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6.狭量な愛

 

 暗転。しかし後に、覚醒。

 ガタガタ、という物音がして、ロザリアは目を覚ました。


「……」


 それでもしばらくは状況を探る為に、目を閉じたままじっとしておく。

 ロザリアに毒の耐性があるおかげで、睡眠薬のようなものを嗅がされたが効果が薄かったようだ。


 現状、ロザリアは堅い木材の椅子に座らされて、その背に縄で括りつけられているらしい。

 その所為で腕は動かないが、足は自由だ。椅子ごと走ることは可能だろうか? 無駄な好奇心が頭をよぎるが、さすがに自重する。


 まだガタガタと大小の物音がしていて、誰かが慌ただしく走り回っているようだった。


「なんてことを!」

「他に方法がなかった!」

「だからって、もう取り返しがつかない……!」


 店主と、彼にキジャと呼ばれていた男の声だ。小声で怒鳴り合っている。親子なのだろうか。


 ロザリアは、幼い頃から飽きるぐらい誘拐の対処法は教えられてきたが、まさか本当に誘拐される日が来るとは思わなかった。いや、自分から店に入ったのだから、この場合は誘拐とは言わないのか。


 防犯関連の本は読んだことがあるが、犯罪範囲の区別には有識者の意見を聞いてみたいものだ。


「騒いでいないで、ここはどこなのか説明してくれるかしら?」


 これ以上意識のないフリをしていても得られる情報はなさそうだったので、ロザリアは瞼を開くと流暢なアスター語を駆使して質問をぶつけた。


 案の定、近くに立って揉めていた店主とキジャが慄く。


「な! もう目を覚ましたのか!?」

「コウクの粉を嗅がせたのに……」

「てか、言葉……!」


 店主の言葉に、ロザリアは緑の瞳を輝かせた。

 言葉を分からないフリをしてもよかったのだが、ここでは人質兼交渉役はロザリアだ。さっさと切るべき手札をオープンにしていくのも、テクニックだった。


「コウク。アスター国の医者が手術の際に麻酔として使う薬草ね。文献で知るよりも少し効き目が弱い気がしたけど……これは個人差? それともあなたが気遣って少量にしてくれたのかしら」


 ロザリアが挑発的に微笑んで言うと、店主が青褪めキジャはこちらを睨んで来た。

 拘束されていて、逃げることは叶わない。元より、貴人たるロザリアの武器は頭脳と弁舌しかない。


「飲み物などに混ぜても使えると医学書には書いてあったけれど、香りが独特だから入っていたら必ず気付くわね? 騙して飲ませる用途は考えられていないのかしら」


 わざとべらべらと喋ると、二人がどんどん青褪めていく。彼らは、ロザリアがどんな手札を伏せているか分からないので、さぞかし不気味だろう。


「お前、コウクまで知ってんのか!」

「キジャ!」


 キジャが怒鳴り、店主が止める。

 しかし、突然襲われて監禁されたのだから、ロザリアが伏せている手札は弱い手ばかりだ。だったら後はせいぜいハッタリを駆使して時間を稼ぐしかなかった。


「あら、薬草の知識は自分達の専売特許だとでも思っていたの?」


 討論はしたことがあるが、ロザリアには怒鳴り合っての口喧嘩の経験なんてない。内心ではヒヤヒヤものだが、唇は常に微笑みを乗せ瞳はギラギラと彼らを睨みつけた。


 目を開けたおかげで視界良好、それによって分かったことも多い。

 窓から差し込む陽の角度で時間は推測出来るし、同じく窓からの風景でこの場所が先程気絶させられた店の二階に位置することも分かる。


 どうやらアシュバートンの元王妃を拘束した彼らは、暢気にも二階に監禁して身内同士で口論をしていたようだ。


「……気絶させられてから、それほど時間は経っていないのね。殺して逃げる時間ならあったでしょうに、時間を無駄にしたわね」


 効率重視のロザリアにとっては理解出来ない行動だ。

 揉めるのは後でも出来るが、逃亡の時間は限られている。理由はどうあれロザリアに手を出した時点で、彼らはロザリア達一行を全員殺して、さっさと逃亡するべきだったのだ。


 ロザリアの言葉を聞いて、キジャが手に持っているナイフをぎゅっと握る。


「そうだ、親父。もうやるしかねぇよ……」

「だ、だが、この人は……」


 彼はこちらを殺すつもりだったが、店主が怖気づいて止めていたのだろう。結果的に店主のおかげでロザリアは命拾いしているようだが、感謝する気にはとてもなれない。


「私を殺せば、お前達に未来はないわよ」


 ヒヤリとした声で伝えると、キジャがビクッ、と震えた。


「どうやら私の素性を知っているようね? なら分かるでしょう。元王妃が殺されて、アシュバートンが黙っていると思う? ロベル滞在中に殺されれば、ロベルだって動かざるを得ない。二つの国を相手に、お前達はどこまで逃げられるかしら」


 ふとそこで、ロザリアは何気なく自分の足元を見た。冷静に周囲を観察していたが、それはロザリアの思い込みで実際にはそれなりに動揺していたようだ。

 すぐに目に入る位置に、トーマスとベルが倒れていたのだ。

 二人は手足を拘束されていて、気絶している。トーマスは、頭から血を流したまま、手当もされていない。

 それを見て、ロザリアの頭にカッと血が登る。


「お前、私の護衛を傷つけたわね? この愚か者」


 明らかにそれまでの様子と違い、鋭く冷たい声を出したロザリアにキジャが怯む。


「ヒッ……! なんだよ、護衛なんだから、傷つくのは仕事だろ」


「だからお前は愚かだと言うのよ。護衛は私を守る為の存在であって、お前達を傷つける存在ではないわ。お前達が私に攻撃しなければ、トーマスは決して手出ししない」


 ロザリアはご立腹で、ここがまるで法廷か議会かでもあるかのように朗々と語った。本気で怒ったロザリアは、怒鳴るよりも相手を精神的に追い詰める言葉を選ぶ。


 王妃であった頃も、自分の所為で護衛が傷つくことは辛い事だった。

 だがテオドロスと結婚して以降は平和に暮らしてきた為に、久しぶりに自分の所為で傷ついた護衛の姿を見て、ロザリアは怒りに興奮していた。

 緑の瞳が燃えるように爛々と輝く。


 もっと言葉を駆使して彼らの目的を聞き出す予定だったが、もうそんな心の余裕も、時間もはない。


 店主とキジャはロザリアに圧倒されている所為で気付いていないようだが、二階へと上がってくる軍靴の足音を、ロザリアは確かに聞いていた。


「そして私もお前を傷つける意図はなかった。話をする前から暴力で解決しようなどと、愚か者のすることよ、よくよく反省なさい!」


 ロザリアがそう言った瞬間、部屋の扉が大きな音を開き、兵士が大勢駆け込んできる。


「ご無事ですか、オルブライト夫人!」

「敵はその二名、即時拘束なさい!!」


 縛られたまま、ロザリアが兵士達に命じる。


「な、なんだ、お前ら!?」


 彼らはすぐに動き、叫んで抵抗するキジャと店主をあっさりと捕まえた。兵士達の後ろから、テオドロスが部屋に飛び込んでくる。


「ロザリア!」


 椅子ごと抱きしめられて、ロザリアはそこでようやく心が落ち着くのを感じた。


「……来ると思ってたわ」

「っ当たり前です。貴女のいるところが、私の居場所です」


 テオドロスの言葉に、ロザリアは思わず笑う。


 過保護な夫。彼はほんの些細なことさえロザリアのことを知りたがる。

 今日は誰とどこに行くのか、何をするのか、何時に帰って来るのか。


 帰宅予定時間は馬車の手配があるから屋敷の者に伝えてあったし、執事に質問したおかげで向かった店の場所も把握されている。

 あとは、帰宅予定時間になっても外交官宿舎にロザリアが戻って来なければすぐにテオドロスが探しにやってくることは、簡単に予想がついた。

 兵士付きだったのは、さすが優秀な夫だ、と誇らしさすら感じる。


 今回ばかりは狭量なテオドロスの、愛の勝利だ。


 そして襲われた店からロザリアが移動させられていなかったことは、本当に店主たちにとって失敗だったのだ。



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