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31.悋気と惚気

 

「テ、テオ!? いやだ、お前大丈夫? 顔が真っ赤よ、具合が悪くなったの!?」


 元々寄り添って立っていたのに、慌てたロザリアは自分の体をテオドロスにぶつける勢いで密着し、彼の両頬に手を添える。


「ああ、どうしましょう。アスター公、ここから一番近い病院はどこかしら? それともここに医師を連れてきてもらった方がいい?」


 動揺してオロオロとするロザリアに、その場にいた男達は全員ポカン、とする。

 先程まで女王のように場に君臨していた姿からは想像も出来ない、か弱い少女のように夫の身を案じている姿は、可憐でさえあった。


「テオ、テオ、頬は熱いし脈も速いわ。さっきまでそんな兆候なかったのに……」

「ロザリア」


「とりあえずアスターで一番の名医を呼びましょうね」

「ロザリア、あの、大丈夫ですから」


「ああ、大丈夫よテオ、私が付いてるわ」

「ああ、それは最高なんですが……あの、私は、いたって健康です」


「健康? 顔が赤くて、脈が速くて、目が潤んでるのに?」

「はい……あの、貴女の熱烈な言葉に、感動して恥じらっているだけです」


「あら、そうなの? 何を乙女みたいなことを」


「いやいや、あんたが盛大な惚気を言ったからだろ!」


 毒気を抜かれたリッカが思わずフォローに入るが、ロザリアは彼には見向きもしない。まだ赤らんでいるテオドロスの顔をまじまじと見て、唇を尖らせた。


「本当に体調は悪くないのね?」

「はい。むしろ高揚して活き活きしているぐらいです」


 本当に声まで弾んでいる夫に、ロザリアは目を細める。


「事実を言っただけなのに、恥じらうなんて私の夫は本当に可愛らしいこと」

「勿体ないので、どうか二人きりの時にもう一度言ってください」


 赤い顔のまま催促を忘れないのは、さすがテオドロスだ。焦りが去ると、ロザリアも愉快な気持ちになった。


「すぐ調子に乗るのは、お前の悪い癖よ?」


 なるほど、可愛すぎて今すぐキスしたい、とテオドロスは常々ロザリアに言うが、この心境か。周囲にお歴々がいなければ、この可愛い男に今すぐキスしてあげたい。


「……よし、帰りましょう! 幸い、養女の件を断る意志は伝わったし、そうなればアスター内情を話せないと結論が出たようだし」


 解決方法として、ロザリアはそう宣言した。

 ここにいるからキス出来ないのだから、さっさと帰ればいいのだ。即解決。

 アスターの面白そうな話には興味があるが、それが聞けなかったとしても、この世に他に謎はたくさんある。今は、謎よりもロザリアをもっと夢中にさせる男に集中しよう。


「あ、いえ、その……!」


 きっぱりとしたロザリアの言葉に、デガルは気まずそうに頭を掻いて未練のある視線を彷徨わせる。だが、さすがにもう引き留めるつもりはないようだ。

 帰ろう帰ろう、とロザリアがテオドロスを促すと、一番扉側に立っていたリッカが、また余計なことを言った。


「アスターの内情? ああ、身売りのことか」


 ケロリととんでもないことを言われて、さすがに全員が凍り付く。

 咄嗟にテオドロスはロザリアを抱き寄せていた。まさかここで突然警備兵に取り囲まれることはないだろうが、それにしても聞き捨てならない単語を耳にしてしまった。

 トップシークレットを聞いてしまった所為で、素知らぬ顔で公爵邸を出て行くことが許されるかは分からなくなった。


「リッカ!」


 さすが一番に自分を取り戻したのはリッカの義父であるオーケンで、彼は慌てて息子を叱った。


「アシュバートンの方々の前でなんてことを言うんだ、お前は」

「いずれ知られてしまうなら、今知られても同じことだろ? それより、何か素晴らしい策がないかアシュバートンの伝説の王妃に聞く方が有意義だと思うけど」

「リッカ……俺もそう思ったが、ロザリア様は御夫君と一緒でなければ、話を聞いてくれないそうだ」


 デガルが悄然として言うと、リッカはまたテオドロスに意味ありげな視線を投げた。


「お姫様の背中に庇われるなんて、情けねぇな」

「……私の姫君は一騎当千の猛者ですから」


 リッカの皮肉に、テオドロスは内心を隠して微笑むとロザリアを称えることで躱す。

 物理的にはいくらでもロザリアを庇うつもりのテオドロスだが、こと事態の主導権は全て彼女に預けっぱなしだ。

 ロザリアがいかに優秀かを知っていれば、彼女に主導権を握られる夫が情けないとは、とても思えなかった。


 ちらりと最愛の妻を見ると、彼女はつまらなさそうにテオドロスの結った髪先をいじっている。


「……ああ、そういえば近頃イートンの使節団がアスターに頻繁に訪れているわよね。四カ国同盟の中でも、アスターとイートンはこれまで一番交流が少なかったのに……」


 流れでテオドロスの腕に懐いたまま、彼女はまるで歌うように朗々と喋った。


「何故か、国境近くで騎馬兵の訓練も頻繁に行っているし、キナ臭いのよねぇイートン。まさか、同盟国に対して牽制をかけている筈は、ないでしょうに」


 ツラツラと彼女が言うと、アスターの男達の顔色が変わる。ちらりと彼らを流し目で見て、すぐにロザリアは緑の瞳を夫に向けた。


「あ、それよりテオ。この前買ってきてくれた焼き菓子! あのお店の焼き上がり時間って、まだ間に合うかしら?」

「……ええ、今からだと、ギリギリですね」


 テオドロスが懐中時計を取り出して、文字盤を彼女に見せる。

 俯瞰した政治情勢と市場の焼き菓子を並列で語るのは、いかにもロザリアらしい。彼女にとっては事の大小ではなく、自分の興味があるかないか、なのだ。


「と、いうわけで私達はこれでお暇いたしますわ。皆さま、御機嫌よう」


 そうして何事もなかったかのように、くっきりとした笑顔で堂々と宣言した。



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