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38.ついに、知っている男

 


 それから、数日が過ぎた。


 近頃のロザリアは、もっぱらアスター公爵邸で義父であるオーケンと共に政治の話をしている。彼は王としては弱腰で頼りのない人物だと思っていたが、融和策についてはバリエーションが豊富でロザリアも学ぶことがあった。


 勿論そのままの方針で政治を進めていってしまうと、八方美人でどっち付かずな政策になってしまうだろうけれど、適宜取り入れていく分には使えそうだ。

 今ではオーケンが後見人を務めている平民の学生たちも数名参加することもあり、議論はいつも白熱していく。


 オーケンが後見しているのはいずれも貧しい家の出だが優秀な若者ばかりで、枠にはまらない考えが飛び出すのでこちらとしても勉強になる。しかも生徒の中には女性もいて、ロザリアには嬉しい驚きだった。


 そして今は、彼女はメイドと共に市場に買い出しに出て来ている。


「ふふっ」


 皆への差し入れにしようと買い求めた温かい蒸し菓子。それを抱きかかえた嬉しさでロザリアは思わず笑う。

 アシュバートンの侯爵令嬢として生まれ育ち、王妃にまでなった彼女には自由以外の全てが与えられていたので、自分の好みというものにあまり頓着していなかった。

 しかしこうして自由を手に入れて過ごすうちに、あれこれと好みが表面化してきたのだ。


 甘いお菓子は勿論好きだったが、バターたっぷりのものよりも少し歯ごたえのある硬い焼き菓子の方が好きだとか、お茶はスッキリした香りの方が好きだとか。

 些細な発見だったが、これまで知識欲以外の欲らしいものを感じていなかったロザリアには大きな変化だ。


「結構充実した日々を送っていたつもりだったけど、まだまだね。人の欲とは尽きぬもの、足らぬを知るって大事だわ」


 勿論令嬢として美しく着飾り、少女達に人気の舞台や小説に目を通し、流行を把握してはいたが、それはそうする必要があってしていただけ。今までも楽しく過ごしてきたと思っていたが、視野が狭かったことを知ったのだ。


「そうなると、やっぱりまだ行ったことのない国に行ってみたくなっちゃう……秘境とか。あと野宿もしてみたいわね。テオは反対するかもだけど……」


 そこは可愛らしくオネダリしよう、と決める。

 テオドロスときたら、ロザリアに縦のものを横にもさせない溺愛ぶりで、野宿したいなどと言ったら最悪一晩ロザリアのことを抱っこして過ごしそうだ。それはそれで、ちょっと面白そうだが。


 フリュイとベルが荷物は全て持つと言ってくれたが、この温かい包みだけは自分で持ちたくて、ロザリアは両手で大事に抱えている。

 リッカに教えてもらった肉饅頭の店は美味しかったが、甘い味がなかったのでロザリアはコツコツ開拓したのだ。

 アスターは蒸して作るお菓子もバリエーションが豊富であり、ロザリアは自分では使えもしないのに、蒸籠について店主から熱いレクチャーを受けてきた。


 ふと視線を向けると、街角にテオドロスが立っているのが見える。仕事終わりの彼とそこで待ち合わせして、少し散歩して帰る予定だったのだ。

 アシュバートンの文官の制服を少し着崩してラフな姿の彼に、ロザリアは頬が熱くなる。

 自分の夫は、いつもロザリアのことを女神のように称えるが、彼だって惚れ惚れするような男ぶりだ。

 体の厚みは実際の武官であるリッカに軍配が上がるが、手合わせをした時にはテオドロスは一切引けを取らなかった。

 武器を使うとまた話が違ってくるのだろうが、組手だけでも十分にテオドロスは強い。

 優しくて、ロザリアにべた惚れで、頭がいい上に強いだなんて、非の打ち所がない男である。


 ベル達を促してそちらに向かうと、最初は雑踏で見えなかったテオドロスの傍らにアスターの女性が立っているのが見えた。

 知り合いだろうかと気にせずロザリアが近付くと、その女性は突然テオドロスの腕を抱きしめ自分の豊満な胸に押し付ける姿まで見てしまった。

 思わず『演劇で見たことのある、色仕掛けのシーンだ』とロザリアは立ち止まったが、ベルとフリュイは怒りをあらわにした。


「まぁ! 旦那様になんてこと!」

「本当。私、抗議してきます!」


 ベルが言うないなや駆けだそうとしたが、それよりも前に当のテオドロスが女性を引きはがし、ロザリアが聞いたこともないような怖い声を出した。


「どこの誰だか知りませんが、私の体は爪先から髪の一筋に至るまで全て愛する妻のものなので、気安く触らないでください」

「重い……」


 思わずロザリアが呟くと、テオドロスはパッとこちらを見て笑顔になった。


「ロザリア!」

「お前は……色仕掛けにいつもあんな風に対処しているの?」


 当然のように彼が荷物を持ってくれたので、ロザリアは空いた腕で夫のそれに抱きつく。無意識に先程の妖艶な女性と同じ行動を 取ってしまっていたが、彼女は気づかない。

 その間に件の女性は残念そうにウインクをすると雑踏へと紛れて去り、残ったのは夫婦とメイド達だけとなった。


「はい。私はロザリアのものなのだと、世間に大声で言って回りたいぐらいなので」

「落ち着きなさい」

「いつもは抑えています。チャンスかと思って、つい」


 しれっと答えるものだから、ロザリアはつい胡乱な眼差しを彼に向けてしまう。


「……先ほどの女性が気の毒になってきたわ」

「私以外の者に心を向けないでください」

「猫の額よりも心が狭い」

「ご存知でしょう?」


 当然とばかりに頷くテオドロスの鼻を摘むと、ロザリアは彼を共に連れ立って屋敷までの道を歩く。

 せっかくホカホカの蒸し菓子を買ったのだ、早く学生達に食べさせてあげたい。


 帰り道に露店で花を買い求め、それはロザリアが持つことになった。いつもならばどんな軽い荷物も彼女に持たせたがらないテオドロスだが、花を持つ彼女は見たいらしい。


「美しいです、ロザリア」

「ありがとう」


 空いた手を繋いで、夕暮れの街を歩いて帰る。

 問題も片付いたし、アスターにも馴染んできて最近の二人は穏やかに過ごしていた。

 テオドロスが外交官という仕事をしている以上、アスター公爵の養女になったロザリアとの婚姻関係は何かしらの書類申請などが必要だろうと踏んでいた。

 が、今回の件のやり取りの合間に、当のテオドロスが並行して書類申請なども済ませておいてくれたのだ。

 おかげでロザリアは何事もなくテオドロスの妻のまま、アスター公爵の養女となり何に煩わされることもなかった。


「さすが私の夫は優秀だわ」

「これぐらい出来て当然です、何せ貴女の夫なので」


 けろりとそう答えるテオドロスが頼もしい。

 そうして上機嫌で、アスター公爵邸に帰り着いた。


「ただいま」

「おかえりなさいませ、お嬢様、テオドロス様」

「これお土産。学生さん達と、使用人の皆の分もあるから、分けて食べてちょうだい」

「ありがとうございます、皆喜びます。それでお嬢様、こちらがアシュバートン領事館から転送されてきたのですが……」


 出迎えてくれた使用人に、お土産の蒸し菓子を勉強中の皆に配るように頼むと、代わりに樫の盆に乗った封書を差し出される。


「またいつものドーラン何某からのお手紙かしら」


 ロザリアがアスター公爵令嬢になったことを知っている者からの手紙ならば、この公爵邸に届く。

 そのことを知らず、けれどロザリアに個人的に手紙を送ってくる者は『キルシュ・ドーラン』卿しか心当たりがなかった。


「それが、その……」


 盆を掲げるメイドの歯切れが悪い。

 ロザリアが首を傾げると、テオドロスが盆の上から手紙を取り上げてくるりと裏返した。通常、そこには差出人の名前が記載されている。


「……なるほど」


 それを見た彼は低く唸り、そのままロザリアが見えるように差し出した。


「あら、まぁ」


 差出人の名前を見たロザリアも、つい唸ってしまう。

 そこに書かれていた名前は、『ルイス・アシュバートン』。封蝋にもしっかりとアシュバートン王家の紋章が刻まれている。


 ついに、知っている男から手紙が届いたのだった。


いつも読んでくださって、ありがとうございます!

ここまででアスター編は終了です!次回からはアシュバートン編に移りますが、その前に短編を0話として更新します。

割り込み投稿の予定で恐らく更新通知が皆さんの元に届かないと思うので、0話を更新した際には活動報告の方でお知らせします!


引き続き、楽しんでいただけるように頑張りますー!よろしくお願いします!!

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