52.秘密の抜け道
お茶会は、その後もモニカにおべっかを使う者と彼女を遠巻きにする者に二分されたままぎこちなく進み、定刻が来てお開きとなった。
あまり話し込むと、ユリアナとその妹がモニカに目を付けられてしまうかもしれない。その後は話すことを控え、茶会終了時もただ会釈のみを交わすに留めた。
それから、城側が配慮して用意してくれていた控室にロザリアが戻ると、ニライが閉じた扉の前にしっかりと陣取る。
「奥様……本当に実行するんですか?」
「勿論! なんの為につまらない茶会に出たと思ってるのよ!」
フリュイの心配が滲む声に、ロザリアは明るく返す。その横で、腹の据わったベルはテキパキと準備に取り掛かっていた。
王城を訪れた際に彼女達は持ち込んだのは、化粧直しの道具や茶会でのもしもの際にお備えた着替えのドレスなど様々だ。その中に、王城メイドの制服も入っていた。
あらかじめベルが用意してくれたものだ。
「奥様、急ぎお召し替えを」
「ええ」
お茶会の為に着込んでいたアスターのドレスを脱ぐと、ロザリアはメイド服を着付けられる。蜂蜜色の髪はきっちりと結いなおして、低い位置でシニョンに纏められた。
「どう?」
「お似合いです! 奥様はどんな服でも着こなしてしまうんですね」
ベルは主の出来栄えに惚れ惚れし、フリュイはメイド服を高貴なロザリアが着ていることに眩暈を感じていた。
「よし、じゃあ行ってくるわね」
彼女が来たくもないお茶会に参加したのは、これが目的だったのだ。
メイドに扮し、離宮に引き籠っているアンジェリカに直接会いに行く。
「ロザリア様……どうか私を同行させてください」
扉の前に立つニライが、不安そうにそう進言した。が、ロザリアが首を横に振る。
「ダメよ、ニライはとっても素敵だけど、ひと目でアスターの武人って分かっちゃうもの」
美しい銀の髪と紅い瞳のニライは、確かにアシュバートンでは目立つ。
「ならば、せめてベルを……」
「それもダメ」
ロザリアは頑なに一人で行くと言い張った。
それというのも、アンジェリカの引き籠っている離宮に向かうには、王族にしか知らされていない抜け道を使う必要があった。
王妃を退く際に他言しないという誓約書にサインはしているので他人を連れて行くわけにはいかないが、使用禁止の文言はなかったのを逆手に取る。
「大丈夫! この城で私を害そうとする人はいないわよ。見つかったら最悪身分を明かすまで」
アスター公爵令嬢であり、ベネディクト・エインズワースの妹でもあるロザリアだ、身分を明かせば醜聞にはなるだろうが、身に危険はない。
「奥様に危害を加えるものはいないかもしれませんが、奥様の美貌に惹かれて寄ってくる輩はいるかもしれません。くれぐれもお気をつけください」
「大袈裟ねぇ」
フリュイとニライによくよく言い含められて、逃げるようにロザリアは控室を飛び出した。彼女達はこのまま控室に残り、ロザリアが休んでいるフリをしてもらう予定である。
廊下に人気がないのを確認して、ロザリアはさっそく控室のある棟からまずは王城の庭に出る為の抜け道へと入った。
中は暗くややかび臭いものの、何かしらの措置が取られているらしく意外と綺麗である。
「さて!」
こちらも準備万端で持ち込んだ携帯用のランプを点けて、足早に進む。
この通路はその特性上地図に書き記されておらず、口伝のみだ。ロザリアは嫁ぐ際にこの通路の存在を教わったが、恐らく説明した者も通路の全容は把握出来ていないだろう。
王妃時代、ロザリアは図書館で城の地図を眺めては、是非使ってみたい、と願っていたのだ。
残念ながら王妃の座についていた際にこの通路を使うような有事は起こらなかったので諦めていたものの、今役立つとは。
「やっぱり、なんでも勉強しておくと損はないわね」
ベネディクトあたりが聞いたら真っ青になりそうなことを呟いて、ロザリアはどんどん先に進む。
石造りのしっかりした壁に挟まれて閉塞感はあるが、彼女に不安はない。王城の地図を見て何度も脳内でシミュレーションをしていたおかげで、分岐や高低差も完璧に記憶しているのだ。
歩数を数えながら進み、目算とほぼ一致する場所に出入り用の扉があった。滅多に使われない扉なので軋んで重いのではと覚悟していたが、意外にもあっさりと開く。
出た先は滅多に人の来ない王城の隅の庭園で、アンジェリカが籠っている離宮とは目と鼻の先にあった。
「……すごく便利だわ! 秘密の抜け道だから今回以外では使わないつもりだったけど、クセになっちゃいそうで怖い」
持前の探求心と好奇心が疼き、全ての道を巡ってしまいたくなる衝動をロザリアは必死に抑える。今回は緊急事態なので抜け道を使ったが、本来は使ってはいけない道だ。
今回限り、今回限り、と心の中で唱える。
ロザリアはそそくさと庭を横切り、離宮の外廊下に無事到達した。こちらに警備がいないのは不用心、と言いたいとろこだがこの向こうにはロザリアがやってきた錆びれた庭園しかない。
本来は、離宮から外へ逃れる為にあの通路を使うのだろう。
「離宮の方も一通り間取りは頭に入れているけれど、アンジェリカ様がこの離宮のどの部屋を使っているかまでは、さすがに分からないわね……」
賓客を持て成す為の離宮なので、同じサイズの客室が数部屋用意されている。主寝室に当たる部屋がないので絞ることが出来ず、一室ずつ確認していくしかない。
ぐるりと離宮を一周出来るように作られた外廊下を、ロザリアは怪しまれないように他のメイドに紛れる為わざと堂々と歩く。
しかし、それはロザリアの杞憂に終わった。
外廊下を歩いて行くと、離宮の中庭に出る。そこにテーブルセットを出して、アンジェリカがゆったりと寛いでいたのだ。
周囲には王妃付きにしては少ない人数のメイドと護衛、日陰になる場所に揺り籠が置かれそこには乳母が控えていた。
「御機嫌よう、王妃様。突然の訪問の非礼をお詫びいたしますわ」
ロザリアが声を掛けると、アンジェリカの大きな瞳が見開かれた。




