61.第二妃擁立
「では定刻となりましたので、臨時議会を始めます」
その声に、それまでは和やかだった場の空気がピリッ、と締められる。
席に着いた者は皆居住まいを正し、議長に目を向けた。
「今回は、ルイス陛下のご希望で特別に、アンジェリカ王妃様とロザリア・オルブライト様とその夫であるテオドロス・オルブライト氏、それからモニカ嬢の出席が許可されています」
カールトン伯爵が読み上げた名の順が、現在のロザリア達の立ち位置だ。
モニカは愛妾として王城内で好き勝手に振る舞ってはいるが、今はまだ王の賓客という立場。その賓客の立場も、王に力があるからこそ認められているだけ。
そして今日、ここで、王はその力をそぎ落とされてしまうのだ。
「まず最初の議題は……」
「カールトン。皆も暇ではない、わざわざロザリアを召喚したのだ。まず一番に俺の妃の件を話し合うべきではないか?」
議長の言葉を遮り、ルイスが発言する。
彼は今日のこの日を今か今かと待っていたのだ、すぐに議題にして欲しい焦れた様子が見て取れた。議長は視線を彷徨わせると、宰相であるベネディクトの首肯を得て進行に戻る。
「……では、後ほど取り上げる予定でしたが、先に陛下の議題を。モニカ嬢を、陛下の妃にしたい、という要望です」
それを聞いて、ルイスは満足そうに息をつき、モニカは歓声を上げる。アンジェリカは冷たい表情で前を見据えたままだ。
この一年しょっちゅうルイスが議題として上げてきたこともあり、議員達も今更動揺はしない。そもそも、裏でこの件について散々話したばかりだ。
「こちらは、以前から話を重ねており……難しいという概ねの結論でしたが、陛下たってのご希望とのことで、前王妃であるオルブライト夫人から献策をいただきましたので、そちらをお伝えします」
ちらちらと皆の視線がロザリアに向かってくるのが煩わしく、ロザリアはそれらを撥ね退けるように微笑んだ。
議長の言葉は続く。
「現時点で何の瑕疵もなく、また無事に王子を生んだアンジェリカ王妃の功績は大きい。よって、将来の国母であるアンジェリカ王妃との離縁は、不可能である」
「なんだと!?」
ルイスが怒鳴りモニカはキッとこちらを睨んできたが、まだ奏上は続いているので焦らないで欲しいものだ。
「その一方で、ルイス陛下のモニカ嬢への寵愛は大変強いものなので、いくつかの条件を承認されるのならば、モニカ嬢を第二妃として迎えてはどうか、というのがオルブライト夫人の意見です」
「なるほど、第二妃! その手があったな、さすがロザリアだ!」
途端ルイスのご機嫌はなおり、彼は手を叩いた。
急展開であり、平民であるモニカは第二妃という立場を知らない。彼女だけはキョロキョロと周囲を見渡した。
「え? ルイス様、私は妃になれるんですか?」
「ああ。そうだよ、モニカ。愛妾ならお前の子に継承権はないが、第二妃ならば継承権が与えられる! しかも公務は基本的に王妃がこなすんだ」
ルイスはがしっとモニカの両肩を掴み、喜びの声をあげる。
勿論ルイスは第二妃の存在を知っているが、アンジェリカを廃しモニカを王妃にすることばかり考えていたので、そこまで考えつかなかったのだ。
「まぁ! じゃあ私はお妃様になれるし、仕事はしなくていいってことですね?」
「そうだ、お前の仕事は俺を愛することだけだ」
「もう、ルイス様ったら……!」
何やらいちゃいちゃし始めた二人を、議員達全員が死んだ魚のような目で見ている。
ロザリアは、ルイスの盲目的で情熱的なところに感心した。そう言えば自分が「愛することはない」と言われた時も、よくここまで堂々と失礼なことを言う男だ、と思ったが、彼は変わることなく自分に素直であり続けているのだろう。
ルイスが国王ではなく、平民のただの男だったならばこれはこれで美点なのかもしれない。いや、しかし妻がいるのに浮気している時点で美点とは言えないか。
「ところで何故、条件付きなんだ?」
やがてひとしきりモニカといちゃついて満足したのか、ルイスが顔を上げる。
「これまで第二妃は確かに歴史に存在しますが、それは政治的に理由があってのこと。しかし此度のことは王の独断。ただ第二妃を迎えるのではなく、アシュバートン議会からもいくつか条件がございます」
「王に条件などと不敬な……だが仕方あるまい」
ルイスは渋い表情になったが、ここでごねてはモニカの第二妃入りを取り下げられる可能性があると思ったのか渋々頷く。
議長とは別の議員が書類を手に立ち上がった。
「まず第一の条件。陛下のモニカ嬢への愛情の為に、今回の婚姻は成ります。それゆえ、第二妃はモニカ嬢にのみ適用される制度といたします。万が一陛下とモニカ嬢が離縁なさった場合は、別の女性を第二妃に迎えることは出来ません」
「当然だ! 俺がモニカと離縁するわけがないだろう!?」
「そうよ、失礼よ! 私とルイス様は、真実の愛で結ばれているんだから!」
結婚前から離婚の話をされて、ルイスとモニカは憤る。
そこで、今まで静かに成り行きを見守っていたアンジェリカが扇で口元を隠してクスリと笑ったのが見えた。かつてルイス陛下の寵愛を受けた身として、すぐに崩れてしまう「真実の愛」など可笑しくて仕方がなかったのだろう。
ロザリアも思わず笑い飛ばしたくなったが、ルイスを愚かに思う気持ちの方が勝って漏れたのは溜息だった。
「そして、第二の条件。陛下の議会での票を、これまでの五票から一票に減らします」
「それは減らし過ぎではないか?」
さすがにルイスは顔を顰めたが、そこでベネディクトが口を開く。
「陛下、ご自分の望みを通そうという時に、何の痛手もないとお思いですか?」
「まぁ……それもそうだな。アシュバートンの政治は安定していて、俺が票数を多く持っていても今まであまり意味がなかった」
自分の権力をあっさりと手放そうとするルイスに、周囲は驚いた。
ベネディクトも、票を削るという案を議員達が承諾したとしても、ルイス自身が反対するのではないか、と心配していた。
だがロザリアはその点に関して、ルイスは簡単に了承すると確信していた。
恋多きルイスにとって、権威を持つことではなく自分の愛を貫くことの方が幸せなのだ。モニカを妃にする交換条件ならば、彼は受け入れる筈だ。
そして、その予想は当たった。
これで、議員の承諾もルイスの承諾も取れた、ここからが大事なところだ。
「では陛下、モニカ嬢。第二妃の待遇は法律で決まっておりますので、こちらをよくお読みください」
カールトン伯爵が手招き、控えていた文官が歴史書から書き出した第二妃の取り決めを二人の前に広げる。




