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59.ベッドに潜り込んで

 

 自室から飛び出したロザリアは、廊下を急いでこちらに向かって来るテオドロスを見て驚く。


「テオ!」

「ロザリア。どうしたんですか? 何か用事でも……」

「何言ってるの、お前を迎えに行こうとしてたんじゃない! もう、お母様ったらテオのことを気に入ったからって独占しすぎよ」


 子供ぽく頬を膨らませて、ロザリアはテオドロスの胸に飛び込む。拒まれるとは微塵も疑っていないらしい彼女の動きに、勿論テオドロスはしっかりと抱き留めることで応えた。


「嬉しいです。迎えに来てくれるなら、食堂で待っていた方がよかったですか?」

「一秒でも早く私に会いたいでしょう? お前もこちらに向かってきていたのが正解よ!」


 鋭くそう言って、ロザリアはテオドロスを部屋に引っ張り込む。そして扉が閉まる音を待たずに彼にキスをした。

 そっと唇を離すと、ロザリアが蕩けるような瞳でテオドロスを見上げる。たまらない気持ちになって、彼はすぐにキスを再開した。


「やけに情熱的ですね、ロザリア」

「知らない」


 がじ、とテオドロスの下唇を噛んで、ロザリアは目を細める。

 自分が父と兄と充実した話をしている間に、テオドロスが母の相手をしてくれていたことは分かっている。

 そもそも社交界だって政治の世界と密接に繋がっている。そして今も社交界で精力的に活躍しているエインズワース侯爵夫人だ、何も知らない筈はない。

 だからフレデリカはけっして政治に疎いわけではないが、アルバートがああいう男なので、わざと政治には関心のないフリをしているのだ。

 今回も、アルバートとロザリアの政治論が白熱したとて、フレデリカはただ微笑んでそれを眺めるだけで参加することはなかった。


 そんなわけで、ロザリア達が政治の話に夢中になれば、フレデリカがテオドロスをお喋りの相手として引き留めることは予想がついていたし、彼はロザリアの母だからフレデリカに優しいのも分かっている。

 分かっていても、ままならないことがあるのだ。


「……ひょっとして、やきもちですか?」

「知らないって言ったわ」


 テオドロスは許しを乞うように、ロザリアのこめかみにキスを落とす。


「貴女こそ、アルバート様とベネディクト様と随分楽しそうにしておられましたね?」

「まぁ。私に口答えするの?」


 ツン、とロザリアが顔を逸らすが、唇はむくむくと笑みを描いていく。

 最愛の妻さえいれば何もいらないと豪語する彼は、すぐに嫉妬するし寂しがる。テオドロスの愛情がロザリアにはとても心地よく、すぐに気分が上向いた。


「とんでもない。愛しい人、貴女の愛がなければ私はもう生きていけないのです。ですから、どうか私のことを一番傍においてください」


 素直にテオドロスが詫び、そして彼は彼で父と兄と楽しそうに政治論を交わしていたロザリアに寂しい思いをしていたと伝える。

 母親に対して僅かに嫉妬したものの、テオドロスの密度のある重い悋気に押し流されてしまう。


「もう……私がヤキモチを焼く暇なんてないわね」

「はい。隙間なく、愛しています」

「みっちり……」


 ぎゅっと抱きしめられて、嫉妬していたのは自分の方なのにいつの間にか立場が逆転していることにロザリアは眉を下げた。


「何時いかなる時も」

「知ってたわ」


 いつまでもつまらないヤキモチを焼いていられなくて、ロザリアは笑ってしまう。テオドロスの指先が頬や額や唇に触れていく。その甘やかなタッチが、ロザリアをたまらなく幸福にするのだ。


「貴女を一人にした私を許してくれますか?」

「仕方ないわね。今回だけよ」

「私の最愛は、まこと慈悲深い」

「そうよ。すごく優しい妻なんだから」

「その上美しく、賢く、素晴しい女性ですね。私は貴女と結婚出来て、世界で一番幸せ者です」

「あら、それは違うわ」


 ロザリアが即座に否定すると、テオドロスは不思議そうに首を傾げる。彼女は夫の首に抱き着くと、くすくすと笑った。


「世界一の幸せ者は、私だもの」

「……そうですね、愛しい人。貴女が幸福であることが、私の幸福です」


 ぎゅっとロザリアを抱きしめて、テオドロスはうっとりと溜息をついた。


 その後二人は寝支度を整えて、寝台に潜り込む。

 アスター国での使用人の少ない生活に慣れたロザリアは自分でほとんどの支度を済ませたが、テオドロスがやりたがるので蜂蜜色の髪を乾かすのは彼に任せた。

 寝台は香の薫りがして、フリュイが支度をしてくれたことが分かる。


「アルバート様とベネディクト様と話して、纏まりましたか?」

「ええ……お父様との話は、とても興味深いわ。お兄様も今まで言わなかっただけで、アイデアがあるみたい。もっと早く皆でお話出来ていたら、すごく楽しかったでしょうに」


 寝台の中が温かくなってきて、ロザリアはとろとろと眠気に誘われていく。

 父と兄と共にたっぷりと政治論を交わしたからか、彼女はひどく満足げだ。まるで好物の甘い菓子を食べた子供のように、ふくふくと微笑んでいる。

 そんなロザリアの頬を指先で撫で、テオドロスも嬉しくなる。


「これからたくさん話せばいいんですよ」

「そう? ……そうね、そうよね」

「はい」


 優しくテオドロスに肯定されて、ロザリアはほぅ、と溜息をついた。

 今日は盛りだくさんな一日だった。お茶会に出てモニカとやり合い、離宮に潜入してアンジェリカと話し、その後ダヴィドとリッカに会った。


「そうだ! リッカは大丈夫だったかしら?」


 閉じていた瞼をバチ、と開いてロザリアが呟く。

 その後色々あったので忘れていたが、彼らのその後を放ったままだったのだ。


「心配が必要ですか?」


 むっとテオドロスが眉を寄せる。夫の悋気が可愛らしくて、ロザリアは彼の額にキスをした。


「お前は本当に相変わらずね」

「はい」


 テオドロスが真面目くさって頷くので、またくすくすと笑う。

 彼女は単に、リッカとダヴィドの争いを心配しているわけではないのだ。


「リッカには頼みたいことがあるの、ついでにダヴィドにも。明日彼らに会いに行きましょう。一緒に来てくれる?」

「勿論です」

「あのね」


 誰も盗み聞き出来ない状況なのに、ベッドの中で更に夫に近づいてロザリアはこそこそと作戦を耳打ちした。テオドロスもぎゅう、とロザリアの体を抱きしめて楽しそうにその声を聴く。


「ね?」

「なるほど……本当に、貴女は面白いことを考えますね」


 楽しそうに悪だくみをしているロザリアが、可愛い。テオドロスは彼女の前髪を横に流すと、額にキスをした。


「……アシュバートンの政治世界に戻りたい、と思いましたか?」


 そっと体を離して、テオドロスは静かに訊ねた。ロザリアが活き活きとしている姿を見るたびに、彼はいつもその思いがよぎるのだ。

 今回のことでよくよく分かったが、アシュバートンの者は本当にロザリアを頼りにしているし、ロザリアもそれに全力で応えたいと考えて行動していた。

 もしもロザリアがそうしたい、と望むならば、テオドロスには彼女を支える心づもりがあった。


 しかしロザリアはきょとん、と目を瞬いたが、すぐに笑顔になった。


「ううん。アシュバートンは故国だし、やっぱり政治はとても面白いけど……お前と世界を巡る方が面白い。だから、このままお前の奥さんとして、過ごさせて?」

「……それが、貴女の望みでしたら、喜んで」


 テオドロスは嬉しくなって、ベッドの中でロザリアを抱き寄せ、同じ香の薫りをたっぷりと吸い込んだ。


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