50.愛妾のお茶会
翌日。さっそく王妃のお茶会の日がやってきた。
ロザリアはアスターの盛装である絹織物のドレスを着て、フリュイとベル、護衛のニライを伴って登城する。テオドロスも外交官としてロベルやアスターでのことを上司に報告する為に登城しているが、時間も場所もまったく違うので別々に向かった。
そして今日テオドロスが無事登城したことで連絡係のテッサはお役御免となり、通常業務へと戻ることになる。彼はホッとした様子で別れの挨拶を告げてきた。
「ご苦労様、テッサ」
「いえ……オルブライト様への嫌疑が間違いでよかったです。ロザリア様、どうぞお元気で」
数日エインズワース邸に滞在した所為かテッサはこちらに随分親身になってくれていて、王城ではよくよく気をつけるように、と心配の言葉を残していった。衛兵である彼にも伝わるぐらい、今のアシュバートン王城は不穏な空気が流れているのだろう。
ベネディクトの情報では国王であるルイスから正式に「国家反逆罪の疑いは、間違いだった」と言う報せも下りてきていて、テオドロスは無罪放免となった。
人騒がせなことであっても、国王陛下が是といえば罷り通ってしまう。それは悪体制だ。ロザリアは嫌な気持ちになったが、これを打開するには極端な方法しか浮かばず悔しさに唇を噛むしかなかった。
馬車を降りて、ロザリア達はお茶会の会場へと向かう。初めてアシュバートンの王城を訪れたフリュイは、自国のそれとの建築様式の違いに目を輝かせている。
「まぁ、素敵なお庭ですね奥様」
「ええ。花の季節だから、今は特に素敵ね」
アスターの建物や庭とは確かに趣が違うので、この騒動が終わった後、アスターに戻る前にフリュイをあちこちに連れて行ってあげよう、とロザリアは決める。
本日は天気もよく、王妃の茶会は庭園で開かれていた。あちこちに大きなパラソルとテーブル、椅子が設られていて皆めいめいに会を楽しんでいる。かのように見える。
実際は、席が決まっていない所為で所在なげにしている令嬢や、仲の悪い相手のことをあからさまに避けている様子の夫人などもいて、全体的にギスギスしていた。
「さて、まずは挨拶に行かなくてはね」
主催の王妃、ではなくその代理人である愛妾のモニカの辺りだけが不自然に盛り上がっている。
しかし顔ぶれは新興の貴族や商人などが多く、モニカを利用してやろうという魂胆が透けて見えるかのようだった。
そちらに向かってゆっくりと歩いていくと、周囲の貴婦人達はロザリアを認めて驚いたように目を見開く。
ロザリアがモニカの茶会に現れたことにも、アスターのドレスを着ていることにも驚いているようだ。ただ、最高級のアスター織のそれは、絹の交易が始まったことによりアシュバートンでも最先端の流行となっている。
若い令嬢達の中にはロザリアがやってきた意図を探る視線よりも、ドレスの方への羨望の視線の方が強いように感じた。
自然と人が道を譲ってくれたので、ロザリアは頓着することなくスイスイとモニカに近づく。すると、声を掛ける前に向こうの方がこちらに気づいて微笑んだ。
「まぁ、ひょっとして、ロザリア・エインズワース様?」
愛妾モニカは、確かに平民にしておくには勿体無いぐらい愛らしい容姿の女性だった。
ピンクがかった栗毛に、大きな青い瞳。ぷるんとした紅い唇。小柄だが凹凸のハッキリとした肉感的な体型をしていて、それを強調するかのようなデザインのドレスを着ている。
「……」
その彼女から白々しく声を掛けられて、ロザリアは黙って微笑む。
ロザリアが現在エインズワース侯爵令嬢であろうと、オルブライト夫人であろうと、アスター公爵令嬢であろうと、愛妾とはいえ平民であるモニカよりも立場は上だ。
アンジェリカにも告げたことだが、身分が下の者が先に声を掛けるのはマナー違反である。しかし、現在の王城では愛妾であるモニカこそが、最も身分の高い女性として遇されているようだ。
王子を産んだれっきとした王妃がいるというのに、周囲の対応も信じられないぐらい嘆かわしいことだった。
「お招きありがとう、モニカ。私は、ロザリア・アスター・オルブライトよ」
傲岸にそう言うと、案の定モニカはムッとする。
「そういえば再婚したってルイス様が言ってましたわ。ロザリア様とお呼びしてもいいですか?」
「まぁ、私達そんな仲ではないでしょう。どうぞ、オルブライト夫人と呼んで頂戴」
甘えるような笑顔を浮かべるモニカに、ロザリアは仮面のような薄い笑顔を向ける。仲良くするつもりはない、とハッキリ告げたが、モニカはにたりと笑った。
そして一転して、顔を両手で覆って嘆き出す。
「ロザリア様、ひどいです! ルイス様の前の奥様と仲良くなりたいだけなのに……!」
この論法で今まで成功したことでもあるのだろうか? ロザリアは単純に疑問を抱く。
「恋人の前妻と仲良くしたいと言うのは稀有な考えだし、前妻の方の気持ちも考えてくれない? ルイス様とは離婚したのよ、今の恋人と友達でもないのに仲良くなりたいわけがないじゃない」
ごく純粋な正論だったので、周囲にいた者もそうだなと納得してしまう。が、慌ててモニカのご機嫌取りに戻った。
愛妾として蔑まれた時に、この方法で相手をやりこめてきたのだろうが、ロザリアには本当にモニカと親しくなるメリットがないので、取り込むには無理があった。
モニカを利用しようとしている取り巻き連中は彼女の機嫌を取り持とうとするが、周囲の出席者達はヒソヒソとモニカを嘲笑う。
「それに前妻ではなく今の奥方……王妃様と親しくなる方が先ではないの? 愛妾としては」
ロザリアがキッパリと愛妾という言葉を口にすると、一瞬モニカの愛らしい顔は憤怒の形相になった。だが、それは本当に一瞬のことで、すぐに笑顔に戻る。
「アンジェリカ様とは仲良くさせていただいておりますわ」
「まぁ、そうなの?」
ロザリアが器用に片眉を上げて訊ねると、モニカはわざとらしく恍惚とした表情を浮かべた。
「ええ。だって、この王妃の茶会の主催を任せていただいているんですもの。仲の良い証拠でしょう?」
「……」
ざわりと周囲に動揺が走り、ロザリアは静かに目を細める。
皆が口に出来なかったことを、敢えてこの場で堂々と言い放つ。なるほど、賢くはないが度胸のある女だ、とモニカを認めた。
しかし後ろ盾も身分もない危うい立場で、ルイスの寵愛だけを理由にここまで傲岸不遜に振る舞えるとは恐れ入る。怖いもの知らずなのか、本当に肝が据わっているのか。
もしもルイスがロザリアに向かって『お前を愛することはない』と言った原因がモニカだったとしたら、ロザリアは彼女に王妃の座を譲らなかっただろう。
おべっかを使う商人達を取り巻きにして、彼らから買ったのであろう大粒の宝石をたくさん身に着けたモニカの姿は、醜悪だ。ルイスがどんな女を愛そうと知った事ではないが、国庫を傾けかねない浪費癖の女は看過出来ない。
国庫は、モニカの自由に出来る財布ではないのだ。
黙ったままのロザリアに、モニカは勝利の笑みを浮かべると鷹揚に頷く。
「どうぞ、私の会を楽しんでらしてね、ロザリア様」
そう言い残して、別の者からの挨拶を受ける為にモニカは取り巻きの商人や新興の貴族達と共に移動していく。
その背を見送ることもなく、ロザリアは扇で口元を隠して溜息をついた。モニカはとんだ勘違い女だ。
この茶会に出ている貴族女性達は、モニカを敬っているのではなく彼女の背後にいる国王に配慮しているだけ。取り巻き達は、馬鹿な小娘を利用してやろうと企んでいるだけ。
妃になりたいというのは、贅沢がしたいからなのか、平民として国で一番地位の高い女性という立場に憧れているのか。
どこに真意があるかはまだ掴めないが、ロザリアはモニカを妃にはしたくない、と感じた。




