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27.二人ぼっち

 

 ロザリアがお茶を堪能している間に、テオドロスはテキパキとテーブルセッティングを済ませていた。

 白磁の平皿には数種類のサンドイッチ、深皿に温野菜、銀の小さなボウルにデザートのババロアが見える。


「まぁ、ピクニックみたい」

「……簡素すぎましたか?」


 テオドロスがやや神経質に眉を顰めたので、ロザリアは微笑む。


「部屋で食べるんだもの、こういうメニューの方が特別感あって楽しいわ」


 彼女がそう言うと、テオドロスは小さくカットしたサンドイッチをひとつ手に取りロザリアの口元へと運んだ。


「どうぞ、食べてください」

「……はぁい」


 ままごとのような監禁ごっこだな、と考えつつサンドイッチを一口齧る。


「ん。美味しい! 卵とハムね。私の好きな具材だわ」

「お口にあってよかったです」


 テオドロスが何故かはにかむので、ロザリアは首を傾げた。


「ひょっとして、これお前が作ったの?」

「はい」

「まぁ……こんなことまで出来るのね、テオ」


 驚いてロザリアの瞳が丸くなる。

 生まれついての貴人であるロザリアは、自分が厨房に入ることすら想像も出来ない。テオドロスとて貴族の生まれなのに、こんなに美味しいものを作ることが出来るなんて驚きだ。


「サンドイッチは簡単ですし。一人で国外へ赴任していた頃には野宿などの経験もありますから」

「野宿!」


 一体何がどうなったら、外交官が野宿するような事態になるのだ。


 そこに興味を引かれて身を乗り出したロザリアの口に、またサンドイッチが差し出される。素直に咀嚼すると、今度は細かく切った鶏の照り焼きが入っていた。

 こちらも美味しい。


「……お前が部屋を留守にしていたのは短い時間だったのに、よくこんなに用意出来たわね」

「下拵えをしておきましたので」


 テオドロスはにこりと嬉しそうに笑う。

 なんとなく彼のこんな無邪気な笑顔を見るのは久しぶりな気がして、ロザリアは自分の都合で振り回してしまって悪かったな、と反省した。


「そう。今日を楽しみにしていたのね」

「それはもう」


 なんていじらしくて可愛い男だろう。

 こんなにも可愛い男が、もう自分のものなのだ、ということに喜びを覚えた。


「色々準備してくれたのね、嬉しい」

「いいえ、きっと私の方が嬉しいです」


 思わずといったようにぎゅっと抱きしめられて、彼女は肩を震わせて笑った。すると、テオドロスはロザリアを膝の上に抱き上げる。


「貴女が私だけを見て、私のことを考えて、私の作ったものを食べている……本当に、言葉に言い表せないぐらい、幸福です」


「なるほど……お前が私を閉じ込めたいのは、外に出したくないのではなく、二人だけで過ごしたいからなのね」

「……はい」


 その言葉に、本当に穏やかに微笑むものだから、ちょっと怖い男である。

 どうりで、監禁ごっこと称する割に、手枷を嵌められることもなく部屋に鍵すら掛かっていない筈だ。


 テオドロスの望みは、ロザリアを縛り付けることではなく、ロザリアを独占すること。

 この男は、最愛と二人ぼっちになりたいのだ。


「困った男ね」


 テオドロスは、甘さのある整った顔立ちで背も高く、文官の割に体もがっしりとしている。客観的に見ていい男なのだろうけれど、ロザリアが彼を愛しているのは外見やスペックではない。


「……私の愛は、貴女に迷惑でしょうか?」

「まさか」


 既成概念に捕らわれない自由な考え方をしている点や、だというのにロザリアに関してだけは途端狭量になるところ、こうしてひたむきに愛を傾けてくれるところ。

 テオドロスの愛し方が、とても好きだった。


 もしも彼が別の女性を愛していたら、ロザリアは横恋慕してしまったかもしれない。


「……お前が私を愛してくれていることは、私にとってとても僥倖だわ」


 この狂おしいほどの執着が嬉しいのだから、自分も大概狂っている。そう考えて、ロザリアはとびきり美しく微笑んだ。


「勿体ないお言葉です。何せ私めは、貴女を見た瞬間から貴女の虜ですからね」


 膝の上に乗せた妻を改めて抱きしめて、テオドロスは満ち足りた溜息をつく。


「そうなの?」

「はい。一目惚れとはまさにこのこと。恋とはするのではなく、落ちるものなのだと実感しました」

「へぇ……!」


 幸福そうに饒舌に喋る夫に、目を丸くするロザリア。

 そういえば何がキッカケで彼が自分のことを好きになったのか、聞いたことがなかった。


 二人が会っていたのはいつもアシュバートンの図書館だけであり、城内だったので供を連れていない時はあったが遠くに護衛の目があった。

 あの頃は、ロザリアは勿論王妃だったし、テオドロスを好ましく感じても彼と恋仲になるなど考えることすら放棄していた。


 王妃を辞した後、彼とロベルで再会して結婚してからも、互いに愛情を交わすことに夢中で以前のことを話し合う機会はあまり持たなかったのだ。

 何せ目の前に愛しい男がいる。彼を愛することに忙しかった。


「一目惚れ。ふぅん、そうなの」


 テオドロスの前髪を梳いて横に流して、ロザリアはうんうんと頷く。彼女があまりにも感じ入った様子なので、テオドロスの方が根を上げた。


「ロザリア? 私は何か変なことを言いましたか」

「ううん、違うの。私はお前に一目惚れじゃなかったから、驚いただけ」


 そう告げると、彼はぎょっとする。


「え? あ、あの、差し支えなければいつ、どうやって私のことを好きになったのか、教えてください」


 何故か顔を赤くして恥じらいだしたテオドロスに、ロザリアは優しくキスをして微笑んだ。


「内緒っ」


 キッカケはあったが、ロザリアのそれは急に落ちるものではなく、ゆっくりテオドロスの方へと転がっていくような恋だった。

 その過程を大切に味わい、時に遠ざかり、時に急接近するような、一人で始めて一人で終わらせるのだと思っていた、恋だった。


 聞き出したくてたまらなくて、涙目になっているテオドロスを見て、ロザリアは恋が実った幸せに改めて浸る。


「私は、私に生まれて幸せだわ。お前に出会えたもの」

「……はい、それは。私にとっても、幸いなことです」


 いつだって、ロザリアが欲しい言葉をくれる男。


「ところで、せっかく決定したコーディネイトは何の為だったの?」

「後日、街歩きデートの為です」

「……今日行けばよかったのでは?」


「それはそれ、これはこれです。楽しみは何回あってもいいですからね」

「ふふ、その案、賛成よ。じゃあ次は私にお前のコーディネイトをさせなさい」


「貴女の色に染まれるなんて、光栄です」

「他に言い方があると思うわ……」


 やっぱり自分の夫はちょっと変わっている、と思うロザリアだった。



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