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65.騒動の後に

 

 そんな出来事があってから、数日後。

 予定通り、テオドロスの伯爵授爵式が執り行われた。

『式』と銘打った割に慎ましく、ごく少数名が列席しただけですぐに式は終わり、勿論バルコニーでの王の宣言などもなかった。

 あれから消沈したままのルイスは大人しく仕事をこなし、時折王子に会いたいと面会を申し出てはアンジェリカに断られている。

 これまでのことを考えれば都合が良すぎるが、父親として王子のアンブローズに情があるのはいいことだ。アンジェリカは宣言通り王妃としても公務はきっちりとこなし、しかしルイスに対しては冷たい態度で接している。

 しかしまぁ、元々愛し合った二人だし、その二人ともが恋愛体質なので、彼らのこれからのことは、ロザリアはあまり心配していない。数年後にまた子が生まれたと聞いても、何も不思議には思わないだろう。


 そして、会議室から逃亡したモニカ。

 彼女はあの後ダヴィドやリッカを探したらしいが、愛妾の身分だったからこそ城をウロウロ出来たものの、なんの地位も持たない平民の娘はすぐに城を追い出されてしまい、彼らに会うことは叶わなかった。

 それでなくとも、貴公子からの思わせぶりな言葉は社交界ではよくあることで、それをイートンの王子やアスターの公爵令息と結婚を約束した、と言っても当然誰も信じない。

 モニカが貴族の常識を知らなかった所為で、冗談を真に受けて一方的に逆上せ上ったとされ、皆に笑われる結果となった。

 愛妾時に取り巻きだった商人や貴族もさっさと彼女の下を去り、勝手に購入した宝石類などは全て返品され、それでも足らない支払い分はルイスと折半で返済していくことが決まった。

 ルイスはまだしも、平民の女性に支払える額ではない。

 そのようなわけで、モニカは返済の代わりに鉄道線路工事の現場で働くことを課せられて、王都を去った。


 鉄道建設はこれから何十年も続く事業なので、彼女が王都に戻れることは二度とないだろう。


「そう考えると、あのモニカって子も可哀想かもな」

「……国王を誘惑し、国を混乱させた責任は重いの。それに、ルイス様にも軽はずみなことをするとこんな結果になる、というのもきちんと知っていただかないと」


 授爵式の後ロザリアはリッカに頼まれて、収蔵庫に彼を案内していた。

 モニカを誘惑する際に交換条件に提示されたのが、ここに連れてくることだったのだ。


「ところで、なんで収蔵庫? 宝物庫の方がもっと見応えのあるものが多いのに」


 今日も今日とてテオドロスに丁重にエスコートされながら、ロザリアが収蔵庫の中を案内する。

 宝物庫には国宝の王冠なども飾られているが、収蔵庫はその名の通り書類などが収蔵されている、いわば国の倉庫だ。


「こっちじゃないと意味がないんだよ。ほら、お前が教えてくれたんだろ。四カ国同盟の書き損じが収蔵されてるって」

「まぁ。まさか実物を見る為に?」


 リッカはニヤリと笑う。


「ああ。せっかくアシュバートンに来たんだ。親父殿の長年の懸念、俺がしかと確認しようと思ってな」

「……オーケンお父様も、孝行な息子をもってお喜びでしょうね」


 本当に、なんだってこの義兄はアシュバートンに付いて来たのだろう? と不思議だったが、彼なりに目的があったのだ。

 ロザリアは記憶を頼りに棚を探し、ガラス板で挟んで保存してある四カ国同盟の際の証書の書き損じを探し当てた。正式に受理された同盟証書は、それこそ宝物庫に飾ってある。こちらは埃をかぶり、保存状態が良くないので紙が黄ばんでいた。


「……本当に、ロドリアルの透かし模様があるな」

「ええ。ここまで黄ばむとハッキリと見えるでしょう?」

「うん……」


 感慨深そうに、リッカは紙の収められたガラス面に指先で触れる。


「……」

「…………」

「……どうぞ、じっくり御覧になってお兄様。私と夫は先に失礼するわ」


 そのまま待っていたが、何時まで経ってもそこから動かないリッカ。早々に退屈になったロザリアは、ぽん、とリッカの肩を叩いてそう言い、テオドロスの手を引いてさっさと収蔵庫を出た。

 あとは鍵番や警備兵に任せておけば、リッカを見守ってくれるし施錠もしてくれるだろう。

 リッカの交換条件は収蔵庫への案内、だけだったので、お帰りの際はどうぞご自分で、ということだ。


「さて、アシュバートンでの用事も済んだことだし、帰りましょうかテオ」


 帰っていちゃいちゃしよう! とロザリアが振り向くと、何故か夫は複雑な表情を浮かべている。

 そういえば、リッカと合流する前に彼も外交官として所用を済ませてきたところで、その時から少し様子がおかしかったのだ。


「どうしたの、テオ? お腹痛い?」

「子供ですか。ああ、そうではなく……ああ……愛する貴女……」

「?」

「はぁ……」


 テオドロスはものすごく嫌そうに深い、それはそれは深い溜息をついて、彼の最愛の妻を抱きしめた。


 *


 それからまた、少し経った頃。

 辺り一面広がる牧草地。陽射しは穏やかで気候も良く、お出掛けにはもってこいの一日だ。箱馬車では走れない凹凸のある素朴な道を、ガラガラと揺れる一台の荷馬車が走っている。

 その後ろ部分、荷馬車のヘリに腰かけてロザリアはぷりぷりと怒っていた。


「まったく、おかしいと思ってたのよね。あの嫌味な男が、なんの交換条件も出さずにモニカを誘惑することを快諾するなんて!」


 足をブラブラさせて、ロザリアは子供のように文句を言い続ける。着ているものも過ごしやすい簡素なドレスなので、より子供っぽさが増す。

 隣には勿論夫のテオドロス。彼は果物の皮を剥いて、ひと房ずつ妻の口元に持っていく仕事で忙しい。


「後で難癖つけられないように、交換条件はないの? てちゃんと確認したのに、こんなこと企んでたなんて、本当に陰険な男ね、ダヴィド・イートン!」

「ロザリア、もう一口食べますか?」

「もらう! んー! 甘くて美味しい……! イートンの柑橘は、他にはない甘みがあるわね」

「気に入りました?」

「ええ! イートンのことは結構好きになれそう。ダヴィドのことは、大嫌いだけど!」


 ロザリアが他の男をハッキリと嫌い、というものだから、心の狭いテオドロスはやや機嫌がいい。しかし心が狭いので、そろそろダヴィドのことを考えるのはやめて欲しい、とも思っていた。


 そう、そして今二人がいるのは、イートン国内である。


 あの騒動の後、伯爵位を授かったテオドロスは地位が上がってしまった為、下っ端の外交官としてではなく主席外交官として他国に赴任することとなったのだ。

 アスターには長年赴任している主席外交官がいるので、他の国になることは予想していたが、そこで是非我が国に、と誘ってきたのが憎きダヴィド・イートンだったのだ。


 彼は遊びの場を自国に移し、存分にロザリアと遊びたい、と御所望である。


「もう! アイツの差し金じゃなかったら、文化的にアシュバートンとの違いが顕著なイートンに行くのは楽しみだった筈なのに!」


 がらがらと悪路を走りつつ、器用にバランスをとってロザリアはぶうぶう文句を言う。

 柔らかな風が吹いて、彼女の蜂蜜色の髪がさらさらと流れた。


「私めの所為で、申し訳ありません」

「その謝罪は不要だと言ってるでしょう? もう、次言ったら離婚だからね!」

「そう易々と離婚を口にならさらないで下さい。悲しくて胸が潰れそうです」

「そう?どれどれ?」


 ニヤリと笑ったロザリアは、テオドロスの胸に耳を当てる、フリをして彼の脇腹をくすぐった。


「わっ!? くすぐったいです、ロザリア!」


 ケラケラと大きな声で笑い出した夫に、ロザリアは満足の溜息をつく。


「そうそう。そうして私の隣で、機嫌よく笑ってなさいな」

「……貴女がそう仰るのなら」

「うん。私もお前とならドコに行っても楽しいわ。また二人で色んなところに行きましょう!」

「はい」


 感激したテオドロスは柔らかく笑いそっとロザリアの頬に触れると、万感の思いをこめて最愛へとキスを贈った。


 当然、その後イートンでもロザリアとテオドロスは面倒なことに巻き込まれるのだが、それはまた、別のお話。






長い間お付き合いいただきまして、ありがとうございました!

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