7.愛するということは、
兵士は全員で十人ほどいて、裏路地の小さな店は人で溢れる。そこに騒ぎを聞きつけた野次馬もやってきて、その場は騒然となっていた。
テオドロスはロザリアを縛り付けていた縄をすぐに解き、彼女を横抱きにするとこの場にもはや用はないとさっさと店を出る。
「テオ。お前、仕事は?」
「愛する妻が行方知れずなのに、仕事をする馬鹿がおりますか!」
公人としては、妻と数時間連絡が取れなかったぐらいで仕事を放棄するな、と叱るべきなのかもしれないが、何を置いてもロザリアを一番にしてくれることが嬉しい。
それにロザリアのそういう葛藤を見抜いているので、テオドロスは今日の分の仕事はきっちり終わらせている筈だ。
「……お前は、そうよね」
甘えるようにすり寄ると、抱きしめる腕の力が増した。
ロザリアの父は宰相職を務めていたので、家族のことは二の次だった。一人目の夫であるアシュバートン国王ルイスは、ロザリアよりも恋人の方が大切だった。
勿論それ以上にたくさんの人に大切にされて生きてきた、ということは分かっているが、それでもこうして愚直なぐらい自分だけを求め大切にしてくれるテオドロスの存在は、ロザリアにとって尊いものなのだ。
彼のそういうところも好きなので、後でちゃんと言葉にしよう、と決める。
「あ、待って、聴取があるのではなくて?」
そこでふと、自分を抱えたままズンズンと進む夫にロザリアは慌てて声を掛けた。
「話はついています。このまま屋敷に帰りましょう」
「テオ……」
ロザリアは振り返って、トーマスとベルが応急処置を施された後に兵士の持ってきた担架に乗せられて運ばれていくのを見遣る。兵士達の澱みないテキパキとした動きに、二人の命に心配ないことがよく分かった。
彼らのこともとても心配だが、現状で二人の為にロザリアが出来ることはない。
今は、目の前で当のロザリアよりもよっぽど倒れそうなテオドロスに集中することにする。
路地を出た先には、見慣れた屋敷の馬車が停まって二人を待っていた。ロザリアは座席にそっと降ろされて、その前にテオドロスが跪く。
「何もされていませんね? 無事ですね、ロザリア」
「平気よ。お前が来ると分かっていたから、ちっとも怖くなかったわ」
そう言ったのにテオドロスはまったく信じていないらしく、丁寧にロザリアの手や脚を確かめていく。
「ああ……貴女に何かあったら彼らを殺して、私も死にます」
それを終えてようやく、彼はロザリアの腰を抱きしめて膝に項垂れた。
椅子に縛り付けられようと、必ずこの男が助けてくれる確信があった為ロザリアはちっとも怖くなかったが、可哀想に彼の方がよほど恐ろしい思いをしたようだ。
「過激な男ね。よしよし、怖い思いをさせて悪かったわ」
腰を抱いたまま、テオドロスはロザリアにぎゅうぎゅうと抱き着いて顔を上げない。自分の胸元あたりに押し付けられた夫の頭をよしよしと撫でて、つむじにキスをする。
「本当ですよ。私はこんなにも貴女のことだけを想っているのに、貴女は何も分かってくださらない」
「分かってるわよ」
ぐりぐりと額を押し付けられて、ロザリアはくすぐったさに笑った。
随分怖い男と結婚してしまった。
だが、勿論後悔などしていない。二人目の夫は、一人目の夫の素っ気なさを引いても有り余るぐらいに、ロザリアを溺愛している。
それでも一向に顔を上げてくれないので、ロザリアは彼を懐柔しようと優しく囁く。
「今日は本当にちょっと出掛けて目星をつけるぐらいのつもりだったのよ。後日、お前と一緒に調べようと思ってたの、本当よ。ね?」
「私は貴女と違ってチョロくないので、その程度の甘言に惑わされたりしません」
「何よ、お前。今、私をチョロいと言ったわね」
手の届く範囲にあったテオドロスの耳を引っ張るが、彼はそれでもまだ顔を上げない。まさか泣いているのか? とロザリアは訝しむ。
「テオ? キスしたいわ。ハンサムなお顔を上げてちょうだい」
「……ですから、そんなことで誤魔化されたりはしませんよ」
などと言いながらも、テオドロスは顔を上げた。
目元は赤くなっているが、どうやら泣いてはいなかったらしい。五歳も年上の夫がなんだか可愛らしく見えて、ロザリアは宣言通り彼の瞼と額に音をたててキスをする。
「ロザリア」
「んー?」
ちゅっ! と鼻の頭にもキスをすると、彼は唇を付き出した。
「ふふっ」
テオドロスの両頬に手を添えて、ロザリアは彼の唇にそっとキスをした。
なんて可愛い人だろう。偶然にも、二人は互いに対して同じ感想を抱くのだった。