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32.二転三転混乱

 


 休日の午後、明け放されたままの窓から注ぐ柔らかな陽光を浴びて微笑む彼女は、この事態とはまるで無関係であるかのように、美しい。

 そのまま晴れやかな笑顔のロザリアに、リッカが慌てた。


「ちょいちょい! そこまで世界情勢を把握してて、助言もせずに行っちまうのかよ! それでも伝説の王妃か!?」


 彼の言葉に、ロザリアは笑顔を嘘のように消してすぐさま表情を厳しいものへと変えた。


「何が? 伝説の王妃だなんて勝手に噂に尾鰭が付いてるけど、さっきも言ったように私はもう王妃じゃない。今はただの民間人なの。あなた達に献策する義理も義務もないのよ」


 ロザリアは下からリッカを睨みつける。


「わざとあっけらかんと内情を喋って、私にあなた達を無視する罪悪感を抱かせて助言をもらおうだなんて、甘ったれるのもいい加減になさい」


 ズバリと言うと、さすがにリッカがバツの悪い顔をした。


「……あんた、案外嫌な女だな」

「幻滅した? お生憎様、私はたった二年政治家気取ってただけの女よ、聖女じゃないの」


 彼は、アスターがイートンに身売りしようとしていることを知れば、ロザリアが義侠心に駆られて献策してくれる、と読んだのだろう。

 それこそ市場での揉め事でもあるまいに、王妃まで務めたロザリアがただの好奇心や義侠心、つまり私情で内政干渉などするものか。


「自分の国のことでしょう? 人を頼るにしても、そんな騙し討ちみたいなやり方が通ると思ってるの?  あなたに矜持はないの、リッカ・アスター!」


 自分達で国を変える力と立場があるのに、こうして怖気づいている男達を見てロザリアは悔しくなる。

 ロザリア自身が男に生まれたかったと思ったことはないが、『お前が男であったなら』とは幾度となく言われたセリフである。主に、父親に。


 言われる度に女の自分で何が悪いのか、と傷ついたことは事実だ。

 そこで、テオドロスがふんわりとロザリアを抱き寄せて、手を握る。


「テオ」

「愛しい人。貴女は貴女であるというだけで、素晴らしい」

「知ってる」


 ツンとした様子でロザリアが強がると、彼はゆったりと微笑んだ。


「ええ。そうでしょうとも」


 そうして仲睦まじく寄り添う二人を、オーケンはまた眩しそうな目で見つめている。


「あー……うん、確かに、そうだな」


 自分とは反対に彼女に寄り添うテオドロスを見て、リッカはちょっと拗ねたように唇を尖らせた。

 わざと挑発して失礼な態度を取ってはいたが、実際にそれに憤るだけではなく傷ついたロザリアを見て、彼女を人として認識せずに『伝説の王妃』として利用しようと考えていた傲慢さに気付かされたのだ。

 リッカは姿勢を正すと、オルブライト夫妻にアスター流の正式な礼をして詫びる。


「テオドロス殿、ロザリア殿、あなた方二人に対して、あまりにも無礼だった。申し訳ない」

「……なぁに、突然。いやに素直ね」


 がらりと態度を変えたリッカに、ロザリアは目を丸くした。顔を上げた彼は、意外なぐらい真剣な表情を浮かべている。


「正攻法で策を授けてもらえるとは思えなかったから、わざと嫌な言い方をした。ロザリアを煽れば何か言ってくれるかと……」

「安くみられたものね」


 ムッとしてロザリアが眉を寄せると、リッカは素直に頷いた。


「本当に悪かった」


 それを見て、オーケンも同じ様に頭を下げた。


「私からも謝らせてくれ、すまなかった。デガルにどれほど言われても私が弱腰だった所為で、リッカがこんな行動に出た。私の所為だ」

「それでは俺の所為でもありましょう。ロザリア様、テオドロス殿。申し訳なかった」


 並んでデガルも深く頭垂れる。さすがに城勤めの彼らの礼は、腰の角度や腕の角度などお手本のように見事なアスターの礼だ。

 その綺麗な所作をロザリアは矯めつ眇めつ眺めて、テオドロスに視線を移した。


 彼がリッカを許すならば自分も許す、ということだ。こういう時は、いつもテオドロスに主導権を明け渡してくれる彼女の、真っ直ぐな信頼と愛情がいとおしい。


「……謝罪を受け入れます。彼女は公人ではありませんし俺は今日は仕事は休みですので、この件にはアスターもアシュバートンも関係ありません」


 暗に『後で政治的な圧力も掛けませんよ』という皮肉を込めて言うと、デガルが分かりやすく青褪めていた。同じ外交官として未熟、とテオドロスは彼に対して感想を抱く。


「テオが許すなら、私も許すわ。皆、頭を上げてちょうだい」


 テオドロスの言葉を聞いて、ロザリアも頷いた。


 リッカの態度は十分に無礼だったのに、真摯な謝罪を彼女は受け入れる。その私情を切り離した公平さが、テオドロスには歯がゆい。

 皆、ロザリアを『伝説の王妃』などと呼ぶくせに、肝心のロザリア自身を敬おうとしないのが、テオドロスにとっては不満であり不思議でさえある。


 こんなにも美しく可憐で、優しく才能に溢れた才女なのに、何故彼女自身を見ようとしないのか。


 その根幹に政治に関わる『男』の無意識の傲慢を感じ取って、テオドロスは辟易すると共に改めてロザリアに敬意を抱く。

 彼女はこんなにも不利な場所で二年の間に驚くべき成果を上げたのだ。もしもロザリアが男だったならば、更にアシュバートンに革命を齎していただろう。


 だが、仮定の話は無駄だ。

 だからこそあらゆる意味を込めてテオドロスは、女性として生まれ女性として生きるロザリアに愛情と尊敬を抱かずにはいられないのだった。


「ありがとう、感謝する。……そして図々しいことだが、改めて頼む。親父殿とアルシの話を聞いて、適切な助言をしてやってくれないか。この通りだ」


 そう言って、リッカは上げたばかりの頭を再び深く下げる。


「リッカ! 何を言う!」

「そうだぞ、アスターのことは我々で考えるべきだと今考えなおしたばかりだろう!」


 頭も下げたまま動こうとしないリッカに、慌ててオーケンとデガルは下がらせようとした。

 二人に引っ張られて堪りかねたリッカはようやく頭を上げたが、銀の髪を掻きむしって吼える。


「今まで散々議論を重ねても、良い考えが浮かばなかったじゃねぇか! ここにロザリアがいるのは、千載一遇のチャンスだ。これを逃したら、このまま本当にアスターの歴史と文化は大陸から消えてしまうぞ!」


 オーケンはこんな時だけやたらしっかりと首を横に振っていた。デガルも先程とは違い、オーケンの方についてリッカの説得に加わる。

 その不毛な様子を見て、ロザリアの表情がどんどん死んでいく。


「置いてけぼりだわ……どうしましょう、本当にもう帰ろうかしら……」

「そうしましょう」

「決断が早い」



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