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24.リッカ・アスター

 


 アスター様式の建築は、アシュバートンのものと違い窓や扉を開いておいて風を通すことが多いようで、応接間の扉は大きく開かれたままだった。


 ロザリアとしては、この話を誰かに聞かれたところで困ることではなかったし、オーケンの屋敷なのだからもしオーケンが使用人達に伏せておきたいのならば扉を閉めるだろう、と放っておいた。

 しかしここまで堂々と立ち聞きし、おまけに口出しまでしてくる者が現れるのはさすがに予想していない。


 おまけに、朗々と響いた声はつい先日に聞いたばかりのそれで、思わず胡乱な眼差しになってしまう。


「ロザリア?」


 声の主が誰なのか知らないテオドロスは不思議そうに首を傾げたが、流石に妻最優先の男だ。扉の向こうにいる相手をロザリアが歓迎していないことを察して、座った姿勢のままそっと彼女の腰を抱き寄せる。


「……」


 テオドロスの呼びかけに返事はせず、ロザリアは彼に寄り添った。

 すると、オーケンが声を上げる。


「リッカ! 立ち聞きは失礼だぞ、こちらに来て挨拶なさい」


「すまん、親父殿。今帰ってきたところなんだが、面白い話が聞こえたので」


 明るく笑いながら応接間に登場したのは、先日ひったくり犯を捕まえた、あのリッカだった。


 銀の短い髪と赤い瞳、よく陽に焼けた褐色の肌。がっしりとした長身はオーケンと同じだが、『親父』と呼ぶには顔立ちがかけ離れいる。

 どちらかと言うと強面のオーケンに対して、リッカの容貌は女性に人気のありそうな華やかなそれだ。


「オルブライト夫妻には失礼いたしました。俺は、リッカ・アスターと申します」


 そう言ってアスター式の礼を執ったリッカは、あの日と違いアスター国の武官の制服を着ている。城勤めをしているようだ。


「はじまして、リッカ殿……アスター公には、御子はいないと聞いていましたので、驚きました」


 リッカ、という名を聞いて先日の男だと気づいたのだろう、テオドロスは表面上はにこやかにしているが、ロザリアを抱き寄せる腕に力が増す。

 

「養子だ。私は妻を亡くしていて、彼女との間に子は授からなかったが……才能のある若者を支援する目的で、彼を迎えいれた」


 それは、オーケンが王位を退いた理由として、世間が予想していたことの一つだった。

 オーケン王は若くして亡くなった王妃のことを深く愛していたので、次の妃を娶ることをせず世継ぎが生まれなかった、と。

 しかし直系ではなくとも他に王族は存在したので、それが王政廃止の決定打ではないだろう、とも言われている。


 ロザリアが考えを巡らせていると、一歩進み出たリッカがドン、と自分の胸を叩いた。


「その通り! 俺は才能溢れる若者だが、残念ながら家柄には恵まれなかった。そこで親父殿が俺を養子にしてくれて、今は城の武官としてメキメキ頭角を現しているところだ」


「こら、自分で言うでない」


 口調こそ咎めるものだが、リッカを好ましく思っていることがオーケンの表情からは明らかだ。タイプの違う二人だが、意外に仲の良い親子らしい。

 リッカの素性はアスターの高位貴族だろうと予測していたし、オーケンに実子はいないが養子が一人いることは知っていた。しかし二人を結びつけてまでは考えていなかった。

 あの引ったくりにあった日、彼がロザリアのことを知っていたのはオーケン経由だったのだ。


「私が王位を退いた以上、今後無用な混乱を避けるために、私は公爵を名乗っていても権力はないに等しい」


「はあ……」


 オーケンの言葉にロザリアが首を傾げている間に、リッカは我が物顔でオーケンの隣に座り勝手に茶器を出して茶を注いでいる。


 彼の失礼な振る舞いにテオドロスは不快そうだ。テオドロス自身は国内外で決して地位が高いわけではないので侮られることには慣れているが、ロザリアが不当に扱われることには敏感だった。


「だからリッカの身元保証は出来るが、この子の後ろ盾として何かしてやれることはない」


「やるなら、自分で偉くなるしかないってこと」


「……」


 つまり、先程提案されたオーケンの養女になる、という話に繋がるのだ。

 ロザリアが彼の養女になり公爵令嬢となったところで、アスター国の政治へ介入することはできない。本当に非公開の古文書を読む権利を手に入れるだけ、と言うことなのだろう。


「……少し考えさせて下さいませ」


 勿論この場で即座に返事をするのはリスキーだ。よく調べ、よく考えることを常としているロザリアは結論を述べるのを控えた。オーケンは頷く。


「当然だ。よく考えて答えてほしい。断られたとしても、図書館への閲覧権限は許可するよう取り図ろう」


 正直それだけでもロザリアには十分だったが、突然オーケンが養女に、と言ったことが気になった。


「一つ質問させて下さいな。何故アスター公は、私を養女に、と仰ったのです?」


「……先程の歴史書と同じだ。私はこの国に何も残すことなく生涯を終えるだろう。だからせめて、あなたのような才女にこの国の歴史や文化を知って欲しいのだ。語り継いで欲しいわけではない、いずれ廃れ滅びるものであろうとも、私の行いによって少しでも長く人の心に存在して欲しいだけなのだ」


「そうですか……」


 オーケンは王に向いていない。

 そして本当にアスターの歴史や文化を語り継いでいって欲しいのならば、亡くなった王妃への想いは別としてなんとしても世継ぎを設ける努力をすべきだった。


 矛盾が多く、考え方が浅はかである。ロザリアには愚かにさえ見える。しかし確かに、オーケンはアスターを深く愛している、ということだけはよく分かる。

 愚かではあるが、好ましい。


 オーケンが王位を退き、アスターが王政を廃止した理由がおぼろげながらロザリアには理解出来た。

 王に生まれついた者が常にそれに向いているとは限らない。勿論幼い頃から帝王学を受け、必要な教育を施されて育てば、それなりにこなせるようにはなるだろう。

 だが、その者には他に向いている職があるのかもしれない。

 王に生まれつくということは職業選択の自由がない、ということだ。


「……では、長居をいたしました。今日のところは帰りますわ」


 ロザリアがそう言うと、テオドロスが恭しく彼女の腰を抱きエスコートしてくれる。

 オーケンとリッカも紳士的に立ち上がった。


 王と、国の在り方。閉鎖的な国だと思っていたアスターの今の姿に、ロザリアは新しい可能性を見出していた。



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