49.二通の手紙
翌日。
ロザリアは、ルイスと話す前にアンジェリカに会っておきたいと考えて正式な謁見願いの形で文を王城へと送った。
その返事が返ってくるまでは、体調が悪いということを口実にして侯爵邸に引きこもる。
フレデリカは社交に出掛け、昨夜気まずいやりとりをしたアルバートも朝から屋敷を留守にしていた。
その間に、ベネディクトと共に作戦を練ることにする。が、保守派の兄としては『ルイスを説得する』しか手段が思いつかないらしい。
「一年だか議会はその調子だったので、ルイス様は強行突破するつもりです」
ロザリアがそう告げると、ベネディクトは青褪めた。
「国民の前で離婚と再婚を宣言するだって? 我が君は正気か?」
「ルイス様って以前はもう少しトロ……おっとりした方だったと思うのですが、やけに追い詰められているご様子でしたわ……」
ロザリアも心配になって、ついそう呟く。
仮初とはいえ、いっときは夫婦だったのだ。情を交わしてはいないが、情が湧くこともある。
テオドロスは不満そうに目を細めたが、ずっとテーブルの下で手を繋いでいるおかげか、不満を口にすることはなかった。
「ああ、それは……モニカ嬢にせっつかれているからだろうねぇ」
「そのモニカと言う女、本当に何者なんです? ルイス様の話では城下でたまたま出会ったということですが……」
「ロザリアの懸念は分かるよ、他国からの刺客じゃないか、というんだろう?」
ベネディクトの疲れた声に、ロザリアは素早く頷く。
「王を堕落させると言う意味では十分に刺客の役目を果たしているけれど……残念ながら、本当に生まれも育ちもアシュバートン王都の、平民のお嬢さんだよ」
「……ええと、では我が王は本当に、ただ恋に逆上せているだけだと……」
「そうなるね……」
兄妹の会話を聞いて、テオドロスはため息を飲み込んだ。
再三ロザリアが言っているように、実に下らない話であり、けれど国家の危機でもあった。
「……そのモニカという女は、愛妾になるだけでは満足していないんですか?」
聞けば、既にモニカは王城に部屋を与えられて、まるで女主人のように振る舞っているのだという。
アンジェリカ王妃が王子を授かり立場も盤石な現在、国王であるルイスが愛妾を囲うぐらいならば皆目を瞑る筈だ。
アシュバートンの長い歴史を紐解けば、愛妾のいた国王は多い。
なんなら、男女の関係ではないが女性のブレーンとして側に置く為に愛妾、寵姫として王をサポートした優秀な女性もいたぐらいだ。
王妃と愛妾の区別は厳格にあり、愛妾が孕ってもアシュバートンでは継承権は与えられないし、個人として財産も与えられない。
ただ愛し合っているだけならば、モニカは現状で十分な筈だった。
「頑として妃になりたいと言い張り、ルイス様はその願いを叶えてやるおつもりらしい」
「平民にとって愛妾とは日陰の身のイメージで、受け入れられないのでしょうか」
ロザリアは唸る。
かつてはアンジェリカもモニカと同じような立場だったが、アンジェリカ自身の努力により王妃としての資質が磨かれた為、ロザリアもその場を譲ったし議会も彼女を認めたのだ。
そうでもなければ、流石に何も知らない小娘を王妃に据えたりなど出来ない。
「……困ったお嬢さんなんだよ」
ベネディクトはほとほと弱った声で言う。
王が愛妾にうつつを抜かしているのならば、実質議会を動かしているのは国のナンバーツーである宰相、つまり彼だ。
兄のことは平和な国の運営が妹の自分よりも上手だ、と評価しているのだが、それでも苦労がないわけではない。
「ご苦労様です、お兄様」
「全くだよ。早々に引退した父上が羨ましい」
「何を弱気なことを」
とはいえ、ロザリアとて政治的な悩みなら大歓迎だが、他人の色恋の後始末など御免被る。
「いくら最高権力者とはいえ、王の我儘を際限なく叶えていくわけにはいかない。この国は彼の方お一人のものではないのだから」
「ええ」
国は国民皆のもの。
王や貴族はその運営を任される代わりに、平民よりも多くの富や立場を与えられているに過ぎない。私利私欲で国の利益を損ねれば、それは粛清の対象になる。
「まぁ……二回離婚して三回目の結婚をしたい、なんて平民でも非難されることだろうけれどね」
相変わらず疲れたベネディクトの言葉に、ロザリアとテオドロスは笑ってしまった。
そんな風にロクな策は浮かばないものの話し合いを重ねていると、王城から手紙が二通届いた。
一つはアンジェリカとの面会への断りの返事。もう一つは王妃の茶会への招待状だった。
「……面会の代わりにお茶会で会おう、ということ? でも確か昨日、ルイス様がアンジェリカ様は離宮に引きこもっていると……」
ロザリアが不思議そうに首を傾げると、ベネディクトが頷く。
「その茶会はモニカ嬢主催のものだよ」
「……そんなことが許されるんですか?」
流石に驚いて、テオドロスが口を挟んだ。元王妃であるロザリアは絶句している。
「王城内で行う内々の茶会だからね、陛下が許可して好きにさせてしまっているんだ。勿論主だった貴族のご夫人方は何かしらの理由をつけて欠席しているけれど……」
断りきれない立場の夫人や令嬢は、出席せざるを得ないようだ。
確かに王妃の茶会は内々のものだが、貴族女性には大きな意味がある催しだ。
かつてロザリアが開いた王妃の茶会は、そこに招待されること自体が誉れでありこぞって皆参加したがった。
そのおかげで毎回出席していたアンジェリカの人となりを皆が知ることとなり、その後のアンジェリカが王妃となった後も貴族夫人たちとの交流は良い形で続いたと聞いているが。
「茶会の日取りは明日だ。急な誘いだし、今のロザリアの立場はアスター公爵令嬢だから、お断りしても問題ないと思うよ」
ベネディクトがそう説明してくれてたが、ロザリアは別のことが気になった。
「……いくらルイス様が許可しているからといっても、王妃の茶会と名のついている会の仕切りを他者に任せているなんて……アンジェリカ様らしくないわね」
ベネディクトもテオドロスも、アンジェリカのことはよく知らない。だがロザリアは彼女を知っている。
少なくとも、王の寵愛を奪われたからといってただ泣き寝入りしているような女性ではなかった筈だ。
「この茶会、参加します。ついでにアンジェリカ様にもお会いして来ますわ」




