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30.自由に生きて、自由に愛してる

 

 詳しい話は応接間でということになり、ぞろぞろと皆でそちらに向かう。

 しかし、それまでデガルとオーケンが使っていた部屋に移動すると、テーブルの上にはたくさんの資料や書類が広げられていた。テオドロスは思わず顔を顰めて、明後日の方向を向く。


「それは、私が見ていいものですか?」


 彼がそう言うと、ようやくデガルはハッとした様子で慌てて書類を片付け始めた。その間に、メイド達がまた茶器と菓子を運んできて、去って行く。アスターの人達は四六時中お茶を飲んでいて、ちょっとした待ち時間にすらお茶と小さなお菓子が提供されるのだ。

 バタバタとしているデガルの隣で、オーケンは言いにくそうにこちらを見やる。


「やはり、せめてオルブライト殿には、別室で待ってもらった方が……」

「何よ、それ……」


 その態度に、ロザリアはカチンときた。

 相談したがったのはそちらの方なのに、その態度はなんだ。テオドロスがアシュバートンの外交官であることは、オーケンもデガルも知っているではないか。

 上手く隠して相談する工夫も出来ないのならば、最初から相談しようと考えるべきではない。

 それになによりロザリアならばよくて、テオドロスならば悪いなどということは、彼女は許さない。


「テオが部屋を出るなら、私も出ます。そもそも私達は今日例の件のお断りの為にこちらに来たのです、アシュバートンの者である私達に話しにくいことなら、最初から相談など持ち掛けないほうがよろしくてよ」


 ロザリアの堂々とした物言いに、オーケンは眩しそうに彼女を見る。


「そ、それは……そうですが……」


 あわあわと書類を片付けていたデガルだがピタリと止まった。養女の件を既にオーケンに聞き、ロザリアが了承すると思って今回の相談を持ち掛けていただろう。

 彼は気まずそうにオーケンを見て、ロザリアを見て、最後に何故か助けを求めるようにテオドロスを見た。

 当然、テオドロスは黙って微笑むだけで助け船は出してくれない。


「……」


 事情が変わり、デガルがロザリアにアスターの国事に関わることを説明するのを躊躇うのならば、それはそれで構わない。

 つい好奇心が疼いてしまったが、今ならまだ引き返せる。


 微妙な空気が流れ、デガルが「ではこの話は聞かなかったことに……」と収集をつけようとした時、相変わらず無礼なリッカが意気揚々と応接間に入ってきた。


「よぉ! 今日来るって親父殿から聞いてたから、俺のオススメの饅頭買ってきたぞ!」

「……お前は少し、慎みというものを覚えた方がいいんじゃなくて?」


 どーん! とばかりにまだ湯気の立つ包みを掲げるリッカに、ロザリアはうんざりして白けた目を向ける。明るく飄々とした笑顔を浮かべているが、さすがに登場のタイミングが良過ぎるので無邪気な青年にはとても見えず、何か思惑を感じさせる。

 今日は初めて会った時のような質素な服装で、彼も休日なのだと知れた。わざわざ休暇を取ったのだろうか。

 リッカはロザリアを見て、オーケンやデガルの様子を見て片眉を上げる。ピリピリとした場の雰囲気を払拭するように、彼は殊更明るく笑った。


「なんだなんだ、お兄様に向かって失礼だぞー?」


 意地悪くリッカが笑って言うものだから、彼女は不快げに鼻を鳴らす。


「フン。その件ならたった今お断りしたところよ。これでお前と私の間には無関係という関係しか存在しないわ、口の聞き方に気をつけなさい」


 自分の方こそ『ほぼ平民』と嘯くくせに、態度も口調も偉そうなロザリアである。


「断るのか? なんでだ?」

「お前のことが嫌いだからよ」


 彼女が間髪入れずキッパリと言うと、リッカは意味ありげにテオドロスへと視線を流した。


「ははぁん? さては旦那の悋気か。独占欲の強い男だな」


 ズバリとリッカに言い当てられて、テオドロスは表情を変えなかったが瞳が僅かに揺れる。二人の長身の男の間にズイ、と入り込みテオドロスを庇うようにしてロザリアは腕を組んだ。


「だとしたら、何か悪い?」

「悪いさ! 優秀な妻の行く道を夫が悋気で阻むなんて、悪妻ならぬ悪夫そのものじゃないか。離婚案件じゃないのか?」


 ニヤニヤと実に楽しそうにリッカは笑う。

 オーケンとデガルは困った様子でこちらを窺っている。元々助力は期待していなかったが、この全ての状況に再度、ロザリアはうんざりした。

 アスター公の養女になることがロザリアにとって有利かどうかはロザリア自身が決めることだし、それを他人にとやかく言われる筋合いもない。


「黙りなさい」


 ぴしゃりと言うと、その場で男達が固まった。ロザリアが緑の瞳に爛々と怒りを湛えると、それまでの淑女然とした様子がガラリと変わり、『王妃』の時の威圧的な風格を漂わせるのだ。

 どいつもこいつも、何もかもロザリアが丁寧に説明してあげなくちゃ、ちっとも理解出来やしないのだ。

 当のテオドロスさえ、未だにロザリアの足を引っ張っていると罪悪感を抱いている。冗談ではない。全てロザリアが自分で決めて、行動しているだけなのに。


 この決断を後悔することになったとしても、その後悔すらロザリアのものだ。


「いいこと? 私が離婚するかどうかは、私と夫が決めることであって、リッカ・アスターが口出しすることじゃないの。そして、私がアスター公の養女になる件を、夫の悋気が理由で断るのだって、私の自由よ」


 ロザリアはそこでオーケンの顔を見て、ひとつ頷く。

 そして、堂々と言ってのけた。


「私はテオドロス・オルブライトを愛していて彼の幸福を第一に考えている、今はただの彼の妻。為政者でも王妃でも公人でもないの。テオを愛し、テオの為に生きる自由があるのよ。これが私のやりたいことなの!」


「ロザリア……」

「何よ、まだ何かごちゃごちゃ言うつもりなら……って、テオ!?」


 夫の掠れた声に呼ばれて、ロザリアはテオドロスの方へと顔を向けた。そこでぎょっとする。

 彼は、顔も耳も首も真っ赤だったのだ。



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