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2.知らない男

 

 蜂蜜色の長い髪に緑の瞳の麗しい乙女、ロザリア・オルブライトは、かつてアシュバートン王国の王妃だった。

 今は外交官であるテオドロス・オルブライトの妻として、夫と共に世界各国を回っている。


 その結果だけでは、まるで王によってロザリアがテオドロスに下賜されたかのように聞こえるかもしれないが、これはロザリアとアシュバートン国王ルイス陛下との双方合意の上である。


 ベッドの中でテオドロスに髪を指で梳かれ、ロザリアはウトウトと微睡む。

 彼の手のひらは温かく、指は長くゴツゴツと骨ばっているのに触れる感触はとても優しい。手を触れ合うことすら一度もなかった王妃時代とは大きな違いだ。


「こうして貴女と過ごせて、私は幸せ者です」


 テオドロスが心からそう言うと、ロザリアが大袈裟だと言わんばかりに目を細める。

 その目尻にキスを落として、彼は丁寧に妻の髪を梳き続けた。手つきがしつこいので、何かあるな、とロザリアは察する。


「……そういえば、キルシュ・ドーラン子爵なる方から貴女宛てに手紙が届いていました」

「差し出し元は、アシュバートン国?」


 ロザリアは眠りに片足を突っ込んだ様子で、ふにゃふにゃと訊ねた。妻に関しては猫の額よりも狭量なテオドロスは、眉を顰めて頷く。

 どうせ手紙は今朝には届いていた筈だ。なのに、本人のロザリアに今頃言ってくるところが彼の狭量たる所以である。


「知り合いですか? 浮気ですか?」

「アシュバートンにドーラン子爵という家はないわ」

「それは知っています。偽名ですね。秘密の暗号かなにかですか? 浮気ですか?」


 しつこい夫の鼻にキスをして、ロザリアは彼を黙らせる。


「唇にしてくれないと、黙りません」

「浮気を疑ってくるヒドイ男とはキスしない」


 ツン、とロザリアが顔を背けると、テオドロスはベッドの中でそれを追って身を乗り出して来た。


「信じています、疑ってなんていません。だから唇にキスしてください」

「……手の平を返すスピードの速いこと」


 あまりのなりふり構わない様子にくすくすと笑って、ロザリアは夫の唇にキスをする。うっとりとキスを受け取ったテオドロスは、熱心に妻を見つめた。


「お前のことだから、手紙の中を読んだのでしょう?」

「はい。とにかくアシュバートンに早く帰ってきて欲しい、という内容でした」


 ちっとも悪びれないテオドロスに、ロザリアは今更呆れたりしない。

 彼女は生まれた時から侯爵家の娘、宰相の娘として育ったし、数年間を王妃として暮らした。


 その所為で、プライバシーの侵害は彼女を守ることと同義だと身に付いているので、テオドロスが自分宛の手紙を読んだ程度では腹もたたない。


 外交官夫人である今は、さすがに夫以外の人にされたら怒るであろうけれど、テオドロス相手にはその程度のことは容認していた。

 何せ、愛しているので。


「でしょうね。無視していいわ」

「浮気相手だからですか?」


「お前、まだ言うの? キスを返してもらおうかしら」

「嫌です。もう私のものですし、キスを返す手段はキスをするしかありませんが、それでもいいですか?」


 可愛くないことを言ってくるので、ロザリアは真面目な顔で頷いた。


「それでいいから、返して頂戴」

「……ごめんなさい。本当に貴女の愛を疑ってなんていません、ただ、苦しくて……」


 シュンと項垂れて彼が言うものだから、仕方なくキスは彼にあげたままにすることにした。減るものじゃなし、テオドロスぐらいしか欲しがらないので、本当のところロザリアとしては構いはしないのだ。


「お前は本当に馬鹿ね。自由になった私がわざわざお前を選んだのよ? 浮気するぐらいならそもそも結婚なんてしないわ、効率が悪い」

「ああ……なんとも貴女らしい言葉で、説得力があるのが悔しいです」


「なによ、不満?」

「もっとロマンチックに言ってください」


 我儘を言う夫を眺めて、ロザリアが悩むことしばし。


「お前に夢中だから浮気なんてしないわよ、お馬鹿さん」

「……ちっとも貴女らしくない言葉ですが、とても嬉しいです」


 テオドロスは難しい顔をしつつも、言葉自体は嬉しいらしく額面通りに受け取る。自分から要求しておいて失礼な男だ。


「面倒な男ねぇ」

「おや、でもその面倒な男を好いてらっしゃる」

「あら、調子が出てきたじゃないの」


 仕返しに鼻を齧ってやると、彼は声をあげて楽しそうに笑った。そっちの方が、ずっといい。


「ドーラン子爵の名に心当たりはないけど、面倒なことを押し付けたくて私を帰国させたい男には心当たりがあるの」

「…………ああ……私にも、あります」


 ロザリアの言葉に、テオドロスは神妙な表情で応えた。

 丁寧に説明されると、物事の輪郭が見えてくる。偽名を使ってまでロザリアに縋ってくる男。

 そんな『御方』は、一人しかいない。


「でしょう? 偽名なんて姑息な手段を使ってくるってことは公の事情ではないし、公には出来ない厄介事なのよ。私はもうお前の妻なので、それを聞いてやる義理はないの。だから無視、はい終了」


 『本名』で手紙を寄越されたならばそれはまた別の話なのだが、現状は無視しておいて問題ない。再びの決定に、今回はテオドロスも頷いた。


 しかしもう一つ、彼には気になることがある。

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