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34.弱ったアスターと、強気のイートン

 

 ロザリアがそう言うと、頭を上げたアスターの三人はホッと安堵の息をついて口々に礼を言った。

 そして気が変わらない内に、とでもいうのか彼らはいそいそと話を始める。


「……では、聞いてくれ。既にリッカの言葉と世界情勢から大方想像出来ているようだが……」

「詳しくは、俺が説明します。まずはこちらの資料をご覧ください」


 デガルが話を引き取り、先程慌てて片付けた資料を再びテーブルに広げた。

 飴色の木材で作られたローテーブルは脚部分に細かな彫刻が施されていて一目で芸術的かつ高価なそれだと分かるというのに、その上に広げられた紙の束の無粋な中身にロザリアは目を剥く。


「これは……」


 そこには数字の羅列や書き込みのされた地図が並んでいて、アスターの財政状況などが詳しく書かれていた。眉を顰めた彼女は長椅子に座ると、ものすごい速さでそれを読み出す。

 そのあまりの速さにアスターの男達は驚きつつ、めいめい椅子に座る。


 当然ロザリアの隣にちゃっかり座ったテオドロスは、先程メイドが持ってきたお茶をカップに注ぎロザリアの好きな干菓子を選んで小皿に選り分けた。

 集中している時のロザリアは、普段の可憐さがなりを潜め知的でクールな様子が現れるので、こちらの姿もまたテオドロスにとってはたまらなく魅力的なのだ。


 やがて、短い時間で全ての書類に目を通したロザリアは、小さくため息をついて顔を上げる。

 何度見ても乏しい数字は増えてはくれない。


「……随分アスターの財政は苦しいようね」

「ええ……」

「これでは、金の鉱脈でも見つけない限り破綻する目前よ」


「お恥ずかしい限りです。アスターは閉鎖的な国ですので、十年ほど前までは自国で大抵のことが賄えていたのですが、流石に近年の流れには逆らえず……」


 現在大陸では、あらゆる面において機械化が進み続けている。

 後に産業革命とでも称されるであろうこの動きは、アスター国内だけならば今までのアナログを踏襲し続けることが出来るかもしれないが、離れ小島でもない限り無視することは出来ない。

 出来ないところまで、来ていた。


 他国との行き来に使う船の造船技術やその材料、同じく街道などの交通設備の整備、数年後には大陸を横断する鉄道建設の話まで出ている。

 時代の流れにつれていつまでも引きこもっているわけにはいかず、とはいえそれらには莫大な資産がかかる。元々資源に乏しいアスターが賄える額ではなかった。


「それこそ同盟の力を借りるべき時では? 商売の盛んなロベルか同盟内で最も大国であるアシュバートンに借金をすることも視野に入れるべきでしょう」


 特に大陸を横断する鉄道事業は四カ国で協力して行うことになっている。その件だけでも他国を頼っても問題はないはずだ。


「ええ、皆そう考えました。だからこそ、イートンも同じことを考えたのでしょう」


 いち早くアスターに接触してきたイートンは、武力をちらつかせてあろうことかアスターに属国になるように示唆してきたのだという。


「何よそれ……明らかな同盟規約違反じゃない!」


 驚いたロザリアは、思わず怒鳴る。デガルはとても辛そうに頷いた。


「その代わり、資金援助は惜しまないという話だったんです。アシュバートンやロベルに借金をすれば、返済期間は実質その国の属国のような状態だし、元々資金源のないアスターとしては鉄道の件が解決しても別の問題が出てきた時に他の対処方法がない」


 本来は同盟国なのだから、金を貸したとてロベルもアシュバートンもアスターを属国扱いする筈はない。だが最初に接触していきたイートンが『属国に』と言ってきたものだから、他の国もそう言ってくる可能性にアスター議会は震撼したのだ。

 イートンの属国となって返済不要の援助を受けるか、他の国に借金をして弱い立場になるのか。

 どちらを選んでもアスターにとって茨の道だ。しかし鉄道事業に不参加では、今後ますますアスターは孤立する。

 その駄目押しに、国境近くでイートンは武装訓練を行なったのだ。つまり、脅迫である。


「人の足元を見て暴力をチラつかせるなんて、よくもそんな方法を……!」


 ロザリアは唸って髪をかき上げた。戦争が一番嫌いな彼女にとって、イートンのとった手段は最悪だった。


「……しかし、よくそれで今まで国が成り立っていましたね、アスターは」


 ロザリアの後から書類に目を通しつつ、テオドロスが純粋に疑問になって口を挟む。資源がないのは今も昔も同じな筈だ。


「以前はアスターにも優れた政治家がいました。しかし閉鎖している所為で自給自足による現状維持だけなら出来ることから、そのような優れた人材は育ちにくくなり、外から問題が持ち込まれなければそのままできてしまい……」


 どんどん小さくなるデガルの声。

 長く国を閉じていた所為で、アスターは国力も人材もひどく弱っていたのだ。


 ロザリアはデガルが言わなかった言葉の先を想像して、溜息をついてテーブルに手を伸ばす。先程テオドロスが淹れてくれていたおかげで、お茶は程よい温度になっていた。そのカップを両手で持って、ロザリアはこくんと一口飲む。


「成長を怠ったものに、未来は明るくないわ」


 厳しい言葉だが、彼女の言う通りだ。アスター政権が長年怠惰に過ごしてきた所為で、今の窮状がある。オーケンは自分が王に向いていないことを悟り、皆に国の未来を託したが、既に手遅れだったというわけだ。


「イートン以外の国に借金をしてアスターを延命させ、その間に金策を練りつつ次世代の人材を育てるしかないでしょうね」


 ロザリアはあまりの惨状に閉口しそうになる自分を叱咤して、今考えうる一番まともな方法を提示した。いかにも凡庸なその場しのぎだが、これが一番マシな手立てであることに頭痛がする。

 そして、これ以上の策は『助言』の域を超えてしまうので、口にするのを躊躇った。


「しかしそれでは、次に資金が必要になった時に上手く立ち回れるどうか……」

「……未来が不安なのは誰もが同じよ。金策が浮かぶ可能性はあるけれど、一度属国になったアスターがイートンに解放される可能性はないと思うけど?」


 そう指摘するとデガルは黙る。

 確かに現状では金策のアテはないが、一時の不安を凌ぐ為に楽な道を選んでイートンに身売りしては、その時点でアスターは永遠に失われてしまうのだ。


「……皆もそれは分かっているのですが、未来に金策のアテはなく、このままイートンの属国になった方がいいのでは……という考えが病のように議会の中で伝染しているのです」


 デガルが弱気なことを言うと、オーケンは悔しそうに拳を握った。


「……イートンは、武力国家だ。アスターが今まで紡いできた独自の文化や歴史を一掃し、自国の生き方を押し付けてくるだろう。それでは……アスターの文化は潰えてしまう」


 オーケンとしては、自然な流れで滅んでいくのすら悲しいのに、よりにもよってイートンに潰されてしまうのが耐えられないのだろう。

 既に誤解だったと解き明かしたものの歴史書の件もあり、元々彼はイートンにいいイメージを抱いていないようだ。


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