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64.お前を愛することはない!

 


「離婚だ! 議長、離婚証書の準備を大至急しろ! 証人はこの場にいる全員だ!!」

「はっ!!」


 カールトン伯爵は、大急ぎで従僕に証書を持ってくるように伝えている。

 日数をおいて、二人に冷静になる時間を与えてはいけない。ここは一気に畳みかける場面だ。

 まるで示し合わせたかのように、ではなく、勿論裏で準備しておいた万端整った離婚証書がすぐさま会議室に届く。


「陛下、お持ちしました」

「お、早いな、ご苦労。モニカ! ここにサインしろ! さもなくば愛妾として過ごした間に使った金額を全て請求するぞ!」

「ああ、もう、なんてケチな国王なの! こんな男、二度と顔も見たくないわ!」


 金を請求される前に、とモニカは慌てて書類に下手くそな字でサインした。

 勿論ルイスもすぐさまそれに続き、またしてもカールトン伯爵が素早く離婚証書を回収する。見事な手腕だった。


「……これが舞台なら、私は立ち上がって拍手しているところだわ!」


 扇で口元を隠し、ロザリアは小声で喝采する。その場合、舞台の内容は喜劇だろう。


「本当ですね。後程楽屋に参って、称賛の言葉と花を渡しましょうか」


 テオドロスは、まさに舞台役者を応援するファンのごとく大きな花束を用意しそうだ。その冗談を気に入って、ロザリアは彼の肩に凭れて笑った。


「これでいいんでしょう!? 私はここを出て行くわ!」


 ばん! とテーブルを叩いてペンを放ると、モニカは会議室を出て行く。その後ろを、数名のメイドや従僕が追いかけて行った。

 勿論彼らはモニカを慕っているのではない。


「モニカ様! お貸ししていた装飾品などをお返しください!」

「はぁ!? 付いてこないでよ! これは私の物よ!!」


 勿論『愛妾』から一切合切を取り返す為だった。モニカの怒鳴り声と、従僕たちの声がだんだんと遠くなっていく。

 ベネディクトや議員達は策が上手くいったことに喜び叫び出したい様子だったが、まだこの場にはルイスがいる。彼はモニカが去った後、椅子に座って呆然としていた。

 それをを見て、ロザリアは声をかけるべきかどうか迷う。自分の策で彼を傷つけておいて、慰めの言葉をかけるのはあまりにも厚顔に思えたのだ。


 どうしたものか、とロザリアが考えていると、誰よりも先にアンジェリカが立ち上がった。


「議長。今日の臨時会議はこれで終わりかしら?」

「王妃様……はい。本来は別の議題も取り扱うつもりでしたが……陛下がこのご様子では、続けるのは酷かと」


 カールトン伯爵が困ったように言い、皆も顔を見合わせている。アンジェリカは周囲を見渡し、頷いた。

 それから、ルイスの下へとゆっくり歩み寄る。


「では陛下。私は先に失礼させていただきます」

「アンジェリカ……ああ、アンジェリカ……すまなかった、俺が悪かった、だから」


 座ったままルイスは、アンジェリカのドレスの裾を掴んで縋る。しかしアンジェリカが微笑んで裾を捌き、ふわりと身を翻した。


「ご心配いりませんわ。私はこれからも『王妃』として勤めを果たします。わが王子の為に」

「そんな、アンジェリカ!」


 ルイスの悲痛な叫び声が、会議式に響き渡る。先程モニカに向けた声よりも、怒りがない分悲壮感が強い。しかしアンジェリカは冷たく言いきると、振り返ることなく堂々と会議室を出て行った。

 それを皮切りに、他の議員達も次々にルイスに挨拶をして退出していく。便宜上、彼らの中で一番身分の低いオルブライト夫妻は議員達が全員出て行くのを見送った。

 皆が出て行っても、ルイスは呆然と座ったまま。


 カールトン伯爵が困った様子でオロオロと陛下を窺っていて可哀想だったので、仕方なくロザリアはテオドロスと共にそちらに歩み寄った。


「陛下」

「……モニカがあんな女だとは思わなかった」

「恋は盲目と申しますものね」


 憔悴した声に、ロザリアは溜息をつく。


「アンジェリカも、人前でここまで傷ついた夫に素っ気なさすぎないか?」


 ロザリアは、もう一度盛大に溜息をついた。


「……他人は己を映す鏡。これまでの陛下の行いを考えると、アンジェリカ様はお優しいぐらいだと思います」

「そうか? ……そうなのか、俺がアンジェリカに冷たかったから、アンジェリカは俺に冷たいんだな……」


 これで、ルイスは第二妃となったモニカを失い、議会での票も大幅に失った。自分に甘く、自分の思うままに振る舞った結果が、これだ。

 しょんぼりとしてブツブツと呟いていたルイスが、そこで何故かハッとして顔を上げる。


「そうだ! ロザリア! ロザリアがまだいた!」

「はい?」


 突然名を呼ばれ、ロザリアは怪訝な顔をした。が、何かを察したらしいテオドロスが彼女を庇うように前に出る。


「テオ?」

「下がってください」


 テオドロスの厳しい声に驚いて、ロザリアは夫を見上げぴったりと彼にくっついた。


「ロザリア! もう俺にはロザリアだけだ! 今度こそ正式に娶るから、俺と結婚してくれ!」

「はあぁ!? 何を仰ってるんです?」


 ロザリアが呆れた声を上げ、彼女を抱きしめるテオドロスの腕に力が増した。

 しかし構わずルイスは今度はロザリアに縋り始める。


「オルブライトは愛人として城においても構わん。モニカでは認められなかったが、ロザリアを再び王妃とするなら、誰も文句は言わない筈だ!」

「そういう問題ではありません!」


 信じられない気持ちで怒鳴るが、ルイスはちっとも怯まない。視界の隅で、カールトン伯爵や残っていた使用人達も目を丸くしているのが見える。

 本当に、相変わらず、この国王陛下ときたら下らないことばかり考え付いて、ロザリアのことを煩わせてくれるものだ。


「……なぁ、俺達は夫婦だった頃、仲良くやっていただろう? お前だって、今回も俺の為に色々策を練ってくれて……俺のことを、本当は愛しているんだろう?」


 その言葉にカチン、ときて、ロザリアはそっとテオドロスの拘束を解かせると一歩前に出た。

 そして、立ち上がったルイスと真正面から相対する。


「ロザリア……!」


 にっこりとロザリアが微笑むと、今回もロザリアが望みを叶えてくれるのだと勘違いしてルイスは彼女へと手を伸ばした。

 テオドロスがそれを止めるよりも早く、ロザリアの白い手がバシン! とルイスの手を振り払う。


「な、何をする!?」

「よくて? 二度と勘違いなさらないように、ここでハッキリと申し上げますわ」


 目を丸くするルイスに、ロザリアは緑の瞳に冷たい怒りを燃やして、キッパリと言い切った。


「未来永劫、お前を愛することはない!」


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