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55.逃亡のちに作戦会議


それからロザリアは唐突に、ダヴィドに向けて淑女の礼を執った。

メイド服を着ていると言うのに、あまりにも綺麗な礼の姿にはちぐはぐとした違和感がある。

ダヴィドは何の真似だ? と訝しんだ。


「急用が出来ましたので、私達はこれで失礼します」

「あ、おい! なんなんだ、一体」


ダヴィドはロザリア達を引き留めようとしたが、さらに背後から声がかかり足を止めた。


「おや、ダヴィド王子」


低く唸るような声にダヴィドが振り向くと、そこには正装姿のアスター公爵令息、つまりリッカがいた。


「……リッカ・アスター」

「ご無沙汰しております。先日はどうも」


にっこりと笑うと、リッカはダヴィドの前に回り込み握手を求める。つまり位置取りとしては、リッカがロザリア達を背に庇った形になる。

そして彼は手で後ろ手にロザリア達に早く行け、と合図をした。テオドロスと顔を見合わせるとこの場はリッカに任せることにして、二人は不自然にならない程度の速さで廊下を去る。


「お義兄様ったらナイスタイミングだったわ。これはお前の差金かしら?」

「はい。今日の予定は聞いていたので、二人で貴女の控室に向かうところでした」


外交官としての仕事を終えたテオドロスと、来賓として招かれているリッカ。二人が時間を合わせてこちらに来ると、ダヴィドに捕まっているロザリアが見えた。

だからまずテオドロスが介入し、その後引き留められたらリッカが防波堤になる流れだったのだ。


「……ダヴィドは食えない男なの。リッカは大丈夫かしら?」


二人で控室に向かいながら、小さく囁きあう。

素直な気性のリッカがダヴィドに言い負かされてしまわないか心配だったが、テオドロスは意に介さない。


「…むしろ防波堤をかって出たのはリッカの方です。彼も……アスターへの脅しのようなイートン介入が腹に据えかねているのでしょう」


それを聞いて、ロザリアはぎょっとする。アシュバートン王城で、アスターの公爵令息とイートンの王太子が喧嘩なんて仕出したらどうすればいいのか。


「それって全然大丈夫じゃないわ」

「互いに似た立場の男二人です。問題になるような発言はしないでしょう」

「えー……?」


ロザリアはかなり疑っていたが、テオドロスに背を押されて控室へと入った。


「奥様! 旦那様も!」

「おかえりなさいませ」

「ただいま。さっさと着替えて、撤収しましょう!」


部屋に駆け込んだロザリアがそう宣言すると、メイド達はしゃっきりとして、途端にテキパキと動き始める。


「ニライもお疲れ様」


主人が無事に戻ってきてホッとしているニライを、テオドロスは労った。


「旦那様……奥様のお傍を離れて申し訳ありません」

「いや、あの方の自由にさせてあげてくれ。フォローは必ず私がするから」

「……旦那様は、奥様に本当に甘くていらっしゃる……」


ニライは思わず恥じらって言うと、テオドロスは当たり前だと頷く。


「この役目は、他の誰にも譲れないので」


そうこうしている間にロザリアの着替えは完了し、一行はもう誰にも引き留められない内に、と風のように王城から脱出したのだった。


その夜。

晩餐の前に、仕事から帰ってきたベネディクトを捕まえて居間に連れ込み、ロザリアとテオドロスの三人で作戦会議を行っていた。

ロザリアは、ルイスとモニカを結婚させる為にルイスに退位を迫るつもりだったことや、アンジェリカが息子のアンブローズの為にルイスが王であり続けることを望んでいることを告げる。


「退位だなんて……今のロザリアはアスター公爵令嬢なんだよ? そんなことを献策すれば、アスターの政治介入を疑われるところだ」

「その覚悟はありますわ。アシュバートンが腐敗するよりも、私が悪者になる方がずっとマシです」


政治介入と見做されても、公爵令嬢の戯言程度ではアシュバートンとアスター間で戦争にまでは発展しないだろう。だが、ロザリア個人に不敬罪が適用される恐れは大いにある。

それでも議会に一石を投じる価値はある、と思っていた。


今までアシュバートン議会がルイスに自由を許していたのは、彼が王として大きな権力を持っているからだ。それが大前提であり、ルイスから権力を取り上げる、王位を退かせる、という考えは議会にはなかった。

ロザリアとて、アシュバートンに生まれて暮らし、エインズワース侯爵令嬢として生きていた頃には考えつかなかった。


だが今のロザリアは、ロベルのフランクで自由な都市の姿を知っているし、何より王制を廃止したアスターと元国王のオーケンを知っている。もしもルイスが王位を退いたとしても、世界が終わるわけではないと知っているのだ。


「それにしたって極端な考えだ。めちゃくちゃだよ」


ベネディクトは穏健派なので、ロザリアの極端な考え方に真っ向からぶつかる。

ルイスから王位を剥奪した場合の議会への影響、国の世論、そしてロザリアに降りかかるデメリットを彼は滔々と説明し、その言葉には淀みがない。


「だとしても、ルイス様のあの気性は今更変えようがありません。早い内に退場していただいた方が国の為になります。今は受け入れがたくとも、時間が解決してくれるでしょう」

「それはそうかもしれないが、それじゃあアンジェリカ様の願いは叶わないんじゃないか? それとも赤ん坊のアンブローズ様に王冠を被せるのかい?」


ぐ、とロザリアは反論出来ない。

極端な策だと理解しているが、この現状を乗り切るにはルイスから王冠を取り上げてしまうのが一番国へのダメージが少ない。

だがベネディクトの言うように、それではアンジェリカの希望は通らないのだ。


分かっている。分かっているが、極端な方法を捨て時間のかかる策を行うには、時間がもうないのだ。その間に、内側から急速に腐っていってしまう。


「ロザリア」


テオドロスが心配そうに声を掛け、ゆっくりと彼女の肩を撫でた。それだけで、ロザリアは思わず詰めていた息を吐き出すことが出来る。


「何もかも貴女が背負わないでください。ここにはベネディクト様も私もいます。議会には、他に策や手段を持つ者もいるかもしれません。ここで万策尽きた、と自分を思い詰めないで」

「テオ……うん、そうよね……」


焦りから、考えや視野が狭くなりがちになっていた。ロザリアが生まれる前から政治を行っている大臣達だっているのだ。

ベネディクトも、この一年ただ指を咥えて成り行きを見ていただけではない筈。

もう少し他人を頼り、他人の意見を取り入れてからでも、結論は遅くないだろう。

それに。


「……時間はかかるけど、最善策は別にあるの」

「!」


ロザリアの言葉に、ベネディクトが驚いて眼を丸くする。テオドロスは、話の内容よりもどこか諦めた様子のロザリアを熱心に見つめていた。


世界や故国がどうなるか、よりもテオドロスにとってはただ一人の最愛のことの方が気にかかるのだ。


「……でも時間がかかるし、出来るかどうか分からない、策ともいえない理想論だから……」

「それでも、聞かせてください。手伝えることがあるかもしません」


テオドロスがそう言うと、向かいの席でベネディクトも頷いている。

ロザリアは、今まで実行出来る確信のない策は口にしないようにしていたが、やはり何度考えても最善策として脳裏をよぎるこの考えが捨てられなかった。


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