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44.国王来襲

 

 そして一通りフレデリカに話を聞いたロザリアは、ルイスが『キルシュ・ドーラン』の名で何度も手紙を送ってきていた理由を知って、眩暈がする。

 やはりアシュバートン国の危機などではなく、ごくごく個人的かつ下らない用事でロザリアに助けを求めようしていたのだ。

 分かってはいたが、事実を知ると愕然としてしまう。


「もう……本当に、なんというか、あの方は、本当に……」


 深い溜息をつくと、隣に座るテオドロスが心配そうにこちらに向き直り労わるように彼女の髪を撫でた。思わずもっと、と言わんばかりに手の平に頭を押し付ける。

 フレデリカがそんな娘夫婦の仲睦まじい様子にニコニコと微笑んで眺め、メイドが如才なく鎮静効果のあるハーブティーのカップをロザリアの前に置いた。


 こんな個人的な下らない事態に巻き込まれない為に、ルイスと離婚した際に個人的な事情にはロザリアは関わらないという約束をしておいたのに。

 授爵という口実を作ってまでテオドロスを巻き込み、城内に入ったところで彼を拘束し彼を人質にして、ロザリアに事態の収束させようと目論んだのだろう。


「王妃時代に二年間も教育したのに、無駄だったみたい……」

「今回は、前回と違って相手も悪いのよねぇ」


 フレデリカがおっとりとカップを傾けながら、意味深なことを言った。

 するとそこで廊下がにわかに騒がしくなり、その喧騒が居間にまで届いた。まさか先程の衛兵達が再びテオドロスを捕まえる為にやってきたのだろうか?

 ロザリアは先程の恐怖を思い出して、咄嗟に夫の腕に抱き着く。すぐさま彼は座ったまましっかりと抱き寄せてくれた。


「あら、騒がしいこと。一体なにごとかしら?」


 フレデリカが落ち着いた様子で呟くと、従僕が慌てて居間に駆け込んできた。


「失礼いたします、奥様」

「どなたがいらしたの?」


 従僕は困った様子で、チラリとロザリアを見遣る。


「その……国王陛下が……お嬢様に話があると、いらしています」

「!」

「あら、まあ」


 笑顔を深めたフレデリカは、手元の扇をパチン、と音をたてて閉じた。

 現在この屋敷の主であるアルバート・エインズワースも嫡男のベネディクト・エインズワースも不在だ。

 となると決定権は侯爵夫人であるフレデリカにあり、皆の視線が彼女に向かう。


「陛下を丁重に応接室にご案内して。お話には、私とテオドロス様も参加することをお伝えしてね」


 従僕にそう告げると、フレデリカは僅かな衣擦れの音をたててゆっくりと立ち上がる。それから娘に手を差し伸べた。


「さ、ロザリアは少しこちらにいらっしゃい。陛下の御前に出るなら少し整えなおしましょうね」

「フレデリカ様……」


 途端、従僕は青褪める。

 ロザリアは元々謁見の支度をして登城したのだから、ドレスを着替える必要もない。フレデリカとて自宅で寛いでいたとはいえ侯爵夫人。急な来客を出迎えるのに恥ずかしい恰好はしていない。

 暗に国王を待たせておけ、という女主人の言葉に、従僕はオロオロとする。しかしフレデリカはただ少女のように朗らかに微笑むだけだ。


 正直、先触れもなく突然やってきたルイスのことは何時間でも待たせおけ、と同意見だが、それを告げることになる従僕が気の毒で、ロザリアはそちらを見た。


「……陛下はベリーのタルトがお好きよ。屋敷の料理人の得意なお菓子もそれだったと思うけど……今日もあるかしら?」

「! お嬢様がお帰りだったので、料理長が先程張り切って作っておりました!」

「そう、じゃあ焼きたてね。陛下にお出しして、素直な方だから……きっとお喜びになるわ」


 溜息をつきたい気持ちで言うと、従僕は大きく頷いて居間を出て行った。


「お母様ったら」

「そんなに嫌そうなお顔、似合わないわよ」

「そうですよ、ロザリア」


 テオドロスにも加勢されて、ロザリアは唇を尖らせる。夫の腕をブラブラと振って不満を示した。


「めんどくさいから、会いたくない」

「裏口から逃げますか?」

「まぁ、テオドロス様は随分ロザリアを甘やかしてますのね」


 ふふ、とフレデリカは笑う。妻の母親の前であろうと、テオドロスのロザリアへの態度は一向に変わらない。


「はい。愛しておりますので」

「まあまあ、これはご馳走様ですこと。そうね、意外とロザリアは甘えん坊だから、あなたぐらい甘やかしてくださる旦那様じゃなくちゃ務まらないわねぇ」


 そんなことを言っている状況じゃないのに、母と夫が好き勝手言っているのを聞いてロザリアは羞恥で頬を赤くする。しかし、同時になるほどとも思った。


 テオドロスはいつもロザリアを尊重し、めいっぱい甘やかしてくれる。

 父には厳しく育てられ、母も優しい人だが甘い人ではない。兄は次期当主だから、と妹のロザリアを構う余裕もなかった。

 ロザリア自身も自分の生まれや立場をよく理解し、幼い頃から自分に厳しく妥協せず己の研鑽に励んできた。きちんと、適切に愛されて育った。

 しかし、こんなにもありのままの自分を受け入れて、肩ひじ張らずにいられる愛され方をしたことはなかった。テオドロスと共に過ごすことは、ロザリアにとって初めて人に甘えるという特別な日々だった。

 そして、自分が甘えたいタイプであるルイスとは特に合わなかったのだ。


「ロザリア? どうかしましたか」


 もしも、ルイスとの結婚当時『お前を愛することはない』と言われることもなく、アンジェリカと彼が恋仲でなかったとしたら。

 ロザリアは政略結婚とはいえ、そこそこルイスと良好な夫婦関係を結び王妃として国母としての役目をこなすことは可能だろう、と考えていた。しかし、母曰く甘えん坊の自分では、ルイスとの普通の結婚は早々に破綻して、悲惨なことになっていたのかもしれない。

 たらればに興味はないが、改めて二年で契約結婚が終わり、その次にテオドロスと再婚出来たことを幸いだと思った。


「……私も、お前を愛している、と思っただけよ」


 つい思ったままもことを口にすると、テオドロスの顔がパッと赤くなった。遅れてここが実家で、母親の前だということを思い出してロザリアも赤面する。


「あ、自分は恥ずかしげもなく言うくせに……」

「愛しい人、どうか二人きりの時にもう一度言ってください」

「なんなの、もう……」

「ふふ、仲良しねぇ。じゃあ、そろそろ応接室に行きましょうか」


 本当にルイスを待たせて焦らすことが目的だったらしく、赤面する娘夫婦をフレデリカは朗らかに促した。





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