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56.アシュバートン議会の仕組み



 いつでもしっかりと手を握ってくれるテオドロスの顔を見上げ、その笑顔に励まされてロザリアは口を開く。


「……現在アシュバートン議会の議席は二十四名。それに王を入れて、二十五名で会議は執り行われているわ」

「そうだね」


 ベネディクトが相槌を打つ。

 献策や意見は誰隔てなく多く交わされ、いくつかの例外はあるが最終的にメンバーの投票によって結論が決まる流れだった。

 その年代によって多少議席数は変動するがいずれも奇数票になるように調整され、派閥が固まらないように考えられて、議会のメンバーは選出されている。


 しかし現在議席は二十四名と、偶数人。これで奇数票に何故なるのか。

 それは、議会メンバーは一人一票だが、王だけは五票保有しているからだった。


 何代も前に、ルイスと同じく父王の急逝で準備なく王位に就くことを余儀なくされた幼い王がいた。

 それまでは完全に王の独断で政治を行っていたが、執政政治とするには適任がいなかった為、話し合いの末に議会制を執ることとなったのだ。

 その際に、王が議会メンバーと同じ権力ではおかしい、ということで五票、と規定されたのだ。


 幼い王の為の取り決めだったが、領土が広く問題も多岐に渡るアシュバートン王国にとってこの議会制はとても理に適っていた。

 その後、その幼い王が成長した後も議会制は続き、今のアシュバートン議会に至る。


「だから、王から票数を取り上げるのです。他の議会メンバーと同じように一票とすれば権力を削ぐことになるので、あれほどルイス陛下が自分勝手に動くことを許す必要はなくなるし、勝手をされたところで国に影響は出ません」


 テオドロスは素直になるほどと感心したが、ベネディクトはロザリアが退位を迫ると提案した時よりも驚いているようだった。


「ロザリア」

「……国王の保有票数が多いのは、成り立ちゆえです。今や政治は王が中心ではないのに、王が票数を多く持っている所為で顔色を伺わなくてはならない」

「それは……そうだね。だが、我々は王の臣下でもある、これは忠誠の証でもあるんだよ」


「他の形で示せば良いではありませんか。アスターでは、元国王のオーケン・アスターは敬われていました。愚かなものに力を持たせ続けることが、忠誠なのですか?」


 ベネディクトのやんわりとした反論を、ロザリアは厳しい論調で捩じ伏せる。

 もちろん難しい方法だと分かっている。

 ルイスがモニカに溺れていることは誰の目からも明らかなので、いっそ退位を迫る方が簡単で通りやすい方法だろう。

 ルイスが王位に就いたままでこの問題を解決しようとすると、どうしても王の力を削ぐ、という結論しか出ないのだ。


「……票数を取り上げるとなると、王当人の承認の前にまず議会メンバーの承認が必要だ。彼らは一枚岩ではない、一人一人にそれぞれ思惑があって議会に参加しているんだ。そんな彼らにこの方法を呑むように説得するには……」

「……はい。あまりにも時間がかかりすぎるんです」


 もはやルイスが愚王であることは覆しようがない。

 だから彼から権力を削ぐことに、最終的には議会メンバーは同意するだろうが、それに漕ぎ着けるまでには途方もない交渉と取引が必要に違いない。

 それをするのは宰相の役目だろうけれど、ベネディクトには荷が重かった。彼は滞りなく国を運営するのには向いているが、革命を起こすことの出来る英雄ではないのだ。


「……票を削ぐには時間が足りません。そうなるとやはり、ルイス様には退位していただいて、アンブローズ様に王位に就いていただく策を奏上します。そしてお兄様が執政になれば、政治も滞りなく……」


 誰が聞いても無理な策を提案した後ならば、赤子を王にする案の方がマシと言える。ロザリアがその流れを説明しようとすると、ベネディクトの硬い声が遮った。


「しかしそれでは、エインズワース侯爵家が国を乗っ取ったという謗りは免れないだろうね」


 兄にしては冷たい言い方に、ロザリアは唇を噛む。


「……国が腐り落ちるよりは、マシです」

「ロザリア。君は今、アスター公爵令嬢なんだよ? だからエインズワース家のことはもどうでもいいのかい?」

「そんなつもりは……!」

「勿論、ロザリアがそんなつもりじゃないことを、僕も母上も知っているよ。でも、そう思われても仕方のない策だよ、これは」


 珍しく厳しいベネディクトの言葉に、ロザリアはシュンと項垂れた。


 誰かが幸せになる時、その反対側で誰かが不幸になっている。その不幸を献策した本人として被るつもりだったロザリアだが、確かに結果を見ればエインズワース家に迷惑がかかる形だった。

 ベネディクトはアシュバートンの宰相だが、同時に次期エインズワース侯爵でもある。みすみす領民に被害が及びそうな策は受け入れることが出来ないのだ。


 考えうる全てを話したのに、あれもダメ、これもダメ、と言われてロザリアは目を泳がせる。

 もっと時間があれば。もっと自分に権力があれば。解決することが出来るのだろうか? 知恵が足らないのか、力が及ばないのか。初めて陥る悩みに、ロザリアは混乱しだした。


 が、横から強い力で抱きしめられて、ハッとなる。


「ベネディクト様、そこまでになさって下さい。ロザリアを悲しませるのなら、この全てから手を引いて私は彼女を連れて去ります」


 テオドロスの、こちらも厳しい声だった。

 彼は既にロザリアを抱き抱えるかのような姿勢を取っていて、本当に今すぐにでも彼女を抱き上げて部屋を出て行ってしまいそうだ。


「テオドロス殿、落ち着いて」

「いえ、落ち着くつもりはありません。アシュバートン国王の件は、本来あなた方が解決すべきこと。それを、既に家を出て嫁いだロザリア一人に解決させようなどとその時点でおかしいのです」

「それはそうだけど、勿論僕達も協力して……」


「何故あなた方が協力して、なのです? ロザリアに、アシュバートンを救う義務なんてもうないんです。彼女がやりたがったので静観してましたが、百歩譲っても、あなた方が主導で動き『ロザリアが協力する』が本来の形でしょう」

「……そう、だね」


 ベネディクトは恥じるように視線を落とした。

 ロザリアが王妃時代にあまりにも鮮やかに問題を解決して見せたので、皆彼女に頼る癖がついてしまっていたのだ。

 そしてロザリアも、それを当然と受け入れる癖がついていて、自分は今は平民だと言うくせに、どんどん背負い込んでいた。


 世界の小さな謎をのんびり解くぐらいでちょうどいいのに、キャパオーバーだったのだ。

 そして皆がロザリアに解決を望むのならば、それこそ王位ぐらいの権力を彼女に託すべきだろう。

 テオドロスがそう告げると、ロザリアの方が慌てた。


「王位なんていらないけど?」

「物の例えですよ、愛しい人」

「ううううんんん」


 極端なことを言い出したテオドロスに、ロザリアはだんだんと冷静な思考が戻ってくるのを自覚する。


「……うん。そうよね。つまり私も、それぐらい極端なことを言っちゃってたってことを教えてくれたのよね、テオ……」

「いえ、至って本気の意見ですが」

「やっぱり落ち着きましょう!」


 先程までの緊迫した雰囲気は消え失せ、ロザリアはテオドロスの肩を揺すって落ち着かせようとしている。

 それを見てベネディクトは、いつの間にか自分もピリピリとした考え方になってしまっていたことを自覚して大きく深呼吸をした。



実在の政治の仕組みではなく、アシュバートンはそうしてるのねフーンぐらいの緩い気持ちで読んでください……!

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