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45.運命の出会いと真実の恋

 

 応接室に向かうと、国王陛下に失礼がないように家令が直接応対していた。

 フレデリカが現れたことで、彼もほんの少しだけ安堵した様子をみせる。


「奥様」

「ご苦労様。後は私が引き取るわ」


 家令を労わると、フレデリカは応接室に入った。ロザリアとテオドロスもそれに続く。

 中では、久しぶりに見るアシュバートン国王ルイス陛下が、ブルーベリータルトをご機嫌な様子で食べていた。


「相変わらず健やかな……」


 小声でロザリアが呟くと、ルイスは顔を上げて彼女を認め、パッと表情を輝かせる。


「ロザリア! 久しぶりだな」

「お久しぶりです、陛下」


 ロザリアは前に進み出てカーテシーを行う。娘と同じように礼を執ったフレデリカが、淑女らしい微笑みを浮かべた。


「陛下、我が家へ来てくださって光栄です」

「ああ、エインズワース侯爵夫人。急に来てすまんな」

「……」


 フレデリカはただ微笑んで、ルイスの言葉を受け取る。そして三人がソファに座る間も待てず、ルイスはずい、と身を乗り出した。


「ロザリア! お前、どうして俺からの手紙を無視していたんだ」

「えぇ? 帰国要請のお手紙に応じてこうして帰ってきているじゃありませんの」


 ロザリアは笑顔ですっとボケる。

 それを見て、ルイスは舞台役者のように大仰な仕草で首を横に振った。


「違う! 随分前から、お前にだけ分かるサインを送っていただろう、俺は!」


 ロザリアとルイスだけの符牒、と聞いてテオドロスが悋気を揺らめかす。慣れっこの彼女は、夫の指をぎゅっと握ってすぐに離す。それから、白々しく首を傾げてみせた。


「なんのことでしょう? 私にはちっとも心当たりがありませんわ」

「キルシュ・ドーランから手紙が届いていただろう! あの偽名は、俺が議会に提出する書類作成者として使っていた名だ!」


 アシュバートンでは、議会に提出する書類は書記担当の文官が用意する。しかしロザリアが王妃だった頃は、ルイスを賢君とすべき課題として彼自身に作成させていたのだ。

 まさか馬鹿正直に作成者としてルイスの名を書くわけにもいかず、架空の人物として生み出した名前が『キルシュ・ドーラン』だった。


 内容はまだしも、それを書いた文官の名を気にする者はいなかったのだ。

 だから、キルシュ・ドーランなる者から手紙が届いた時点でロザリアは差出人が誰なのか分かっていたが、偽名の手紙を無視していただけだ。


「陛下こそ、お忘れではなくて? 離縁した後は一切個人的な要請には応じないというお約束でしたわよね? 一筆いただいておりますのに」

「国家の危機だ!」

「ならば最初から王印を使って連絡をくださいますれば、すぐに応じましたものを」


 さらっとキルシュ・ドーランからの手紙を無視していたことをロザリアは暴露したが、今はそれどころではないルイスは気づかない。


「それにしたって、元々はお前が俺の連絡をずっと無視していたから、こんな切迫した事態に追い込まれているんだぞ」

「私は陛下のお守りではありません。私の夫を捕らえようとしたことも、許していませんからね」


 ロザリアが眦を吊り上げて言うと、ルイスはバツが悪そうにテオドロスに視線を向けた。


「……あの件は悪かった、オルブライト。お前を捕らえておけばロザリアは命令に従うかと思ったが……怒らせてしまって逆効果だった」

「……はあ」


 テオドロスはどう反応したものか、悩む。

 国家反逆罪の疑いをかけられたのだから、簡単に許すとは言えない。しかし自国の国王陛下にここまで素直に謝られてしまっては、なんだか毒気が抜けてしまうというものだ。


「テオ、許す必要なんてないわよ」


 ロザリアが鋭く言うと、ルイスは眉を下げる。


「しかしお前、あれほど何度も元夫から手紙が来たのだから、少しぐらいこちらに関心を持ってもいいだろう!」

「ごめんあそばせ。現夫との生活が満ち足りておりまして」

「うう……もう別の男と結婚しているなんて、薄情な女だ」

「その言葉、倍にしてお返しいたしますわ。初手で私を愛することはないと宣言なさり、現王妃様との結婚の為に利用したあなた様にだけは、言われとうございません」


 キッパリとロザリアが言うと、ルイスはさすがに項垂れる。

 しかし素直で能天気な王様は立ち直りが早い。彼は自分がなんの為に先触れもなくお忍びでエインズワース侯爵家を訪ねたのかを思い出して、不死鳥のように雄々しく意欲を蘇らせた。


「そう! それが本題なんだロザリア」

「……」


 ルイスがずい、と身を乗り出してきたので、同じだけ退く。


「頼む、ロザリア! 俺とモニカを結婚させてくれ!」


 前置きも説明もなしのその懇願に、ルイス以外の者は呆れた表情を浮かべる。実は先程、フレデリカから聞いた国王のゴシップ、とはこれだったのだ。

 大恋愛の末に結ばれたルイスとアンジェリカ。彼らの恋物語に国民も感動し、影の功労者であるロザリアも含めて王家の心象は大変よかった。


 しかし、それは長く続かない。二度あることは三度ある。

 一年前。本人曰く『運命的に出会い、真の恋に落ちた』のが、モニカという女性だった。


「…………お断りします」

「なんでだ!?」

「むしろ何故私にその願いを言ったのです? 私に陛下を助ける義理も義務もありません。そもそも陛下にはアンジェリカ様という妻がおられ、しかもそのモニカという女性を私は知りませんわ」


 すらすらとロザリアが言うと、我が意を得たりとばかりにルイスは事の次第を説明し始めた。


「そうか、ロザリアはモニカに会ったことがないからそれも仕方がないな」

「いえ、説明は不要なのですが……」


 素早く止めたが、気に留めずルイスはご機嫌で喋り続ける。


「モニカは、俺がお忍びで城下に降りた時に出会ったんだ」

「お忍び……そんなことを許しているなんて、城の警備は手ぬるいですわね」


 元王妃の視点でぼそりと文句を言うと、それを拾ったテオドロスが面白そうに笑った。

 フレデリカは退屈しているらしく、そうとは気取られないように美しく微笑みながら明らかに別のことを考えていて視線が明後日の方を向いている。


「俺が暴漢に襲われそうになったところを助けてくれたのが、モニカだった……あの凛々しい姿。彼女は俺の命の恩人、まさに聖女そのものだ」

「何をさらっと襲われた話をなさっているのです、もっと御身の立場を理解なさいませ。警備担当は誰です」


 恐ろしいことを言われて、ルイスの軽率さと彼を野放しにした警備部への不信をロザリアは募らせる。平和な国になったし、外敵の心配もないと思って王妃を卒業した気になっていたが、敵は身の内にあり。

 ルイス自ら危険を招いていたなんて、どうしようもない王様だ。


「それで、俺とモニカは恋に落ち……」

「展開が早い……」

「俺は、彼女を真剣に愛しているんだ! モニカを妃として迎えたい」

「……展開がおかしい」


 ルイスはここ一番のキメ顔でそう宣言し、ロザリアは眩暈がした。始まりのあの日。『お前を愛することはない』と言われた時とは比にもならないぐらいだった。


 あの頃はロザリアも所詮、頭でっかちの世間知らずの小娘だった。一度王妃を迎え、それを後にすげ替える、などという異常なことをあっさりと受け入れてしまったのだから。

 今思えば、怖いもの知らずだった。

 そしてそれを成し得てしまえるだけの立場と、状況と、実力があってしまった。


「あの……質問よろしいかしら」

「許す」

「アンジェリカ様のことは、どうなさるおつもりで……?」


 無意識にロザリアは手を彷徨わせて、テオドロスの手を探し出した。そっと指先で触れると、彼はしっかりと指を絡めて繋いでくれる。

 ロザリアが迷った時や、背中を押して欲しい時に迷わずしっかりとテオドロスは手を繋いでくれる。まるでロザリアと共にどこまでも行ってくれるかのように。道を誤り墜ちる時も、共に墜ちるとでも言うように。


「残念だが、離縁することになる。お前の時と同様に、十分な慰謝料を払うつもりだが……」

「そうではなく! アンジェリカ様のお心はどうなるのかと、聞いているのです!!」


 思わずロザリアは怒鳴った。



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