28.お断り
それからしばらくたったある日、ロザリアはテオドロスと共に再びアスター公爵邸に向かう馬車に乗っていた。
今日のロザリアの服装はテオドロスによるコーディネイトで、シンプルなラインのドレスにアスター絹に精緻な刺繍の施されたショールがポイントである。
「よく似合ってます、ロザリア」
「ありがとう、テオ。このショールも、プレゼントしてくれてありがとう。とても素敵だわ」
「アスターの絹がお気に入りのようだったので……でも城からの帰り道の普通の市場で見つけたものなので、高価なものではないですよ」
最愛の人には常に最高級のものを贈りたいテオドロスとしては、ちょっぴり複雑な心境らしい。
ちなみにそんな彼の今日の装いはロザリアが選んだもので、ごく普通のアシュバートンの衣装だが色味をロザリアのドレスを合わせてあるリンクコーデだ。
「糸も布も図柄もとても素晴らしいわよ。アシュバートンなら、王室御用達の仕立て屋が扱う布だわ」
「そこまでですか?」
「ええ。実は私、こう見えても元王妃だから詳しいの」
えっへんとロザリアは王妃ジョークを言うと、テオドロスは大袈裟に驚いて乗ってくれた。
「えええ? 私の愛しい人は、元王妃だったんですか? 道理で偉そうだと思いました」
「なんですって?」
わざと失礼なことを言ったテオドロスを叱る為に、ロザリアが睨みながら顔を近づけると、素早くキスをされる。
「テオ!」
「お許しください、私の人」
「いつもいつも可愛い顔でおねだりしたら許されると思ったら、大間違いよ」
そんな風にいちゃいちゃする二人を乗せて馬車は進み、貴族街の中でも一等地にあたるアスター公爵の屋敷へと到着した。
「……本当にいいんですか? ロザリア」
「いいのよ。私はどんな知識でも吸収したいけど、その為に訪れる全ての国で養女になるわけにもいかないでしょう?」
そう。今日はオーケンに養女の件を断りに来たのだ。
「でも貴女は、アスターを気に入っている。……他の国ではなく、この国の民になることは悪くない、と思っているのでは?」
テオドロスは珍しく言いにくそうにしている。
確かに彼の言う通り、ロザリアはアスターをとても気に入っている。もしどの国の民になるか、と選べるのならばアスターを選ぶだろう。
しかし、他でもないロザリアの大切なテオドロスが、彼女がリッカの義妹になることを嫌がっているのだ。
愛する者の望みと天秤にかけるまでもなく、結論は出た。
「それだけお前の気持ちを大切にしている、ということよ」
何でもないようにロザリアは笑うが、テオドロスは自分の悋気の所為で彼女を制限してしまっていることが申し訳なかった。
嫉妬はする。リッカと縁戚になるのも絶対に嫌だ。
誰にも見せたくない、監禁したいぐらい、ロザリアのことを愛している。
だが、それとは全く別のベクトルで、テオドロスはロザリアに自由でいて欲しい。
彼女がたまたま女性として生まれた為、テオドロスは彼女に恋をしたが、男として生まれていたとしても、絶対に虜になったという自信がある。
それぐらい、ロザリアは輝くほどに素晴らしい人だ。本来は一人の男に独占させていい存在ではない。
だからといって、テオドロスは自分の悋気を抑えてロザリアを解放することなど、到底出来ないのだった。
本当にこれでいいのか自信が持てないままテオドロスは馬車を降り、ロザリアが降りるのに手を貸した。
「ありがとう」
「いえ……」
「お前の気持ちを大事にするのも、養女の話を断ることを決めたのも私。私の決定は私のものよ、お前が気にする必要はないわ」
「はい」
ここまでロザリアが言ってくれているのだから、これ以上テオドロスが気に病むのは彼女に失礼だろう。
そう考えて、意識を切り替えることにした。
アスター邸に入ると、今日は執事が出迎えにやってきた。
「申し訳ありません、主人は先客との話が長引いておりまして……別室で少しお待ちいただけますか?」
そう言って、執事は深々と頭を下げる。
約束通りの時間に二人は来ていたが、オーケンはアスター国にとっていまだ重要人物。議会の場では言えないような相談に訪れる者が多いようだ。
ロザリアとしては、あのオーケンに相談して解決するのだろうか? などと失礼なことを考える。
「構わないわ」
そう返事をすると、執事は恐縮し二人を先日の応接室とは別の部屋へ案内された。
メイド達が開かれた扉からするすると入ってきて、前と同じようにお茶やお菓子をテーブルにずらりと並べると綺麗なお辞儀をして去って行った。
「さて、長引くのかしらね」
「どうでしょう。あまり長引くようなら、アスター公が話を切り上げるかこちらに何かしらの報せがくるはずですが……」
並んで長椅子に座り、ロザリアは自分で青磁のカップに茶を注ぐ。テオドロスの分も注いで、彼の前においた。
「ありがとうございます」
「うん。この国の茶器はサイズが小さくて、私でも扱うのが簡単だわ」
アシュバートンの一般的なお茶のポットは大ぶりのものが多く、メイドが軽々と扱うのを見て勘違いしがちだが、本より重いものを持ったことのないロザリアには大変な作業だったのだ。
その点、アスターのお茶は何度もポットに湯を足して飲むので、ポットのサイズ自体は小さい。
「ミニチュアみたいで可愛いわよね。市場で一式気に入りのものを探したいわ」
「いいですね。茶葉の店以外に、食器の店にも行きましょう。貴女のお眼鏡に叶うものがあると良いのですが」
相変わらず仲良く、二人で次のデートの相談をしながらオーケンを待つ。
今日はテオドロスは休みの日なので、この要件が早く終われば少し市場を覗いて行こう、とあらかじめ予定していたのだが、先客次第だ。
「絹の刺繍工房の見学もしてみたいわ」
「探しておきます。見学は可能でしょうが、予約が必要かもしれません」
「ええ、お願い」
ロザリアに言われて、テオドロスは笑顔で頷く。
「このままじゃ駄目なんです!」
と、そこで庭園を挟んで向こう側の棟にある応接室からの怒鳴り声が響き渡り、二人がぎょっとしてそちらに視線を向けた。
いつも読んでいただいてありがとうございます!
多忙の為、明日から少しお休みをいただきます。書き溜めて、またすぐに再開出来るように頑張りますので、お待ちいただますと幸いです.




