表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/66

20.アスター公爵との面会

 

 ほどなくして馬車が停まる。

 辿り着いた公爵邸は、伝統的なアスター様式で白い漆喰の塀と紅く塗られた木製の丸扉という、優美な門構えだった。


 先に馬車を降りたテオドロスの手を借りてロザリアが門前に降り立つと、背が高くがっしりとした体躯の壮年の男性がメイドを引き連れて現れる。

 そろそろ見慣れてきた、銀の髪に紅い瞳。年齢はロザリアの父よりもやや上。着ているものはシンプルな長衣と下衣だが、長衣には生地と同じ色のやや光沢のある糸で見事な刺繍が施されていた。


「……ようこそ我が家へ、アシュバートン王妃。私がオーケン・アスターだ」


「はじめまして、アスター公爵。ロザリア・オルブライトですわ」


 まだ『王妃』と呼んでくるオーケンに、ロザリアは噛んで含めるように丁寧に名乗る。

 彼に差し出された手には、本来ならば淑女としてキスを受ける為に手の甲を向けるべきだが、それに逆らって握手をした。


「……失礼を。オルブライト夫人」


「どうぞ、ロザリアとお呼びくださいませ」


 ロザリアが艶やかに微笑むと、オーケンが目を見開く。

 テオドロスはビジネスモードに徹して無表情だが、番を奪われることを警戒する狼のような目をしてしまっていた。


 その後は屋敷の中に通されて、オーケン自身に応接間へと案内される。朱塗りの丸柱と漆喰の壁、飴色の木の家具。長椅子にはたくさんのクッションが置かれていて、それらにもまた、精緻な刺繍が施されていた。


 雄々しい外見のオーケンだが、屋敷は優美でどこか女性的なデザインであることがややちぐはぐで、彼が近年ここに移り住んだということがよく伝わる。

 メイド達がお茶やお菓子を卓に並べると、オーケンは彼女達に下がるように命じた。


 部屋の扉は開いたままだが、その場にはオーケンとロザリア、テオドロスだけが残る。


「ロザリア、まず今回のルイジャ達のあなたに対する狼藉、本当に申し訳ない」


 おもむろにオーケンは頭を下げて、そう謝罪した。

 やはりここから始まるのか、と内心でうんざりしてしまう。


 ロベルで訪ねて来たアスターの外交官アルシ・デガルには、オーケン宛に「謝罪は必要ない」という旨の手紙を持ち帰ってもらったのだが、どうしても謝りたいらしい。


「……謝罪を受け入れます。お顔を上げてくださいませ、アスター公」


 またゆっくりと顔を上げたオーケンは、説明を始めた。


「ルイジャとキジャは私が王だった時に仕えていた者で、その後彼らは商人となってロベルに渡ったが、今でも手紙のやり取りがある」


 個人的に謝りたいと聞いた時から、オーケンがルイジャ達と繋がりがあるのは分かっていた。問題は、オーケンが事件にどう関わっているか、だ。


「私は、アシュバートンを二年で立て直したロザリア、あなたに同じ政治家としてとても興味がある」


「もう引退した身ですが、光栄です」


 お愛想でロザリアが微笑むと、オーケンも形ばかり笑ってみせる。


「その話はルイジャ達にも何度もしていたし、だから彼らはあなたがロベルに来たことを私に報せてくれてもいた」


 つまり、尊敬する王が気にかけている政治家として、ルイジャ達は元々ロザリアのことを知っていた、ということか。

 これで、ロベルのあの店でルイジャとキジャが一目でロザリアが誰なのか分かったことには、説明がついた。


 傍らに置いていた鞄から、アスター国で発刊された歴史書を取り出すと、ロザリアはそれを膝の上に置く。次は、これの話だ。

 オーケンはそれを見て、心得た様子で頷いた。


「まず……その歴史書を発刊したのは、私だ」


「……そうでしたか」


 正直、予想のついていたことだ。


 内容が事実だとしたら王族に近しい者しか知り得ない情報だったし、そして嘘だとしたらこんな内容を『歴史書』として発刊出来る力を持つのもまた、王族ぐらいしかいない。

 とはいえ、随分と迂闊な行動だと言わざるをえない。


 さすがに言葉にはしなかったが、ロザリアの冷ややかな視線に、オーケンは眉を下げる。


「……私はもう王ではない」


「そうですね」


 ロザリアの頷きには相槌以上の意味はない。

 テオドロスは話に口を挟むことはないが、油断なく二人の様子を見ている。そのおかげでロザリアは常に落ち着いていられた。


 これは前夫ルイスと結婚していた時にはなかった感覚で、自分が更に自由になった気がする。結婚をしたおかげで自由になる、というのは不思議な気持ちだった。


 夫に所有され、不自由を強いられるのだと覚悟していたし、ルイスと結婚し王妃として傍目には自由に過ごしているように見えていたであろう時でさえ、ロザリアは窮屈な思いをしていたというのに。


「……その所為で、いずれアスターの真の歴史を知る者がいなくなるのが忍びなく、ひっそりと少部数で作成したのだが……何がどうなったのかロベルに流れ着き、それがあなたに見つかろうとはな……」


 そんな理由で?とロザリアとテオドロスは驚いて視線を交わす。


「では……ここに書かれていることが事実である、と?」


「そうだ。誰も知りえぬことだが、私はこの当時のアスター国王……祖母から直接聞いたので、間違いない」


 オーケンの言葉に、ロザリアは片眉を持ち上げた。



ざっくりと、アシュバートン(ヨーロッパ風)、ロベル(中東風)、アスター(中華風)てカンジです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ