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39.碌なことにならない、招待状

短編をリブートした0話を一番最初に割り込み投稿してます。

そちらも是非読んでいただけたら、嬉しいです!

 

 もはや説明する必要もないだろうが、ロザリアにアシュバートンへの帰国を促す手紙を送り続けてきていた『キルシュ・ドーラン』卿の正体はアシュバートン国王、ルイス・アシュバートンだったのだ。


 そしてついに今回、アシュバートン国王ルイスの本名で、直々に、ロザリアへと手紙が届いた。

 だが、実はテオドロスにも、アシュバートン王国から勅命の記された手紙が来ていたのだ。


 それはアスター国内のアシュバートン領事館に届き、事務官からテオドロスの手へと渡った。

 その旨を彼がロザリアに説明すると、彼女はものすごく嫌そうな表情を浮かべる。


「内容は」

「聞きたくなぁい……」

「分かりました、無視しましょう」

「待て待て、落ち着きなさい。そんなわけにはいかないでしょう」


 ロザリアの言葉にテオドロスがあっさりと勅命の書かれた封書を下げたので、彼女の方が慌てた。


 アスター公爵邸は今日も静かだ。

 特殊な事情で養女になったので、ロザリアの私室は母屋から外の渡り廊下を渡って辿り着く離れが与えられている。密談にもってこいだった。


「貴女が嫌なら、私はこの命令を無視しますよ。職を辞しても構いませんし」

「ダメダメ! テオは色んな国に行きたくて外交官になったんでしょう?」

「外交官でなくとも、各国には行けます」

「そうだけど……私のワガママでお前から自由を奪いたくないわ」


 唇を尖らせてロザリアが眉を下げると、テオドロスはちょっと笑った。


「些細なことでも私のことを考えてくださる、貴女のことが好きです」

「勅命無視して職場放棄は些細じゃないわねぇ……」


 無駄な問答をして気持ちが解れたロザリアは、しかしそれでもその勅命とやらの中身を聞くのが嫌で、気を紛らわす為にテオドロスの膝に座って彼の長い黒髪を三つ編みにしだした。

 これで心の安寧を図る作戦である。


「よし、読んでちょうだい」

「はい」


 愛おしそうにロザリアの頬にキスをすると、テオドロスは落ち着いた甘く響く声で手紙の中身を読み上げた。

 長々と婉曲で装飾的な言葉の羅列が続いたが、要約するとこうである。


 外交官であるテオドロス・オルブライトは、長く国交を最低限にしていたアスター国とアシュバートン国の間に交易を開き、上質な絹織物の販路を築くことに成功した。

 今年はアシュバートン国王ルイス陛下と王妃の元に待望の第一子である王子様が生まれたことのお祝いにより、テオドロス・オルブライトの功績を讃えて、異例のことだが伯爵位を授けることとする。


「…………伯爵ぅ?」


 ロザリアの形のいい眉が片方、ぴん、と吊り上がった。

 そして手紙にはまだ続きがある。

 ついては、授爵式を執り行うので必ず出席するように、とのことだった。


「わざわざ式を? というか、まず男爵でも子爵でもなく、伯爵位? 大出世ね、テオ」


 ロザリアがに皮肉っぽく笑うと、テオドロスは不敵に微笑む。


「恐らくそれより下の爵位では、私一人の為に『授爵式』を開くことが出来なかったのでしょうね」

「怪しい……すごーく怪しい」


 アスターと絹の販売販路を築き、貿易の道を開いた功績で、テオドロスはアシュバートン王より伯爵位を賜ることとなった。やや大袈裟ではあるものの、経緯だけでけ聞けば不審な点はない。


「……私には分不相応なのでお断りしましょうか?」

「だから落ち着けと言ってるでしょう!」


 そこだけ抜きだせば不審ではないが、再三『キルシュ・ドーラン』という偽名でルイスがロザリアに手紙を送り続けていたことにより、なんとしても彼女を帰国させたい意図が透けて見える。


「ああ、もう……せっかく偽名の手紙を無視してたのに、こんな強硬手段に出て来るなんて……」

「貴女宛ての手紙には何と書いてあったんですか?」

「ん」


 ぽて、と手紙をテオドロスの手に押し付けると、彼女は夫の首に抱き着いてうだうだとごねた。アシュバートンによほど帰りたくないらしい。ぴったりとくっついてくる妻の体をしっかりと支えつつ、テオドロスは手紙を開いた。

 そこには癖のある字で、必ずテオドロスの授爵式に同行すること、とだけ書かれている。


「……ここに来ても、貴女に助けて欲しいことについては書かれていないのですね」

「んもぅ、なんなの、絶対あの人が余計なことしてドツボにハマってるだけよ。自力でなんとかなさいよね」

「同感です」


 ただえでさえアシュバートンの王妃を一時務めた所為で、色々と厄介なことに巻き込まれているのだ。

 王妃を辞した今、せめてルイスの後始末係だけは断固拒否したい。


「大体そういうのは今の王妃……アンジェリカ様のお役目でしょうに!」

「とはいえ、アンジェリカ王妃は只人です。私の美しい最愛のような才知には恵まれていないので、難しいのかもしれませんね」


 二通の手紙をテーブルに置いて、テオドロスは改めてロザリアをしっかりと抱きしめた。


「うう……一応アシュバートンを出る前に、個人的な理由で私を頼らない、という誓約書にはサインもらってるの」

「さすが抜かりありませんね、ロザリア。だからこそ、こんな授爵式なんて持ち出してなんとか貴女を連れ戻そうとしているのでしょう」

「私は魔法使いでも神様でもないのよ。ちょっと二年ばかり活躍したちょっと頭のいいただの小娘なんだから、それよりも経験豊富な周囲の者に頼りなさいよ国王……」


 自信満々でいることだって一種の政治的手管なので、ロザリアは人と相対する時はわざと強気な仮面を被っている。しかし万能の天才というわけではないのだ。


「政治的問題なら参加するのも吝かじゃないけど、陛下直々の手紙なんて絶対個人的な下らない悩みだもの! 私関係ないのに!」


 つまるところ、興味のない問題の為に煩わされるのが嫌なのだ。

 抵抗したところで勅命が届いている以上、拒否することは出来ない。

 それが分かっているので、テオドロスはうだうだとしているロザリアをひたすら甘やかしているのだった。


「……私だけで行ってきましょうか?」

「それは駄目よ! 妻がいるのに式典に一人で出るなんて、お前が周囲の笑い者になるわ。そんなこと絶対させない」


 それとこれとは話が違う。

 ロザリアが決してテオドロスに恥をかかせはしないことを見越して、『テオドロス』に褒賞を与える形にしているところが小賢しい。


「はぁ……逃げ切れないものね」


 溜息をつくと、すかさずテオドロスが熱心にそう言って来る。

 彼は本当にそうするだろうし、ロザリアが望む限り手を取って共に地の果てまで行ってくれるのだろう。

 こう見えてロザリアは愛情深い女なので、己の愛する男にそんな不遇を強いるつもりはなかった。


「貴女の為なら、私はどこまでも共に逃げますよ」

「なんて素敵な口説き文句かしら。好きよ、テオ」

「私は愛しています」


 彼の唇を頬に受けながら、ロザリアは肩を竦めて笑う。

 どのみち、いつまでも逃げ続けるのは性に合わない。面倒なので避けていたが、ルイスが本気で追いかけてくるのならば、ロザリアとて彼の願いとやらをベコベコにしてあげるまでだ。


 自由に謎と知識を探求し愛しい夫に愛し愛される楽しいロザリアの日々を邪魔する者には、容赦はしない。

 真正面から受けてたとう、と心を決めるのだった。


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