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60.会議の始まり

 

 その七日後、アシュバートン議会が臨時に開かれた。


 ロザリアはこの数日の間、アルバートが招いた引退した政治家達と議論を重ね、計画をより緻密に練ってきた。各方面への根回しも完了している。

 あとは宰相であるベネディクトに議会を任せよう、と思っていた。

 のに。


 何故かロザリアは議会に席を設けられて、そこに座っていた。


「なんで?」

「特等席での観戦ですね」

「私の夫、肝が据わりすぎてない?」

「それぐらいでないと貴女の夫は務まりません」

「それもそうね」


 隣にテオドロスがいてくれるのは心強いが、円卓を挟んで向かいにルイスと、モニカまでもが座っている現状に『何故?』としか言いようがない。異例づくめの臨時議会だ。


 広い会議室には、毛足の長い絨毯が敷かれていて、中央に大きな円卓がある。それを取り囲むようにズラリと椅子が並んでいて、議員達がめいめいに座っていた。席は明確には決まっていないが、大体が皆定位置に座るようだ。

 壁際にはそれぞれの侍従や、書記官が並び立ち、扉の側には衛兵、軽食やお茶の支度をするメイド達も数名控えている。


 議長を務めるのは、アルバートと同じぐらいの年齢の、カールトン伯爵だった。彼は長年議会に席を持っていて、白熱しがちなその場を上手く纏めてくれる。

 元王妃とはいえ、実は見学以外で初めて入った会議室である。しかも、議会がこれから開かれるのだ。

 こんな状況でなければ、本来のロザリアなら大喜びしているシチュエーションなのだが、今日だけはここにいたくなかった、というのが本音だ。


 何せ、面倒くさいことになる予感しかしないのだから。


「ううう、帰りたい……」

「帰りますか?」


 ロザリアが小声でボソリと言うと、案の定隣に座るテオドロスが反応してくれる。

 二人は王命でここに座っているので、帰るわけには行かないのだが、本気で提案してくれるテオドロスのことが大好きだ。


「安定の返しをしてくれて、ちょっと元気出てきた……」

「それはよかったです」


 ぼそぼそとテオドロスと話していると、向かいからルイスの声がかかる。


「ロザリア、議会に出るのは初めてだろう? 本来部外者は入れないのだが、今日は特別だ」

「なんでそんな余計なことを……」


 政治好きのロザリアが議会に出席出来れば喜ぶと思っていたルイスは、彼女の迷惑そうな態度にちょっと眉を寄せる。


「お前がモニカと結婚させてくれる、と約束したんだから、その様子を直接見たいだろう?」

「いえ、厳密にはお約束しておりませんが……」


 この七日の間も、ルイスはしつこくロザリアとコンタクトを取ろうとしてきたが『調整中です』と返事をして明言は避けてきた。

 それでも臨時議会が開かれることになり、ルイスはそれがロザリアの働きかけによるものだと察し、ようやくモニカを妃として迎えいれられる、と上機嫌なのだ。


 確かに今回の議会はロザリア達の策が結実する場だが、それはルイスの思い通りの結果にはならない。


「なんだかんだ言って、やはりロザリアは頼りになるな!」

「うううんん」


 ルイスはロザリアに全幅の信頼を寄せていて、今日のこの会議で自分とモニカは正式に結ばれるのだと信じて疑っていない。相変わらず驚く程、素直な気性の御方である。


「モニカ、これでお前が正式に妃になれるぞ。ロザリアに任せておけば万事心配ない!」


 ルイスにべったりとくっついて、モニカが媚びた笑みを浮かべていた。

 この一年この様子では、そりゃあアンジェリカは離宮に引き籠りたくなるだろうし、城内の者達も早々にルイスに愚王の烙印を押した気持ちがよく分かる。


「嬉しいです、ルイス様。ロザリア様は、私達の為にご苦労様。私が王妃になったら、召し抱えてあげるわね」

「あ、それはお断りするわ」


 ロザリアがあっさりと断るとモニカは一瞬憤怒の形相になったが、すぐに気を取り直してルイスに甘ったるく耳打ちしている。

 モニカは今日もやけに金のかかった、けばけばしいドレスを着ていた。もっと身の丈にあった似合うものにすれば、愛らしい彼女の魅力ももっと引き出せるだろうに。似合いのドレスを選ぶメイドも城内のマナーを教えてくれる侍女もいない、贅沢の仕方を知らないということは哀れなことだ。

 ロザリアは眉を顰めたが、それ以上言葉を続けるのはやめておいた。


 ちょうどそこに、侍女を伴ってアンジェリカが会議室へと入ってくる。

 王妃としての正装を身に纏い、結婚の際にルイス陛下から贈られたという大粒のダイヤの首飾りを身に着けていた。

 威厳のある王妃の姿に、その場にいた者が思わずほう、と溜息をつく。


「……これはなかなか。既に戦いは始まっている、ということですね」


 テオドロスがロザリアにだけ聞こえるように囁き、彼女は微笑むに留めた。

 どこまでも愚かな姿を晒す国王とその愛妾。そして、王妃として立派な姿を見せつける王妃。


「うーん。議会の様子を生で見てみたいな、とは思ってたけど、とんだ形で叶っちゃったわ」

「何事も経験ですね」

「あら、お前にしては珍しく雑な纏め方ね」

「いえ……他人の痴情の縺れなど本当に興味がなくて……国家の危機だと言われてもちょっとピンときませんし、何よりここ数日ロザリアと過ごす時間が削られているのがストレスで」


 ふぅ、と深刻そうに溜息をつく夫の、あまりの通常運転ぷりにロザリアはつい気も緩み体からも力が抜けた。

 そうだ、大きなことを成し遂げようとしているけれど、発端は実に下らない痴情の縺れだった。

 真面目に考えがちな彼女の思考を、テオドロスはいつもゼロベースに戻してくれる。


「悪かったわ。愛する夫を放っておいたなんて、私の落ち度よ。これが終わったら、また……あの遊びをしましょう?」


 恐れ知らずのロザリアだが、さすがに監禁ごっこ、とこの議会の場で口にするのは憚られて言葉を濁す。しかし過たず意味を汲み取ったテオドロスは、僅かに頬を朱に染めて頷いた。


「では愛しいひと。メイド服を着ていただけますか?」

「調子に乗るな馬鹿者」


 ロザリアが即座に切って捨てると、彼は可笑しそうに肩を震わせた。緊張感のないのほのぼのとした空気が、二人の間に流れる。


「まぁ、今回我々は裏方。始まるまではたくさん協力したけれど、ここに来てしまえばあとは幕が開くのを客席で見るだけの観客よね。お前の言う通り、特等席を楽しむわ」

「さて、そう簡単に楽をさせていただけますものやら」

「こら」


 テオドロスが不穏なことを呟いたのと、議長のカールトン伯爵が議会の始まりの声を上げたのは同時だった。




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