33.ようやく
そうあっさりと切り捨てるようなことを言ったテオドロスに、ロザリアの瞳が僅かに揺れているのを見てつい笑ってしまう。
優しくて可愛いロザリア。
リッカは、意図せずに彼女の性格によく沿ったのだ。
彼女は優秀であるがゆえに、ひとたび動けば事態をひっくり返す強力な力を発揮出来てしまう。だから、その自分の能力を利用しようとする者に対して容赦がない。
とはいえこうして真摯に謝罪をして助力を求められると、見捨てることが出来ない優しさと寛容さがある。
彼女のそんなところも、テオドロスは大好きだった。
しかし、立場上自分から切り出すことの出来ない愛するロザリアの為に、テオドロスは口火を切ることにした。それが他の誰でもない、己の役目だということが誇らしい。
「さてアスター公。ロザリアに話をするもしないも、ここはあなたが決断すべきところだと思います」
彼は落ち着いた声でそう言う。
自分達の国の行く末に関してプライドはないのか、とロザリアは示した。それは当然のことだ。
しかし、自分達で解決出来ないのならばプライドを捨てて人に頼ることもまた、肝要だ。
ロザリアの言う矜持は、心の在り方。
デガルに促されて話そうとし、ロザリアに叱られて話すの止め、そして今リッカに強く勧められてまた迷っている。フラフラと意見を変えるのではなく、きちんと意志をもって自分で決断すべきだ。
そこを、見誤ってはいけない。
「デガル殿もリッカも、あなたの決断を待っているのでは?」
そう言うテオドロスの声は、とても耳に心地よい。
「うむ……」
いつの間にかオーケンだけでなく、デガルもリッカさえも彼の声に耳を傾けていた。
彼らの様子を見遣って、今日も私の夫はいい声だわとロザリアは感嘆の溜息をつく。
テオドロスは頭もいいし、仕事も出来る。
なまじ、ロザリアが似た方向に突出している所為で彼本人もリッカ達も過小評価しているが、テオドロスはこの若さで国の代表として単身で他国に赴任しているのだから、アシュバートン国内での評価も高いし十分に優秀な男なのだ。
特に交渉事に関しては、天賦の才がある。低く落ち着いてよく通る声も、武器のひとつだった。
「親父殿」
「オーケン様……」
リッカは期待に満ちた目で、デガルは心配そうな表情でそれぞれオーケンを見つめている。
ロザリアはあえて彼の方を見ることはしなかった。決断するのがオーケンならば、その決断に影響を与えたくない。
どうやらアスターは岐路に立たされているようだが、他国の者であるロザリアにはまだ介入する権利がない。
けれど、どんな流れになろうともロザリアは自分のやりたいようにやるだけだ。
恐らく彼女のその意思を汲んで、テオドロスがオーケンが話す方向にやや誘導しているのを感じるが、それはそれで彼がやりたいことなのだろう。
ロザリアは自分の自由が阻害されるのも嫌だし、他者の自由を阻害されるのも嫌う。それが他ならぬ、愛するテオドロスであるならば、なおさら。
そう考えて、状況を見守る。
オーケンはしばらく逡巡していたが、リッカにドン、と強く背中を押されて一歩前に出た。
「アスター公?」
「……私は、アスターの素晴らしい歴史と文化が失われることが耐えられない」
「ええ」
ロザリアは頷いた。
オーケンは自分ではアスターを守り続けることが出来ない、と悟って王を辞した男だ。政治的な能力は高くないし、迂闊でお人好しだが誰よりもアスターを愛していることはわかる。
「…………ムシのいい話だとは、重々承知だ。だが、どうか……話を聞いて、助言をしてもらえないだろうか、ロザリア」
彼はまっすぐにロザリアを見つめて、そう言った。
それからまた、ゆっくりと頭を下げる。その後ろで同じように、リッカとデガルも深々を頭を下げていた。
「……ここで聞いた話を他言しない、という保証は出来ないわ。私はアシュバートンの者だし、四カ国同盟が脅かされるようならば、阻む必要があるもの」
「わかっている。だがあなたはアシュバートンの利益の為にアスターを食い物にしようとはしないだろう」
「当然よ」
流石に自国の不利益になるならば介入さざるを得ないが、そうでないのならば何度も言うようにただの民間人のロザリアにはアスターを陥れる理由はない。
介入出来るけれど、民間人なので介入しない、という認識がかなりおかしいのだが、それがロザリアなので誰も反論出来ない。
「私はそれに縋って、あなたの策を聞きたい」
オーケンに望まれたことにより、ここにきてようやく、条件が揃う。
随分遠回りをしたが、アスター側の為にもロザリア自身の為にも必要な大義名分だった。
ほぅ、と小さく溜息をついて、ロザリアはテオドロスの手をぎゅっと握る。あとはいつも通り、最善を探すだけだ。
「分かりました。謹んで、その話お聞きいたしましょう」
 




