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53.王妃の願い

 

「誰……ロザリア様?」


 ここで変な小細工を弄して近付けば、逆に護衛達を警戒させてしまう。ロザリアはそのまま姿を現して、堂々と椅子に座るアンジェリカに近づいた。


「体調がすぐれないので、と私との面会を断ったわりには、元気そうじゃない?」

「ロザリア様、そのお姿は一体……それに、どうやってここに……」


 ぱちぱちと瞬きをして驚いていたアンジェリカだが、彼女も王妃だ。ロザリアは秘密の抜け道を使ったことを察して、口を閉じる。


「……大胆なことをなさいますね。ロザリア様らしいです」

「ええ。使えるものはなんでも使うわ。ちょっと留守にしている間に随分国が荒れてしまったようだから」


 ちくりと言うと、アンジェリカがダメージを受けたかのように眉を顰めた。

 周囲にいるメイドや護衛達は、突然現れたメイド姿の女に驚いて、狼狽えている。ロザリアの顔を見て反応しないところを見ると、王城に勤めだして間もない者ばかりのようだ。


「皆、この方は私に危害を加えないわ。安心して」


 アンジェリカがそう言うと、皆一様にホッとする。

 椅子を勧められたので、メイド服のままロザリアは優雅に座った。


「……お久しぶりです、ロザリア様。面会をお断りして、申し訳ありません」

「敬語で話す必要はないわ。今はお前の方が立場が上でしょう」


 そう告げると、彼女は首を横に振った。


「あなたがアスターの公女じゃなかったとしても、私にとってはいつまで経っても敬うべき方です」

「あら、そう」


 素っ気なくいって肩を竦めたが、ロザリアは満更でもない。


「じゃあどうして面会を断ったの?」

「……ロザリア様の御夫君が授爵される件は聞いています。今回ご帰国なさったのは、ルイス様に帰国するように言われたからでしょう?」

「ええ」


 ロザリアがあっさりと頷くと、アンジェリカは警戒するように唇を窄める。


「……私に王妃の座を退くよう説得する為に面会を申し出られたのだと思って……ロザリア様に説得されたら、私は拒否出来る自信がありません」

「そう。……意外だわ。ルイス様の愛がお前の元にない以上、離婚したいんじゃないかと思っていたの」


 アンジェリカは娘時代からルイスと相思相愛の仲で、ロザリアが王妃だった頃もその愛情を糧に耐え忍んだ、愛に生きる女だ。彼女は権力や財力には興味がなく、本当にルイスへの愛でのみ、王妃になったのだ。

 そこがモニカと違うところである。

 だから、ルイスが浮気をしてモニカに心を移したことはショックだろうけれど、案外スッパリと離婚したがっているのではないか、と想像していた。


「あ、あー……確かに……」


 それを説明すると、アンジェリカは力が抜けたように椅子にだらりと座った。王妃としては相応しくない振る舞いだが、ここにいるのはただのメイドなので、ロザリアは目を瞑る。


「なぁんだ、じゃあ私、ロザリア様の面会断らなくてよかったんですね」

「ええ。離婚の説得に来たわけじゃなく、お前の話を聞きたかっただけよ」


 ハッキリと言うと、アンジェリカも首肯した。


「ルイス様の行いで国が乱れるのは防ぎたい。でも方向性を決める為に、まず現王妃がどう思っているか知っておきたかったの」

「……そうだったんですね……」


 アンジェリカはそう呟くと、思案するように視線を彷徨わせた。そこでテーブルを見てハッとする。


「あ……お茶もお出ししなくて、ごめんなさい、すぐに……」

「いいえ。私はここに来ていないことになっているので、持て成しは不要よ。それより、これからどうしたいのか教えて」

「……」

「ああ、いけない。私がどう考えているのか知らない内から本音は吐露出来ないわよね」


 言い淀むアンジェリカに、ロザリアは先に自分の考えを話すことにした。何せ早く話を聞いて、ここを離れる必要がある。

 遠回しな話し方は出来ない。


「私は、ルイス様がモニカと結婚したいというのなら、それを叶えるつもり。だけど、素質のないモニカを王妃にすることは出来ない」

「……それはつまり」


 ロザリアが言葉を止めると、アンジェリカは眉を寄せた。その先を言葉にはしなかったが、ルイスに退位をせまると示唆したのだ。

 アンジェリカとの結婚は許されたのにモニカとの結婚が許されないのは、モニカに王妃の素質がないからだ。そしてそれは、結婚相手のルイスが国王だから。


 王ではないルイスならば、モニカと結婚するのは個人の自由だ。


 つまりは革命を起こそうとしているのでとんでもない話なのだが、国王のいないアスターを見て、元国王のオーケン・アスターと話をしたロザリアは、自然とその選択肢が浮かんでいた。


「でもアンジェリカ様がルイス様との婚姻の継続を望むなら、別の方法を考えるわ」

「……私は、結婚する前はルイス様のことが一番大切でした。だから以前の私であれば、彼が望むなら離婚も受け入れていたと思います」

「それは、また……」


 ある意味、ロザリアは感心する。

 あり得ないことだが、もしもテオドロスがロザリアと別れて別の女と結婚したい、と言ったならば、ロザリアはその場で離婚するだろう。彼の為ではなく、自分の為に。


 ロザリアは、ロザリアをいらないと言った男と一秒だって一緒にいたくない。ルイスと結婚していた時はそれを耐えられたのに、テオドロスによってたっぷりと愛されることを知った彼女には、今はもう我慢できないのだ。


「ですが、今の私には無理です」

「ん?」


 アンジェリカの深い愛情に感じ入っていたロザリアは、鋭く続けられたアンジェリカの言葉に首を傾げる。

 おもむろに立ち上がったアンジェリカが、赤ん坊の方へ向かうのを視線で追った。彼女が保証したからといって、メイドや護衛にとってロザリアは得体のしれない女だ。

 赤ん坊、つまり王子に近づくべきではないだろう。


「今の私にとって……一番大事な存在はこの子です」

「そう」


 赤ん坊を抱いて、アンジェリカはそう語る。ロザリアは母親ではないが、その理屈は理解出来た。


「だからこの子の為に、私は王妃であり続けなければならないし、ルイス様にも王でいていただく必要があります……少なくとも、この子が王位を継げる年頃になるまでは」


 なるほど、とロザリアは納得した。

 愛に生きるアンジェリカは、ルイスへの愛から息子への愛を柱として生きることにシフトしたのだ。彼女らしいといえば、らしい。


「母親の愛情ね」

「はい……勿論ルイス様への家族としての情はまだありますが、さすがに身籠っている時に浮気されては、恋情は綺麗さっぱり消えてしまいました」

「怒ってはいないの?」

「その段階も、今はもう過ぎました。勿論……最初にそれを知った時は怒り嘆き……ルイス様を責め立てましたが、あの方はケロッとしていて……」


 この一年の間に、様々な感情に翻弄されたのだろう。その心境を安易に分かる、とは言えない。


「大変だったのね」

「はい……ですが、この子に支えられました」


 アンジェリカは赤ん坊へと慈しむ視線を送る。その子の顔がよく見えるようにロザリアの方へと傾けられたので、小さな顔を覗き込んだ。


「……目元がルイス様によく似ているわね」

「はい。可愛い子です……名を、アンブローズと申します。私は、お金も名誉もいりません。望みは、この子の幸せだけです」

「奇遇ね。私も万民の幸せが願いよ」

「……ロザリア様は、まこと高潔でいらっしゃる」


 少し皮肉げにアンジェリカが言うと、ロザリアはそれを鼻で笑った。元より、綺麗事を言っている自覚はある。

 誰かが幸せになれば、その反対側で誰かが不幸になっている。それを知らぬわけではない。

 だからと言って何もしないで人が不幸になる様を見ていることなど出来ない、少しでも多くの人の幸福を叶えたい。


「たまたま大きな力と智恵を授かった。自分に出来ることをするのは、義務でもあるわ」

「それでも尚、あなたはそう仰るから、ついついついて行きたくなってしまうのです」


 アンジェリカがそう続けたので、思わずロザリアは胡乱な眼差しを彼女に送る。


「……そのくせ、皆私に押し付けてくるのだけれど?」

「だって綺麗ごとを仰るから、お任せしようと思って」


 うふふ、とアンジェリカは意味ありげに微笑んだ。


「ルイス様の願いも私の願いも叶える策は、不可能に思えますが……あなたなら、と思ってしまうのです」


 どうやら伊達に王妃の座に座っているわけではないらしい。結婚前にはなかったアンジェリカの強さと狡猾さに、ロザリアは微笑んだ。


「難題であればあるほど、興味深いわ。ルイス様の浮気が発端だけど……これが国を救うことになるのなら、とびきりの策を考えなくっちゃね」


 彼女がそう言うと、アンジェリカは敬意を表して深く頭を下げた。


 それを潮に、ロザリアは離宮を辞することにした。王妃の意思を確かめた以上、長居は無用である。

 次回アンジェリカに会う時は、この問題を解決した後だろう。


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