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37.やっと二人きり

 

 異例の速さで話が進んだのは事実だが、各国への根回しや文書のやり取り、議会での決定などもあり、この件が纏まるまで結局半年程かかった。


 しかしずっと閉鎖的だったアスターに、正式な交易の販路が開けたのは大きい。

 アスターの国土は農作物が豊富に採れるわけでもないが、それこそ重厚な歴史と独自の文化がある。今回ロザリアが道を開いた絹織物の製作と輸出はほんの一端に過ぎない。

 織物や刺繍は伝統的なもので、アスターでは子供でも作成することが出来るし、他にも音楽や絵画、芸術関係にも強く、そのどの分野でもアスター特有の個性があるので、他国からすればもの珍しく希少価値が高いのだ。

 それらをただ開陳するだけでは、優れた部分だけをピックアップして模倣され食い潰されるのがオチだが、ロザリアはそうならないように正規のルートを設け、権利侵害が起こらないように整備した為そちらも当面は心配ない。

 しかし、流石に遠い先まではフォロー仕切れない。

 それは今後人材の育成に力を注ぐことによって、先の問題を解決していくしかないだろう。


 閉鎖的な国ですっかり閉鎖的な性格の染みついたアスターの人々に、嵐のような転機が訪れていた。


「ロザリアの仕事は終わりですか?」

「当面はね。道は示したから、あとはアスターの議会が自国に必要なことを決めていくでしょう」

「本当に貴女はヒーローですね」

「そう? ただのお前の妻よ」

「ああ……貴女は本当に素晴らしい」


 ぎゅっ、とテオドロスはロザリアを抱き締める。

 アスターの着物はやや生地が硬いが、コルセットなどで体を締め付けていないので抱き寄せただけで布地の奥の人の温かさや柔らかさが伝わって、たまらない気持ちになる。


「ではそろそろ私のロザリアに戻ってください。私は寂しい思いをしています」

「ごめんね、つい夢中になっちゃって」

「貴女が楽しそうな姿を見られたのは眼福でしたが、私以外のものに貴女の心が奪われているのはやはり妬けます」

「あら、本や花に意識を向けるのは構わないんじゃなかったかしら」

「私めも、前言撤回です。本でも花でも、太陽にでも、貴女の意識が奪われることには嫉妬します」

「心が狭い」

「ご存じありませんでしたか?」

「知ってた」


 くすくすと笑って、ロザリアはテオドロスを引き寄せると、彼の唇に音をたててキスをする。

 今日は二人とも休日なので、最近忙しくて一緒に出掛けられなかったので久しぶりに街歩きをしよう、と言うことになった。


 休日の常で、ロザリアの支度はテオドロスが行う。

 この半年の間にアスターのドレスである着物の着付けも完璧に修得した彼は、今日はレースの襟にしましょう、だなんて上級のオシャレを取り入れてくる。


「レース可愛い!」

「はい、とても可愛いですロザリア」

「レースの話よね?」

「勿論です」


 ニコニコとテオドロスはご満悦で笑っている。

 ちなみにレースはロザリアがアシュバートンから持ってきたもので、髪の色に合わないのでどうしようかな、と思っていたらフリュイが襟に縫い付けてくれた。


「まず先に城の図書館に本を返却してもいい?」

「構いませんよ。そのまま図書館で過ごしますか?」

「ううん。先日たっぷり本を借りたばかりだから、大丈夫。この本は次に借りたいと言っている官吏がいたから、早く返してあげたいだけなの」


 分厚い民俗学の本を持ち上げて、ロザリアはふふ、と笑う。


 平民出身だが才能のあるリッカを養子にしたように、オーケンは優秀な人材を支援する活動を随分前から行っていた。流石に養子はリッカとロザリアだけだが、オーケンが個人で行っている私塾には将来有望な平民の子が多く訪れている。

 その中で今期の城勤めとして職を得た者がいて、彼がこの本を読みたがっていたのだ。


 オーケンは王には向いていないが、次世代育成には向いている。身分の分け隔てなく優秀な者に必要な教育を支援出来るし、就職への口利きもしてくれるのだ。

 穏やかな彼の気性もあるのか、オーケンが支援した者は皆同じように穏健派でそれでいて理知的な者が多い。

 次世代育成が急務なアスターにおいて、オーケンのその活動は大きな意味があった。


 ロザリアの衣装が決まったら、今度は彼女が夫のそれを決める番だ。

 悩みに悩んでロザリアがテオロドスに選んだのはアシュバートンの衣服だったが、貴人であるロザリアには当然着付けることは出来ないしさっさと彼が自分で着替える。


「櫛で梳かしてくれますか?」

「甘えたさん」


 強請られて、満更でもないロザリアはいそいそと夫の長い黒髪を梳かした。


「髪、伸びたわね」

「ええ」

「私が王妃だった頃は、こんなに長くなかったと思うけど……」


 各国を飛び回る外交官は、公の場以外ではTPOに合わせて服装は自由だ。赴任先の民族衣装を好んで身に纏うものもいるぐらいであり、髪型においてはもっと緩い。

 ロザリアが王妃だった当時、王城の図書館で会っていた彼はやや襟足が長い程度の髪の長さだったが、ロベルで再会した頃には一つに纏められるぐらい長くなっていたのだ。


「……願掛けをしておりましたので」

「願掛け! それは初めて聞いたわ。お前の願いは何かしら、私にも手伝えることがある?」


 それを聞いたロザリアは櫛を止めて、背後から彼の首に抱きつく。テオドロスは体を震わせて笑った。

 彼女がこんな子供のような仕草を見せるのは自分にだけだ、と思うと独占欲が満たされる。


「もう叶いました」

「そうなの? でも……まだ伸ばしているの? 叶ったのは最近?」


 テオドロスがすぐに願掛けの内容を言わなかったので、ロザリアは質問を重ねて自分で推理し始めた。彼女の指がサラサラと長い黒髪をいじり、また櫛が通される。


「そうですねぇ……一年程前に叶いました」

「結構前ね! 私と再会した時ぐらい? ええと、その頃にお前に慶事があった、ということよね」


 真面目に悩み始めたロザリアに、思わずテオドロスは声を上げて笑う。今、彼女はほぼ答えを言ったようなものだ。


「ええ、そうです。とても良い事がありました」

「何かしら、あ、待って、当ててみせるから!」


 謎解き大好きなロザリアは、小さな質問を繰り返して条件を絞ろうと奮闘する。

 昇進や昇給など一般的に慶事とされることを想定している質問に、テオドロスはニヤニヤと笑う。もっと広く、誰もが『いいこと』と認識する事柄が彼に起こったことを、ロザリアも当然知っている筈なのに、それに気づかない彼女がとても可愛らしい。

 もしくは彼女自身が当事者だから、死角になってしまっているのか。


「昇給でも昇進でもない……対人関係?」

「はい」

「……人? 私の知ってる人?」

「勿論」

「んー……」


 ロザリアが一所懸命自分のことを考えてくれている、と言う状況が嬉しくて、ついついテオドロスは答えを言いそびれる。明かしてしまえば自分で解きたいロザリアは怒るかもしれないし、何よりこの状況が終わってしまうのが惜しかった。

 いつの間にか髪を梳かす手は止まり、ベッタリとテオドロスに背後から抱きついた姿勢のままロザリアはブツブツと言っている。


「だってお前……その頃あったことなんて、あとは私との結婚ぐらいじゃない?」

「……」

「え? これ? 本当に?」


 テオドロスが黙って微笑むと、ロザリアは緑の瞳を丸くして驚く。


「私と結婚する為に、願掛けしてたの?」

「正しくは、貴女と恋仲になること、でしょうか」

「あ……そう……」


 最初は驚き、その波が落ち着くとロザリアは徐々に顔を赤くした。

 そろそろと身を離していくものだから、テオドロスは寂しくて引き留める為に彼女の腕を掴む。


「ロザリア?」

「うー……じゃあ、とっくに願いが叶ったのに、どうしてまだ髪を伸ばしているの?」

「……私の最愛は、殊の外この髪をいじるのが好きなようですから」

「……私の為?」

「私の全ては、貴女の為です」

「重い」

「その重い男がお好きなくせに」


 揶揄うように言うと、ロザリアはようやく調子を取り戻して笑い始めた。


「うん…うん、好きよ。重い男は嫌いだけど、お前なら好き。髪も、誰かじゃなくお前の髪だから、好きなのよ」


 とびきり甘い言葉に、テオドロスは胸をわし掴まれたかのような衝撃を受ける。

 彼は正面に回ると、ロザリアを隙間なく抱きしめた。


「テオ?」

「ああ……貴女が可愛らしくて、どうにかなってしまいそうです」

「街歩きの約束よ」

「愛しい人、約束を破る私をどうかお許しください」

「……本は、お父様に頼んで返却しておいてもらうわ」


 その言葉を了承と取ってテオドロスは彼女を抱き上げて寝室へと向かう。せっかく綺麗に着飾ったのに、その日は一歩も部屋の外に出してもらえなかったロザリアだった。



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