも、好き」


 ロザリアがテオドロスの頭を抱き寄せると、彼はますます抱き着く腕に力を込めた。

 それは痛いぐらいの力だったが、ロザリアは止めるつもりはない。


 今日、拘束された時。本当に、少しも恐ろしくなかったのだ。


 物事を解決する為に、暴力を使うのは愚かなことだとロザリアは知っている。常に話し合いで解決すべきだと思うし、その為の交渉は彼女の得意分野だ。


 だが時として、人は暴力でしか問題を解決出来ない、と思い詰めてしまう時がある。昼間の店主とキジャがまさにそうだった。


「……本当にお前の方が怖い思いをしたのね」


 拘束されてからの時間や、場所が店から移動していないことはすぐに把握出来たので、帰宅時間が少し遅れただけで過保護なテオドロスが迎えに来てくれることは、分かっていた。

 しかしロザリアはそう分かっていたので恐ろしくはなかったが、テオドロスの方は血の気が引く思いだったのだろう。


「いいえ。……実際に拘束されたロザリアの方が、辛いでしょう」

「ううん、だから……」


 しかし、そこではたと気付いて、ロザリアは恥じらって笑う。

 命の危険に瀕してさえの、強い信頼。

 彼が来ると分かっていたので拉致されても怖くなかった、と繰り返し言う度に、盛大な惚気を口にしていることに気付いたのだ。


 しかし、それを知らないテオドロスには、どこに恥じらうポイントがあったのかは理解出来ない。出来ないが、恥じらうロザリアがたまらなく可愛らしいので、まずそれを堪能すべく彼女の顔を見つめた。

 穴が開いてしまいそうな視線に、ロザリアははにかみながらそっぽを向く。


「……もう。気付いていて? お前、時々私を頭からばりばり食べてしまいそうな表情を浮かべているわよ」


 ぺちり、と弱い力で頬を叩かれても、テオドロスは視線を逸らさなかった。自覚はなかったが、そんな顔をしてしまっていたとしても、彼には何も不思議ではない。


「そうしたい、と言ったら?」


 テオドロスは、余すところなくロザリアの全てが欲しい。

 彼女の言うように、頭のてっぺんから足の爪先まで全て食らいつくしてしまえば、二度と離れることもないし、誰かに取られる心配もいらなくなるのだ。

 それはとても、良いアイデアのように思えた。


 すると、ギラギラとした目を向けてくるテオドロスの唇に、ロザリアはちゅっ、と音をたててキスをする。


「ロザリア」


「嫌よ。体がなくなったら、こうして抱きしめあうこともキスすることも出来ないじゃない」


「……私と離れられなくなるのは、構わないんですか?」


 論点がズレている気がして、テオドロスは思わず片眉を上げる。しかしロザリアは迷うことなく頷いた。


「ええ。構わないわ。結婚って本来、そういうことでしょう?」


 当然、とばかりに頷く彼女がたまらない。

 テオドロスの不安や心配などは、杞憂だったのだ。愛しい人も、彼と共にいることを望んでくれている。


「……では、期間限定の監禁ごっこをする、というのはどうでしょう」


 途端気分が上昇するのを感じて、我ながら現金なものだ、とテオドロスは内心で笑う。


「どうでしょう、じゃないわよ。何おかしなことを言っているの」


 すぐに調子に乗る夫に、ロザリアは顔を顰める。


「怖い思いをして傷ついた私めを、慰めると思ってどうか……」


「実際拘束されたのは私の方なのに?」


「恐ろしくはなかったと言ったのは、ロザリアではないですか」


 ロザリアは珍しく論破されて、信じられない思いで彼を睨む。

 前提条件として、ロザリア自身が大いにテオドロスを甘やかしている、という自覚のない彼女は、自分が舌戦で負けたことが受け入れられなかったのだ。


「……予定のない日に、時間を決めて、なら許す」


「貴女のそういうところ、本当に可愛らしくてたまりません」


「今はちょっとお前のことが嫌いだわ」


「傷つきました、キスしてください」


「嫌いな奴にするもんですか」


 ぷい、と顔を背けてしまったが、ロザリアはテオドロスの膝から離れてはいかない。つまりそれが答えなのだ。


「では、私からいたしましょう」


 テオドロスはそう言ったが、結局どちらからも自然と唇を近づけてキスをした。



 店主とキジャの罪に対しては、ロベルの刑法で裁かれることとなる。

 それに際してロザリアは、一般人が拉致監禁された事件として扱って欲しい旨だけは伝えていた。


 アシュバートンの元王妃として誘拐されたとなれば、ロベルとしてはアシュバートンに連絡しないわけにはいかないだろうし、そうなるとドンドン事態が大きくなっていってしまう。


 店主とキジャはロベルに永住権を得て商いをしている移民だったが、国が関わってくるとなるとアスターにまで事が及んでしまうかもしれない。

 本当に今は平民のつもりのロザリアにとって、それらは煩わしいだけだった。


 しかし、事態は思わぬ方向へと拡大していく。


 事件の二日後。アスター国の外交官が、ロザリアを訪ねてやってきたのだ。


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